第36話

「そうだ、せっかくだから足を掴んだアレの誤解も解いとくか」

「ゲルド君が……え? 足?」

「そうそう。俺が変態脚フェチ野郎ってことになったアレな」

「うん。あれね……なんでこんな所でこんな話をされてるんだろうって思ったよ」


 そりゃそう思うわな……。告白されるかと思ったら足フェチカミングアウトとか意味がわからないだろう。


「あれはな、ミリー専用の足枷を作るためだったんだよ」

「…………ん?」

「どうしても足首のサイズを計りたくてな。ちょっと強引に計らせてもらった」

「…………うん?」

「ただその事を説明するわけにもいかなくてな。あの部屋に閉じ込めて拘束するための物だから」

「……うん。それはわかるけど」

「そうだ、あれを付けられた感想はどうだった? なかなか良い出来だったと思うんだけど」


 そういえばカスタマーレビューをうっかり忘れていた。次の周に向けて本人に使用感を直接聞いておくことで改善点を洗い出しておかないと。


「感想って言われても。うーん、ぶよぶよしてて気持ち悪かったかな」

「え?」

「あれは何だったの? 最初はそういう嫌がらせかと思ったんだけど、違うんだよね?」

「あれは……痛くならないように、クッション的な意味で……」

「そ、そっか。うん、たしかに痛くはなかったけど」

「……貴重なご意見賜りありがとうございました」


 やはり途中で我に返ったときに中止すべきだったか……? でもあれを作ったおかげでハーレムパーティーを発見したし……無駄ではなかったはずだ。

 いや、もう改善点はわかったから全て良しとしよう。次は革のベルトか何かで縛ればいいや。

 ミリーから向けられる視線に呆れの色が混じっているような気もするが、毅然とした態度で批判を封殺してやる。


「そうだ、あれは何だったの? あの部屋の奥にあった宝石」

「何だろうな。あの部屋は何の部屋だったんだ?」

「え? ゲルド君は知らないの?」

「俺が知ってるのは、あそこでミリーを監禁してあいつらに救出させると何かが起こるって事ぐらいだな。何が起こったのかはさっぱりわからん」

「……え? でも、その扉を開けたってことは世界の命運が……って」

「ああ、あれはただのノリ。それっぽい事言ってみたいなと思って」


 おや、なんかミリーが俺を睨んで……ジト目だ。呆れを通り越して非難がましい視線になってしまった。


「最後消えたのは何だったの?」

「すごい速さで走って外に出た」


 ああっ、ジト目のジト度がさらに増した。


「ゲルド君。あの後大変だったんだからね? どうやって消えたんだろう、世界の命運ってどういう事なんだろう、結局あいつは何者だったんだろうって」

「え、あー……いや、でもある程度の命運をあいつが背負ってるのは間違いないぞ。近い将来に起こる何かしらの危機をあいつが救うことになるはずだ」

「具体性が無さ過ぎるよ……」

「それは神託が悪いな。ちゃんと教えてくれないから」


 正確には俺の記憶が悪い。元々ほとんど覚えてなかったし、こっちに来て何年も経ったから今じゃもう何一つ記憶に無い。


「役目って言ってたのも神託のことだったんだね」

「ああ、そうだな。とりあえず指示された事はやったから、もう役目は終わったなと」


 神託とか自然に受け入れてるのは何だろうと思ったが、ファンタジーな世界なので実際にあることなのかもしれない。我ながら良い誤魔化しができたんじゃないだろうか。


「うん、うん……そっか。ゲルド君、ありがとう。色々話してくれて」

 

 ミリーは何やら納得した後、少しすっきりしたような表情になった。ある程度は疑問が解消されたんだろう。なんだかそろそろお開きなムードだ。


「ミリーの立場だと気になって仕方ないだろうしな。ただわかってるとは思うけど、他言は無用だぞ。誰かに教えたらそいつの実家はワスレーン家と敵対することになる」

「言わないけど……そのワスレーン家っていうのは本当なの?」

「気になるなら夏休みにでも俺の実家に来てみるか? 何十人もの使用人に歓待させて贅の限りを尽くさせてやるぞ」

「いいよそんなのっ。じゃあ私、もう帰るね」


 ああ、至福の時間が終わってしまう。また今度連れ込む口実を考えておかないと……。


「ミリー、帰るのはいいけど一人で男子寮の中を歩くのは平気か?」

「え? ……あ、ちょっと嫌かも」

「よし、じゃあ送っていくことにしよう」

「う、うん。ごめんね?」

「気にするな。逆の立場なら俺が送ってもらう側だっただろうしな」


 俺の部屋から出てきたミリーが俺と一緒に男子寮を歩く、という既成事実をミリーを助けるという理想的な形で手に入れた。

 既成事実という概念を俺に叩き込んでくれた今は亡き前周のクレアに心の中で感謝しながら二人で部屋を出る。

 俺の部屋は割と奥まった位置にあるため歩く距離が長くなり、その分だけ人目に付きやすくなる。そして目撃した人数が多いと既成事実はより強化されてゆくことになるのだ。

 将来的には残念ながらハーレム野郎と旅に出るのだろうが、それまでは実情はともかく傍目には暫定的に俺の女という扱いになるはずだ。これでミリーの周辺でうじゃうじゃと蠢いている無数の悪い虫をできるだけ遠ざけようという、俺の粋な計らいだ。


「あっ、そうだ。ゲルド君、私の演技が下手だって怒ったでしょ」

「……だってアレ酷かったし」


 男子寮の中をミリーと肩を並べて殊更ゆっくりと歩く。ジロジロと睨みつけてくる視線は普段なら不愉快に感じるところだが、今日に限っては許してやる。


「酷くないよ! あれは急に言ってきたゲルド君が悪いんだし。それにゲルド君も演技下手だし」

「……なんだと? それは聞き捨てならんな」


 見られるどころかちょっとした騒ぎになってきた。ミリーには全然気にした様子が見受けられないが、この程度は日常茶飯事なのだろうか。


「悪い人の演技は上手かったけどさ、ぐわーっとかぐはーっとか、なんかやられちゃうときだけすごい棒読みだったよ」

「やられるとき……ああ、鍵を落としたりキッチンの方に飛んだり色々考える事が多かったからな」


 なんとか無事に男子寮を抜け出せた。さすがにこんな謎の色気ムンムンの清純派超絶美少女を思春期真っ只中の猿どもが生息する男子寮に連れ込むのは迂闊だった。次の機会があれば俺が女子寮の方へ出向くことにしよう。


「あ、やっぱり鍵を落としたのもわざとだったんだ」

「そりゃな。普通はあんなタイミングで都合良く鍵なんか落とさんよ」


 猿の棲家からは脱出できたが、もうすっかり日も落ちているし野生の猿が暗がりに潜んでいる可能性もある。このまま女子寮まで送っていくとしよう。


「でも……ふふ……ぐはーって、ふふふ」

「あ? あ? おいおいおい、ミリーさんよお。人の必死の名演技で、まさか思い出し笑いなんかしてないだろうな」

「だ、だって。あんなに悪そうにしてたのに、なんで最後だけあんな……ふふふ、あはははは」


 こ、こいつ……! なんとか堪えてる感じならまだしも、ついに声を上げて笑い出しやがった……!


「あーあーあー。なんか笑われたショックで、失われた記憶が取り戻されようとしているぞ……誰かが子供みたいに泣いている姿が……」

「ゲルド君! それは、もう! ゲルド君が悪いのに! もう一回忘れて!」

「あ、いたー! ミリーあんたもう門限が……ってまた変態! あんたミリーに……うん?」


 ゲッ、また性懲りもなく金髪ツインテが俺とミリーの逢瀬を邪魔しに現れやがった。ただ今の姿は俺がミリーに何かしているというより、ミリーが俺の服を掴んでガンガン揺さぶっているところだ。思いがけない光景に困惑を隠しきれないでいる。


「あっ、メリッサちゃん。門限はまだでしょ?」

「それはそうだけど……あんたこんな時間までこの変態とどこ行ってたのよ」

「ゲルド君の部屋に行ってたの。それでね、今は送ってもらって―――」

「へ、部屋!? ハッ、さては変態! あんたまたミリーを無理矢理……」

「もう、メリッサちゃん! そんなんじゃないよ! 今日は私から行ったんだから」

「ミリー!? 自分から部屋って……あんた、それで二人で何してたっていうのよ……」

「え? ……えっと、内緒?」

「ミリー!?」


 メリッサは半狂乱の態で俺を口汚く罵りながらミリーを心配している。しかし罵られている俺から見ても、メリッサの言い分は当然のように思えるため反論する気も起きない。つい三日前にあんな事をしてきた相手の部屋に行くのは正気の沙汰じゃない。事情を知らないメリッサから見れば、ミリーの気が狂ったか上手く騙されているかと思うところだろう。


 とにかく巻き込まれると面倒なので、さっさと猿山に帰るとしよう。

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