第37話

 猿山からサキュバスを逃がした翌日の昼休み、俺は校舎の裏で七匹の猿に囲まれていた。


「ふーん、こいつがねえ? 何かの間違いじゃないのかい?」

「いや、俺はこの目ではっきりと見たぜ。こいつがあの娘とイチャイチャしながら歩いてるところをよお」

「フン、不愉快だ」

「ちょっと調子に乗り過ぎだね。お灸を据えておく必要があると思うよ」


 こんなベタなイベントがあるとは思いもしなかった。いや、ベタでもないか。ただ男子寮を一緒に歩いただけだ。それにしてもこの世界にもお灸ってあるんだろうか。

 しかしそれだけでこんな大袈裟な、などとは思わない。逆の立場なら囲むかどうかはともかく、確実に不愉快な印象を抱くだろう。俺がハーレム野郎を嫌っているのと同じことだ。ミリーという少女には、それだけ男を惹きつけてやまない何かがある。場合によっては殺してでも奪い取るという覚悟を決める奴が出てきてもおかしくないとすら思っている。


「あ~……おい、何か言う事ねえのか」

「ウキ?」

「……あ? 何だって?」

「ウキキ」


 しかしいくら気持ちがわかるからといって、性欲に頭を支配された猿と喋るつもりは無い。性欲に頭を侵されながらも必死でギリギリ耐えている俺とは立っているステージが違うのだ。俺はこの場をウキウキとしか喋らないで乗り切る覚悟を決めている。

 レベル一の頃の俺なら既に半泣きで土下座しているところだが、今の俺はなんとレベル五十前後。この程度の連中が何人集まっても問題無いからこそできる余裕の表れだ。


 そうして少しの間、全く意思疎通のできていないやり取りを繰り返していると、さすがに連中の怒りも限界に達したようだった。


「こいつもうやっちゃっていいんじゃね?」

「そうだね。いくらなんでもふざけすぎている」

「フン、不愉快だ」

「ちょっと脅かすだけのつもりだったけどよお……舐めすぎだわ」


 返す言葉も無い。ちゃんと話をすればよかった。

 しかし一触即発かと思われたその瞬間、俺と猿たちの間に割って入る男がいた。


「こんな大勢で一人を囲むなんて……とても見過ごせやしない!」

「なんだあ? 邪魔すんじゃねえよ」

「誰だか知らねーが、引っ込んどいた方が身のためだぜ」

「消えな。今なら見逃してやる」


 おおー。誰だか知らんが俺を助けてくれるらしい。この学園にも正義はあったんだ。これで二対七になったぞ。


「彼が何をしたのか知らないが、いくらなんでも……お前は!?」

「あん? 知り合いか?」

「お友達を助けようってか? まとめてボコられに来るとは麗しい友情だぜ」

「俺とこいつが友達だと!? 冗談じゃない! おい、こいつは何をしたんだ!?」


 助けに来てくれたのはハーレム野郎だった。どうも風向きがよろしくないぞこれは。


「こいつは……ほら、あれだよ。あの水色の髪の女の子と」

「ミリーか!? ミリーにまた何かしたのか!?」

「ああ。あいつは許せねえ奴だ」

「ちっとヤキ入れとく必要があんべ」

「わかった……俺も加勢しよう」


 一対八になった。正義など無かった。


「ウキ……じゃなかった。騙されるなよお前ら。そいつは水色の髪の女の子と他二人の美少女を侍らせて週末を過ごす極悪ハーレム野郎だぞ」

「なっ!? あれはそんな、ハーレムなんかじゃない! ただ幼馴染ってだけで……!」

「聞いたかお前ら、幼馴染だぞ! 俺なんかよりよっぽど罪深いぞこいつは!」


「たしかにそうだ……許せねえよ」

「どのツラ下げて俺らに加勢しようとしてやがんだ」

「フン、不愉快だ」

「二人まとめてボコしてやんよ」


 やった、一対一対七になったぞ。俺が正義だ。


「あっ、ゲルド君いた!」

「あん?」


 俺の名を呼ぶ超絶可愛い声に振り返ると、ミリーが校舎の二階の窓から顔を出していた。


「ゲルド君、私の生徒手帳見なかったー?」

「見てないけど、どういう事だー?」

「昨日ポケットに入れてたはずなんだけど、いつの間にか無くなってたから。ゲルド君の部屋に忘れてきたのかもって」

「あー、じゃあ探しとくわー」

「ごめんねー。あるとしたらベッドの周りだと思うからー」

「わかったー」


 用件を伝え終わったのか、ミリーは顔を引っ込めた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 俺は逃げた。



「やれやれ」


 逃げた先は屋根の上だった。さすがにこんな所に登ってくる奴はいないだろう。

 それにしてもミリーは自分がどう思われてるかに無頓着というか、なんというか。

 男の部屋に行ったことを吹聴するとどう思われるか、ちゃんと教えておいた方が良いかもしれない。多分あれは理解していないはずだ。


「いや、でもそうすると部屋に来てくれなくなるし、俺が行くこともなくなるか……?」


 よし、ミリーにはそのままでいてもらおう。ありのままのミリーが一番だ。

 ミリーの良さを再確認したところで、とりあえず昼休みが終わるまでぼーっとするかと空を眺めていると、黒い点がぽつぽつと空に増えていくのが見えた。


「……鳥?」


 黒い点は次々と増えていき、最終的には数えきれないほどの数になった。群れで移動する渡り鳥か何かだろうか。こちらに向かってきているから、間近で群れが飛ぶ様子を目の当たりにできるかもしれない。


「あんな鳥いたっけ」


 周囲に比較対象が無いためはっきりとはしないが、どうも鳥にしては大き過ぎる気がする。

 というか俺の目が確かならば、人型の身体をした鳥が飛んでいるようにも見える。

 これはさすがに鳥ではなさそうだと確信してそのまま注視していると―――


「……モンスター?」


 ―――数えきれないほどのモンスターの軍団が、この学園に向かって真っ直ぐ飛んでいることがわかった。


 先頭を飛んでいるのは、まさに人型の身体をした鳥という他ないモンスター。その他様々な有翼のモンスターが単独で、或いは背に他のモンスターを乗せてただひたすらこちらを目指して飛び続けている。


 そんな絶望的な光景を見て俺が思うことはただ一つ。


 ……あんなイベントあったっけ?


 当然原作ゲームについての記憶は一切無い。しかしこっちの世界に来てからの出来事、特に前周のウキャック学園で過ごした三年間については未だ記憶に新しい。そしてウキャック学園といえばここデザロア学園と同じ王都にある学園なので、あの規模のモンスターが王都を襲撃してきた、いや、ただ上空を通過していったというだけでも耳には入るはずだし、まだ弱かった当時でも気配を察知することはできたはずだ。


 つまり、これは前周では発生しなかった出来事ということになる。

 前周で発生せず今周で発生する。その要因、そうなる原因を考えてみれば、思い当たる出来事は一つしかない。


「あの宝石を狙って……?」


 或いは、あの宝石を手に入れる前後で起きた何かしらのイベントでトリガーを引いたのか。

 とにかく、前周との大きな違いがあの隠し部屋の発見である以上、それ絡みを切っ掛けに起きた襲撃と考えて間違い無いだろう。

 となると、これは原作イベントだ。主人公が対処して、主人公が解決に導くべきイベントだ。


「…………」


 つまり俺がすべきことはただ一つだけ。


 そう―――見物だ。

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