第39話
屋根から勢いよく飛び出した俺は、仰向けに倒れたミリーのすぐ傍にいる人型の赤いモンスターを蹴り飛ばし、ひとまずミリーの救助を優先する。
「あー、ひどいなこりゃ。大丈夫か」
「……あ、ゲルド……君……なん、で」
「うむうむ、ゲルド君が来たからもう安心だぞ」
ミリーの姿は凄惨の一言だ。顔は腫れ上がり、制服はボロボロで体中のあちこちから出血している。
腹の底からグツグツと湧き上がる怒りを、なんとか軽薄そうな態度を取って誤魔化す。とにかくミリーを安心させてやらないと。
後ろから襲い掛かってきたモンスターの顎を軽く叩いて動きを止め、頭を鷲掴みにして別のモンスターに向かってぶん投げる。囲んでいる奴らが何か騒いでいるが耳に入らない。どうせ後で皆殺しだ。
「随分やられたなあ。逃げ遅れたのか」
ミリーを抱きかかえながら『ペフ』で治療する。ゲームだと残り体力が二とか三ぐらいの状態なのでなかなか全快とはならない。
「ゲルド君……逃げ……」
「おお……そうか……こんな時でも、いや、こんな時だからこそ大天使だなミリーは」
背後から飛んできた火の玉を躱し、横から噛み付こうとしてくるライオンのようなモンスターの顎を蹴り上げる。ミリーを揺らさないように気を遣っていたため感触がイマイチだ。一撃では仕留めきれていないかもしれない。
両手が塞がっている今使える技は限られているし、派手な動きもミリーへの負担を考えると控えざるを得ない。となるとある程度治療した後はどこかにミリーを置いてきてからこいつらに死刑を執行したいところだが、その置いてくる場所の選定が問題だ。
例えば人気の無い寮ならひとまず安全ではあるのだが、三十秒後にはもうどうなっているかわからない。俺がいなくなった瞬間に大挙して襲い掛かってくることもあり得ないとは言い切れない。
他の候補としては避難場所になっている実習棟があるが、あそこは今も激戦区だ。いつ突破されてしまうかもわからないし、そうなった場合ミリーはきっと陣頭に立って戦ってしまうだろう。とても安心して預けられる環境ではない。
丸まって転がってきた巨大なハリネズミを格闘スキルレベル三『破砕脚』でトゲごと蹴り砕き、蹴り足をそのまま上に振り上げて上空から急降下してきた猛禽類のようなモンスターの首をへし折る。
「うーん……安心な場所……安全な場所……」
「ゲ、ゲルド君……?」
ミリーはもう意識がはっきりしてきているようだ。体力は半快といったところだろう。このままあと一分ほど粘れば……いや、あった。安全な場所はここだ。俺の腕の中が一番安全だ。ここなら誰にも傷付けられないし、俺が不安になることもミリーが戦おうとすることも無い。ずっとこのままでいよう。
「よっ、ほっ。ミリー、ちょっと揺れてるけど大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫」
よし。もう心配無さそうだ。多少強く蹴ってもミリーに負担は無いだろう。
そう判断した俺は四方八方から襲い掛かってくるモンスターを蹴り飛ばし踏み潰す。思えばモンスターの実戦はずっとこうしてきた。
得意なのはスキルレベルが八ある剣なのは間違いないが、あれは素振りと模擬戦で磨いたものだ。実戦で使ったことは実のところほとんど無い。
対してスキルレベル七ある格闘は鍛錬をしたことが一切無い。全て実戦で磨いてきた、というより勝手に磨かれてきたものだ。
「ほっ、と。これであとはあいつ一匹だけか」
「ゲ、ゲルド君。私、もう大丈夫だから」
「いや、まだ危険過ぎる。もうしばらくこのままだ」
「そ、そうかな……?」
そうなのだ。どいつもこいつも当てにならんし俺が守るしかない。
「おのれ……貴様、何者だ」
「うわ、喋った」
後ろの方で偉そうに腕を組んでいた鳥人間が俺に話しかけてきた。部下が全滅するまで待っているというのは、ゲームでは由緒正しき伝統かもしれないが現実でやると馬鹿丸出しだった。
「やっと見つけた開闢の巫女を……我らの計画を……邪魔するなァ!」
「かい……なんて? 巫女?」
激昂して襲い掛かってくる鳥人間はさすがに偉そうにしているだけあって、ミリーを抱えたままでは少々手に余る速度と力があった。迎撃しようとすればミリーの安全は保障できない。かといってミリーを降ろすつもりもない。これは手詰まりだ。
「よっ、ほっ、はっと」
「うわわわ、うわわわわわ。ゲ、ゲルド君! うわわわ!」
「おのれ、ちょこまかと!」
とはいえ避けるだけなら何の問題も無い。ミリーが少し目を回しているようだが、降ろすよりは遥かに安全なので我慢してほしい。
ただ実のところ安全がどうのこうのと言うなら、一旦ミリーを降ろして素早く始末してまた抱き上げればいいだけの話なんだが、そもそもこの鳥人間を倒していいものなのかという問題がある。
襲撃の際に先頭を飛んでいた、他より頭一つ抜けた実力の持ち主。絶対こいつはボスだ。
討伐推奨レベルは四人パーティーで二十五前後だろうか。今じゃなく、後々改めて戦って倒すタイプのボスだろう。俺が今ここでやってしまうと原作にどんな影響があるのかわからない。
周りの雑魚は怒りに任せて文字通り蹴散らしてみたものの、ミリーが全快した今となっては手を出しかねる相手だった。
「ゲルド君! 私邪魔だから、降ろしても……!」
「いーや絶対に降ろさん。ミリーを降ろすぐらいならあいつから逃げた方が……あ、逃げるか」
「ふざけるなァ! 絶対に逃がさんぞ!」
逃げようと思ったら鳥人間はますますやる気になってしまった。かなり素早いタイプだしあいつが本気で追いかけてくるなら逃げ切れそうにもない。かといって倒すわけにもいかない。……ならもうあいつに逃げさせればいいか。
「ガアアアアァァァーーー!」
風の力を纏った鳥人間の突進を横に軽く跳んで躱し、それによって距離が大きく開いたことを確認した俺は、ずっとミリーの太ももを支えていた右手を断腸の思いで離す。しかし左手は肩の辺りを抱いたままだ。絶対に離さないぞ。
空いた右手で背中の剣を鞘から引き抜いて地面に突き刺し、また右手でミリーの膝の裏に腕を通して持ち上げる。
「あれ? 降ろすんじゃないの?」
「絶対に降ろさんと言っただろ。またミリーがあんな事になったら大変だからな」
「う、心配してくれるのは嬉しいんだけど、なんか過保護のような」
これまで掌で支えてきた太ももを、膝の裏に腕を通すことによって支える。これによって俺の手から幸せな感触は失われたが、代わりに空いた右手で地面に突き刺した剣を引き抜く。
「ゲルド君……それはちょっと無理があると思うよ。やっぱり私を」
「大丈夫だって。もう終わるから」
別に剣を振る必要は無い。持ちさえすればそれだけで十分だった。
「ガアアアァァァーー!」
「うるせえよさっきから」
剣スキルレベル八『千剣乱舞』。この技はただ剣を手に持っているだけでいい。
突進してくる鳥人間を幻想の剣が次々と切り刻む。いくら速くても真っ直ぐ突っ込んでくるだけでは格好の的だった。
「ガッ! こ、こんな……ガハッ!」
四肢を剣で突き立てられ仰向けになった鳥人間の顔に、最後の一本を突き付ける。あとはこれを落とせば終わりだ。
「どうする? 逃げるんなら見逃してやるが」
「逃げるだと……ふ、ふざけるなアアァァ!!」
もう瀕死に近い状態だった鳥人間の全身から閃光が溢れ出し、光が収まると剣が全て消し飛ばされていた。
立ち上がった鳥人間は全身から血を滴らせ、憎悪の籠った眼で俺を睨みつけている。
「まだだ……この程度でこの俺が……!」
「そうかい」
再び『千剣乱舞』を発動する。鳥人間の顔が絶望の色に染まった。
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