第35話
ミリーと密かに校外デートの約束を交わした俺は、シャレオツなカフェでわけのわからん飲み物を飲みつつまったり過ごし、暗くなってきたら夜景が良い感じに見える場所で―――云々とプランを立てていた。
このデートはミリーすら知らないほど密かに取り付けた約束なので、実行にあたっては本人の承諾を得られるかが一番の難所だった。
しかし俺はここで鬼札である「諸々の事情を説明する」というカードを切ることで、ミリーを言葉巧みに人気の無い場所へと連れ込んでしまおうと目論む。
その結果、ミリーは俺の部屋に来ることになった。
説明するなら人気の無い場所が良いという怪しさ満点の条件を出し、街の片隅にある隠れ家的なカフェへと誘導しようとしたのだが、どういうわけかどちらかの寮の部屋、或いは監禁した旧校舎地下室がミリーの思いついた選択肢だった。
そして男が女子寮に行くのは大変。例の地下室は俺的にもさすがにちょっと……という消去法で俺の部屋に決まってしまって今に至る。
「へえ~。ゲルド君の部屋はこんな感じなんだ」
「普通だろ、普通。女子寮はレイアウトが違うのか?」
五畳ほどの狭い部屋にシングルベッドと机、椅子。あと小さいクローゼット。それだけの部屋だ。入寮してから特に家具を増やしていないし減らしてもいない。
「ん~、そう言われるとほとんど一緒だけど。でもなんか雰囲気が違うかも」
ミリーはこんな狭い部屋で何を見るものがあるのか、興味深そうにキョロキョロと部屋中を見回している。
これはなんというか……見ていて危なっかしい。ミリーが火の魔法を使う俺を見ているときもこんな気持ちになるんだろうか。男の部屋に何の警戒もせずのこのこやってくるのは、この娘はこれから大丈夫なんだろうかと心配してしまう危うさがある。
「ああ、どこか適当に……ベッドにでも座っていいぞ」
「う、うん」
一通り部屋を堪能したらしいミリーが所在無さげにしていたのでベッドを勧める。この部屋にソファーやクッションといった上等な物は置いていないので、俺が椅子に座っている今はベッドしかない。
俺がいつも過ごしている部屋で、俺がいつも寝ているベッドに、ミリーがちょこんと座っている。
ミリーはどうせあの状況で何もしなかった俺なら部屋に行っても何もされない、安心安全な無害男と認定しているんだろう。その認識は大いに間違っている。
あのベッドに拘束されたミリーの姿もなかなかにインモラルな趣があって大変そそられるものがあったが、俺が普段使っているベッドに腰掛けている姿の方が実のところグッと来る。あの日何もしなかったからといって今日も何もしない保証などありはしないのだ。
「……」
「ゲルド君?」
「え?」
「え、じゃなくて……事情を説明してくれるんじゃ」
「事情……? あ、ああ。そういえばそういう話だったか」
「そういえばって……何のために私がゲルド君の部屋に来たと思ってたの」
「いや、俺の部屋を見物しに来たのかと……なんか楽しそうだったし」
「そんなわけないでしょ! 今日は絶対話してもらうんだからね!」
そうか、事情、事情ねえ……。
実のところ話せる内容はほとんど無いに等しい。原作ゲームやループについては話すつもりは無いのだが、そうなると精々一分もあれば全部伝えきれてしまうことになる。あわよくば人気の無い場所で二人きりになれるかも、という算段で登校時に教えることを避けてみれば、まさか部屋まで来ることになるとは……。これで三十秒ぐらいで話が終わったらどうなってしまうんだろうか。
「まあ、話すのは構わないんだけど……」
ミリーは断固たる決意を感じさせる可愛い顔で俺の言葉を待っている。話を聞くまでは帰らないんだからね、とでも言いたげな表情だ。このまま言葉を濁し続ければずっと居続けてくれるんだろうか。
「えーと、誘拐したことについてだな」
「うん」
「実を言うと、誘拐すること自体は入学する前から決めてたんだよ」
「入学前から? その頃から私のことを知ってたの?」
「いや、学校で一番エ……可愛い子を誘拐してどこかに閉じ込めるっていうことだけわかっててな」
危ない危ない。一番エロい子などと口走ってしまうところだった。
「可愛いって、私じゃなくてメリッサちゃんとか他にも―――」
「はいそこ。余計な謙遜をしない」
「でも……別に私なんか」
「とりあえず俺にとって一番可愛い子ってことで納得しといてくれ。それで旧校舎が怪しいから探ってみたら怪しい部屋があったから、ここに閉じ込めるのか、と」
「う、うん。……そのわかってたっていうのはどういう事なの? 誰かに頼まれたの?」
やっぱそこが引っかかるか。とはいえ原作の話はちょっとなあ……適当に濁すか。
「これは信じられないかもしれないけど、お告げとか神託とか、そういう類だな。一番可愛い子を誘拐して怪しい部屋に閉じ込めたら、ハーレムパーティーに救出されるっていう」
「ま、またハーレム……違うのに……」
「そこはあれだ、実態がそうっていうわけじゃなくて、あくまでも表面的な話だから」
さあ話せる内容は全部話してしまったぞ。たったこれだけの話で私を部屋に連れ込んだのか、と怒られないといいんだが。
「でも、そっか。……うん、納得した」
「え? 自分で言うのも何だけど、よく信じられるな。こんな与太話を」
「うん……あのね、あの後シズラちゃんがね。靴を落としたのは良い機転だったって」
「靴? あー……あれか」
「靴があったからあの地下室に辿り着けたんだって言われて。話を合わせるのに苦労したんだから」
「いや、うん。お手数おかけしました」
あの地下室へ誘導するために置いた靴だ。あれを見つけておいて二時間もかかったってことは……さてはあいつら、俺が一生懸命付けた足跡を見落としたな……!
「私は寝てたし、偶然落ちるわけもないし。じゃあゲルド君がやったはずなんだけど、なんでそんな事したんだろうって思ってて」
「あいつらにミリーを助けさせるためだな」
「だよね。それに後から思い返してみたら、ゲルド君ずっと辛そうだったし。本当はああいう事したくなかったんじゃないかなって」
辛そう……? 悪役ムーブがめちゃくちゃ楽しかった記憶しかない。何か辛いことがあったっけ……いや、最後の方は色ボケ集団が全然来ないから困ってたか。あとはミリーがエロ過ぎて我慢するのも必死だったかもしれない。どちらにせよ誤解なんだが、これは良い誤解だからそのままにしておこう。俺は本当はあんな事はしたくなかったんだ! でも、仕方なかったんだ!
「そりゃあな。なんか悪い人でいた方が良いらしいからそうしてたけど、ミリーは良い子だし、ずっと世話になってたし……あんなに泣くとも思ってなかったし……」
「ゲルド君! あれはもう、違うから! 駄目だから! 全部忘れて!」
ミリーが急にベッドを立ち上がり、割と必死の形相で掴みかかってきた。全部が狂言だとわかった今、びーびー泣いたのは恥ずかしいのかもしれない。
そして掴みかかられている俺も必死だ。こんなんもう傍から見たらイチャイチャしてるようにしか見えないはずだ。ニヤけそうになる顔を我慢しなくてはならない。
「まあまあ、落ち着けって。あれはほら、俺が悪かったから。な?」
「そうだよ! ゲルド君が悪いんだよ! あんな酷いこと言うから……ゲルド君が悪いんだ……」
しばらく必死でなだめてみた結果、なんとか落ち着かせることに成功したものの、あまり事態が好転したとは言い難い。ひたすらゲルド君が悪いとぶつぶつ呟き続けるようになってしまった。何か別の話題に逸らさないと……。
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