第34話
「ゲルド君……」
「……」
月曜日の二限目、いつもの魔法実習αでいつものようにミリー先生からマンツーマンレッスンを受けることになってしまった。
登校時にもう学校で話すのはやめよう、などと俺から言った矢先にこれは少々バツが悪い。ミリー先生からの呆れたような視線に恐縮するばかりだ。
「本当に魔法は苦手だったんだね」
「ま、まあな。というかそう言ったじゃないか」
「そうなんだけど。……でもそうだね、演技でわざわざ火だるまになるわけないもんね」
「……」
わかってもらえたようで何より……ではあるが、ミリーがなんかちょっと辛辣というか、遠慮が無くなってきている感じがする。
これは打ち解けてこうなったのか、嫌われてこうなったのか判断が難しいところだ。
普通に考えたら嫌われてると思うところだが、ミリーは冷淡な対応を取り続ける相手に対しても大天使なので、好感度が下がったからこうなったとは言い切れない。無論あの手の連中より格段に嫌われているから、という可能性も無くはないが、その割には表情が柔らかい気がする。嫌いな相手に向ける顔とは思えない。
かといって打ち解けてるというのもよくわからない。あんな事をされて打ち解けるなんて事があるんだろうか。ストックホルム症候群のような何かなのか、秘密の一端を共有することになったが故の連帯感の芽生えなのか。
「はぁ……まあいいや。じゃあ今日も頑張ろうね」
「うっす。よろしくお願いします」
「……私ゲルド君のこと、よくわからなくなってきたかも」
これは奇遇。実のところ俺もよくわかっていない。悪役モードだのご当主様モードだの先輩モードだの、相手に応じてキャラを使い分けてきた弊害か、本当の俺がどういう人間なのかは俺ですら計りかねているところだ。愛され体質のナイスガイということだけは間違いないんだが。
「そうそう、そこで余剰のマナを操作して……うん。そんな感じ」
「うぬぬぬ」
「ゲルド君、大丈夫だよっ。上手になってるから」
今回はミリー先生のドキドキ密着レッスンでも完璧に会得することは叶わなかった。いきなりホーミング弾みたいなのを撃てと言われても何をどうすればそうなるのか、やり方を把握するだけで時間を半分近く費やしてしまった。授業はもう終わる時間なので、ビー玉サイズの魔法を少しクイッと曲げたというしょぼい成果が出たところでタイムアップだ。
「はいみんなお疲れさま~。明日も同じことやるから、ちゃんと復習しておいてね~」
明日も同じ内容だったか。九十分経って手応えが無いのは初めてだし、思った通りこれは相当難しい課題なんだろう。俺以外に何人も、しかも女子にまでできない生徒がいることからも間違いなさそうだ。その割に何故かミリーが俺に付けられたのは……もうあの先生の中ではミリーはゲルド担当ということになっているのかもしれない。なんて憐れな……。
「むむむむ……」
授業が終わり生徒達がゾロゾロと実習室から出て行く中、俺は居残って悪足掻きしてみることにする。明日も同じ内容だとはいっても、あと少しぐらいは感覚を掴んでおきたい。
野球ボールサイズの『ムル』を指先から出し、余剰マナをたっぷり込める。そして発射し、クイっと曲げて―――曲がり過ぎて俺の方に向かって飛んでくる。
「ホアタァ!」
もうこれ以上火だるまになるわけにはいかないので、慌てて拳で迎撃して消し飛ばす。俺は剣のスキルレベルが八の剣豪であると同時に、格闘スキルもレベル七まで上げている拳豪でもある。この程度は朝飯前よ。
「何やってるのゲルド君……」
「ん? ああ、見たか今の拳の冴えを。あんなしょぼい魔法ぐらいワンパンで十分だぜ」
ミリーは残っていたらしく、今の一部始終を目撃してしまったようだ。
「しょぼいってゲルド君の魔法でしょ? 曲げすぎて自分の方に飛んできただけだよね?」
「むむむ……」
やはり遠慮が無くて辛辣だ。ミリーが俺にだけ大天使じゃない……いや、特別扱いされてるならそれはそれでアリか?
「やっぱりゲルド君、もう火の魔法使うのやめよ? その制服もう三着目だよね?」
「ん、まあな。大貴族の跡取りとして同じ服を一ヶ月以上着続けるのは沽券に関わるからな」
「燃えて着れなくなっただけでしょ? なんかゲルド君はメリッサちゃんと同じぐらい見てて危なっかしいよ」
「さすがにそれは辛辣過ぎないか? 俺でも傷付くことはあるんだぞ」
とんでもない侮辱を受けてしまった。いくらミリーとは言えど許せぬ発言だ。
「それならちゃんとできるようにならないと。ほら、手出して?」
「ん?」
「後から曲げるときはね、こうしてマナの流れを―――」
ミリー先生のドキドキ密着レッスン~居残り編~が始まった。もう許す。やっぱりこの娘は大天使や。
「あ、ミリー……って変態! あんたミリーに何やってんのよ!」
「あん? ……ゲッ」
「あ、メリッサちゃん」
入口の方からキンキンやかましい声がすると思ったら、俺と同じぐらい危なっかしいと評判の金髪ツインテ、メリッサだ。
他に誰もいない実習室で俺とミリーがこの距離感とくれば、そりゃ騒ぎもするか。
なぜ昼休みに実習室に……と思ったが、裸で回転しているときもこのタイミングで来ていた気がする。毎週のことだったか。
「クックックックッ……邪魔が入ったか。仕方あるまい、今日はこれぐらいにしておくか」
「関わらないっていうのはやっぱり嘘だったのね……! 最低……!」
「愚かな娘よ。まさか馬鹿正直に信じているとはな。クックックッ」
「ゲルド君! なんでそんな風に言うの! それはもういいでしょ!」
「あ、いや、つい……」
ミリーに怒られてしまった。すごい剣幕だ。
「メリッサちゃんも早とちりしないで! ゲルド君は悪い人じゃないんだから!」
「ミリーあんた騙されてるわよ! どこからどう見ても悪人でしょそいつ!」
「騙されてないもん! ゲルド君だって―――」
「まあまあ、落ち着け君たち。そんな大声で言い争いなんかするんじゃない」
とりあえずヒートアップしそうな二人を制止しつつ、ミリーに目線で釘を刺す。怒られたばかりで恐いけど余計な事を口走られると困る。
「なんであんたが第三者みたいに仲裁してんのよ……!」
「そもそもゲルド君が……え? 何?」
「(余計な事は言うなと言っただろ。あいつの実家がどうなってもいいのか)」
目線の釘は全然通じていなかったので、仕方なく耳打ちで改めて釘を刺す。多分もう意味は無いとは思うが、わざわざ事情を説明して良い影響があるとも思えない。
「(う、そうだけど……。あとやっぱりその脅し文句は変だよ)」
「ちょ、近い近い! あんたあたしが見てる前で何やってんのよ! ミリーもなんでぼさっと突っ立ってんの!」
メリッサが俺とミリーの間にズカズカと割り込んで引き剥がしにきた。たしかに言われてみると耳打ちし合うのは非常に距離が近い。もう次からは意識してしまって耳打ちはできないかもしれない。
「あっ。ゲルド君、もう昼休み半分過ぎてるよ。早くしないとお昼ご飯が」
「ん? あー、俺は授業中に食えばいいけどミリーは急いだ方が良いな」
「それ一回先生に見つかって怒られてたでしょ? というか授業中にご飯食べるのは駄目だよ! ほら、ゲルド君も行くの!」
「わ、わかった。わかったから……」
さっき怒ったのを引き摺っているのかミリーがやけに厳しい。袖を掴まれグイグイと引っ張られた俺は助けを求めるようにメリッサに目線を送るが、ただポカンとした顔で見送られるだけだった。
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