第38話

 数えきれないほどのモンスターの大群が襲来してくる。

 そんな事態になれば当然街を守る衛兵たちものんびりしているわけにはいかないはずだが、いかんせん高度が高すぎる。地上、あるいは外壁の上から魔法が発射されているようだが、あいにくと距離がありすぎてとても有効だとは言い難い。


 そうこうしている内にモンスターはここデザロア学園の上空に到着し、間髪入れず一斉に急降下を始めた。


「これは……ちょっとヤバいか?」


 校内はもはや阿鼻叫喚の様相を呈している。まさかあの大群全てが一点を狙ってくるとは思いもしていなかったのだろう。

 聞こえてくるのは悲鳴や怒号、それにモンスターの雄叫び、そして魔法の着弾音。あとは……校内放送が始まった。各学年用に用意された実習棟に立て籠もる方針を定めたようだ。一番頑丈な建物が選ばれたということだろう。

 各クラス四十人が五クラスの合計二百人。少々手狭にはなるが、一応生徒全員を収容するだけのスペースはある。


 そして戦況はというと、これはもうよくわからないとしか言いようがない。屋根の上にいる以上視界は限られているし、気配で察知しようにも数が多過ぎてよくわからない。

 教師や一部の生徒が応戦していることはわかるのだが、それが善戦しているのか追い込まれているのかも詳細は定かではない。


「ギャギャギャギャ―――ギャ?」


 こちらに飛び掛かってきたモンスターを『鉄斬掌』で叩き切る。直接触れるのは憚られる見た目だったので技で倒したが、こうなってくると剣が手元に無いのは少し困る。普段の学園生活で剣を使う機会は全くないため寮に置いてきてあるが、取りに行くべきだろうか。

 あれは見る度に俺の心を締め付ける呪いの剣ではあるが、無くなるともっと締め付けられる。モンスターに寮を荒らされる前に回収に行くべきだ。


 屋根からひらりと飛び降りると、生徒やモンスターに見つからないようコソコソと物陰を伝って移動する。どう見ても重要なイベントなので、あまり余計な動きをして原作の流れを歪めたくない。本来であれば恐らくゲルドはもうこの学園には存在していないはずのキャラクターだ。


「おーおー、やっとるやっとる」


 俺が潜んでいる茂みから、教師陣が廊下を塞ぐように陣取ってモンスターに魔法の弾幕を浴びせている光景が目に入った。少しずつ後退しながら魔法を撃ち続け……最終的には実習室まで退避していくのだろう。咄嗟の出来事だった割にはなかなか統制の取れた行動だ。


 モンスターがその教師たちに気を取られている隙に、さらにコソコソと茂みから茂みへ、そしてまた別の物陰へとゴキブリにように移動を繰り返し、ようやく男子寮は目の前というところまで来た。


「あっ、いや……うーん」


 ちょうどその時、逃げ遅れたのか一人の男子生徒が寮からヨタヨタと歩いて出てくる。病欠でもしていたのだろうか。それは一匹のモンスターに察知され、彼は万事休すだ。思わず助けに行こうとしてしまうが、ここに都合良く主人公たちがやってきて良い感じに活躍するのではないかと考え直してグッと堪える。

 ……いや、別に堪えるというほど助けたくはないかもしれない。どうせ見知らぬ生徒、それも男子だ。男なら自分の力で切り抜けてみせろ。


「おっ、いいぞ。いけるいける。よし、そこだ。頑張れ頑張れ……!」


 このモンスターの強さはあまり大したことはない。レベル十もあれば余裕を持って倒せるはずだ。ただ体調不良の影響がどう出るか、というところだったが男子生徒は先制の魔法を浴びせてモンスターの体勢を崩すと、そこから畳みかけるような連弾でモンスターに勝利した。


「勝ったか……! やるじゃないか。それでこそ俺の見込んだ漢よ」


 先ほどの校内放送が聞こえていたのか、彼は覚束ない足取りで実習棟を目指して歩いて行った。あの調子なら多分どうにか辿り着けるだろう。もしピンチになっても近くの誰かが何とかしてくれるはずだ。


 にしても、モンスターがちょっと弱い。あんな病弱でヘロヘロのガキ一人に負けるような雑魚を連れてきてどうするんだ。


 生徒が避難し終え、モンスターの気配も無い寮に入ったことで一息吐き改めて考えてみると、あんなド派手な登場をした大掛かりな襲撃の割には、モンスターの質がとにかく低い。あれなら教師と生徒が一丸となって対抗すれば、外から本格的な救援が駆け付ける間ぐらいは十分耐え凌げるだろう。


「あ、序盤のイベントだからか」


 そうだ、うっかりしていたがこれは序盤のイベントだった。よく考えたら強いモンスターがやってきたら主人公たちの活躍する余地が無い。となるとこれはもういよいよ手出し無用だ。


「にしても、あいつら最後にとんでもない物を残していきやがって……」


 部屋に入って呪いの剣を回収する。使ってたら辛いけど捨てられないなんて本当に呪いそのものだ。

 しかしとにかくこれで憂いは無くなったので、窓から外に出て壁伝いに寮の屋根へと登る。馬鹿と煙は高い所が好きらしいので、俺はきっと煙なんだろう。


「うーん、まだごちゃごちゃしてんなあ」


 学園の敷地のド真ん中にあった校舎の屋根の上からだと様子が把握し辛かったが、端の方にある寮の屋根の上からなら全体を俯瞰して一望できる。

 ここから見るに生徒たちは粗方避難し終えているようだが、やはり避難所である実習棟の付近が一番の激戦区となっているらしい。

 他にも一部の生徒が逃げ遅れたのか勇んで戦うことにしたのか、あちこちでモンスターと交戦している魔法の光がピカピカと目に入る。


 特にあの水色の髪の生徒はモンスターの集団に囲まれてしまって大変だ。ボス格と思しき鳥人間もそこにいて―――


「あ?」


 飛び出した衝撃で屋根が壊れたが、あれはモンスターの仕業に違いない。きっと元から壊れかかっていたんだ。

 そう決め付けたところで、ミリーが囲まれている場所のほぼ真上にある屋根の上に到着した。そのまま飛び降りてあのモンスター共をこの手で縊り殺し血祭りにあげたいところだが、今度は本当にグッと堪える。

 さすがにヒロインのピンチとなれば主人公の出番だ。悪役がしゃしゃり出るわけにはいかない。


「あっ、いや。しかし……でも、ああっ」


 どうやらモンスター達はミリーをじわじわと嬲る方針らしく、取り囲んではいても一斉攻撃はしていない。精々二匹同時に襲い掛かる程度で、ミリーは少しずつ傷付きながらも必死に抗戦している。


「何やってんだあの色ボケクソ野郎……! 早く来て助けろよ……!」


 ミリーの動きが段々と精細を欠いてきている。立て続けに攻められている疲れもあるだろうし、そもそも合計で二十匹ほどのモンスターに取り囲まれているとなれば、精神的にも負担は大きいだろう。目の前のモンスターを倒したところでどうせ助からない、と考えてしまえばもう終わりだ。


「ああっ、クソ! あのボケ……ミリーが血を……! ああっ、また! ぐ、ぐぐぐ……」


 あのハーレム野郎は俺が攫ったときも二時間かかったし、なんでこんなモタモタしているんだ。今もこうしてミリーが追い詰められているというのに……本当にギリギリになってから登場するパターンなのか? それにしたってもういよいよヤバいところまで追い詰められているように見える。……というかそもそもあのハーレム集団が勢揃いしたところで、ここにいるモンスターに勝てるのか? あのボス格の鳥人間が相手では到底太刀打ちできないと思うんだが……ついにミリーが膝を突いた。もう猶予は無い。


「あっ、いや、まだだ。まだ……来る可能性は……いや、来てもあいつらじゃ勝てない。来てもどうせ負けイベント……それならもう……俺が―――」

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