第59話

 よく考えたら、いや、よく考えなくても別に失言でもなかった。

 子供が欲しいとは特に思わないが、別にミリーとの結婚が嫌というわけではないのだ。

 大貴族なのだから跡取りなんかも必要だろうし……あれ? そうだ、ゲルドは大貴族の次期当主候補なんだ。

 結婚相手を勝手に決めてきて良いんだろうか。それに貴族といえば貴族同士とくっつくものだろう。

 まさかとは思うが、許嫁とかいたりしないだろうか。いや、いてもおかしくはない……というかいない方が変だ。

 だが今までそんな話は一回も聞いたことが無い。森に籠っている周に聞かなかったのは当然だが、ずっとワスレーン邸にいた周もあるのだ。許嫁がいるというのなら、そのときに一度も話に出てこないのはおかしいだろう。よって許嫁はいない。


「うむ」


 俺の完璧な推理によって完璧な結論が出たことに満足する。

 まあ推理にうっかり見落としがあって許嫁がいたなら適当に断ればいいだけだし、それが駄目なら向こうから断りたくなるようにすればいい。どうとでもなるだろう。なんせゲルドは元々極めて評判が悪く……あっ、それで許嫁がいないのか。


「それでもいたなら、婚約破棄ってやつをやるしかないか」


 何かのパーティーに参加して衆人環視の中言うわけだ。

 例えば「お前のような顔も名前も知らなかった許嫁なんかより、俺はミリーと真実の愛を育んで……あっ、シノもだ。ええと、二人と真実の愛を、その……」などと婚約者に言い放って一方的に婚約を……これはどうなんだ? こんな口上だとこっちから婚約破棄するんじゃなく、愛想を尽かした相手から破棄されそうだ。


 そんな事をぼけーっと考えながら受けた試験も楽勝で合格。

 これまで覚えては忘れ、忘れては何とか覚えてを繰り返していたが、さすがにもう記憶も定着したのか補欠だのギリギリだのといったことにはならない。

 今や俺の学力は、難関校であるデザロア学園の入学試験を少し余裕を持って通過できるほどの水準に達している。


「じゃあシノ、頼んだぞ」

「はい。お任せください」


 そして迎えた入学式の翌日。登校する前にシノと別れを済ませる。

 最近妙にやる気が高まっているミリーとシノは脇目も振らず攻略に邁進するつもりらしく、二人から要望が無かったこともあり俺は今回途中の街に待機しないことになっている。よって次に会うのはおそらく三年後になってしまう。

 なので三年分のシノ分を補給しようと両手を広げると、シノはそっと身を寄せてきた。同時にシノもゲルド分を補給しているはずだ。


「終わったら死ぬまでずっと一緒だからな」

「っ……はい。必ず、必ず終わらせてきます」


 やる気が出るような事をしっかり言っておくのも忘れない。別に反故にするつもりは全く無いので言い得だ。

 そしてシノに見送られて登校した俺は、早速校舎裏でミリーに怒られていた。


「ゲルド君、なんで入学式来なかったの。一緒に出たかったのに」

「え?」

「なんできょとんとしてるのっ。昨日あったでしょ」

「うーん。言われてみればパンフレットにそんな事が書いてあったか……?」

「もう、ゲルド君は、もうっ」


 そういえば入学する際にそんな行事もあった気がする。ミリーが一日早く寮に入ったのはその為だったのか。しかし俺はループの中で何回も入学しているのに、入学式なる行事に出た覚えが全く無い。何故なんだ……?

 まあそんな面倒な行事はさておき、デザロア学園のローブを着たミリーもまた良いものだ。思えば最初にミリーを見たのはこの服を着ているときだったか。あの衝撃は生涯忘れることは無いだろう。


「ゲルド君? どうしたの?」


 どうやらガン見し過ぎたらしい。ミリーは怒りを引っ込めて少し気恥ずかしそうにしている。


「いや、その制服も似合うなと思ってな。初めてミリーを見たときのことを思い出してた」

「そ、そうかな? でも、初めてかあ。もう九年前になるんだっけ」

「もうそんなに経つのか。でもあの衝撃は未だに忘れられないな。可愛すぎて腰が抜けるかと思った」

「またそうやって。もうっ」


 正確に言うと衝撃を受けたのはミリーのエロさだったのだが、当然そんな事を言ったりはしない。ミリーの良さは自身から醸し出されるエロさに対して無自覚な点にもあるのだ。

 そして怒っていたことも忘れたのかすっかり上機嫌になったミリーに、これからについての最終確認を兼ねた釘を刺しておく。

 特に大事なのは、なるべく人前で話さないこと。ベタベタするなんてもってのほかだということだ。今回は同じクラスになったので、気を付けていないと早々にカップル認定されてしまうだろう。

 これを伝えるとミリーはついさっき上機嫌になったことも忘れたのか、すっかりむくれてしまっている。


「むー……」

「むーじゃない。誘拐されたいんだろ? だったらベタベタしてると変だろう」

「そうだけどー……」


 今回はもう面倒だから適当な理由をでっち上げてハーレムの連中をあの地下室まで連れて行き、どうにかあの消える壁のところまで押し込んで強引に話を進めるという考えもあった。

 しかしこれまで上手くいっている方法を踏襲した方が確実であることも事実。

 この狭間でどうしたものかと悩んでいた俺に方針を決定させたのは、ミリーの「わ、私……また誘拐されたいかも」という一言だった。


「軽く話すぐらいなら良いだろうけどな。旅行気分のままだとさすがにマズい」

「ぶー……」

「ぶーじゃない」


 日頃からイチャイチャしまくっているカップルだと認識されてしまうと、誘拐しても「そ、そういうプレイなのか!? なんて破廉恥な……!」などと思われてしまう可能性があるのだ。あんな地下室で来ない助けをひたすら待つことになるのは極力避けたい。

 ミリーもそのことはわかっていて、文句を言っているのはただ構われたいだけ。あるいは怒られたいだけ。これは今まで何度も繰り返してきたことだ。


 そしてミリーさえ大人しくしてくれるならもう何も問題はなくなる。

 まず授業は何度もやったことなので、躓く要素が欠片も存在しない。


「―――それに対して自然界に存在するエネルギーを……えー、じゃあ今日は四月の七日だから出席番号七番の……ゲルド。わかるかー?」

「……え? な、何ですか?」

「あー、じゃあ八番のサニムラー、わかるかー?」

「はい、オドです」

「くっ」


 なんだあのサニムラとかいう野郎は。俺がついぼーっとしていて答えられなかったのだから、次に当たる奴も気を使ってぼーっとしておけばいいものを……。次の授業では目に物を見せてくれる……!


「魔法実習αではまず魔法の出力の増減について勉強していきますが~、えーと、出席番号七番の……ゲルド君。はい、魔法の出力を増やすにはどうすればいいですか~?」


 きた。ここで名誉挽回だ。


「マナを多く込める」

「はい、そうですね~。それで――」


 フフン、見たかサニムラ。俺がこのデザロア学園に何度入学したと思っているんだ。この程度の問題など造作も無いわ。


「はい、それじゃ実際にやってみましょうね~。えーと、『ペフ』を使える人はそのままで、『ペフ』が使えない人はこっちで先生と一緒にやりましょうね~」

「ん?」


 何かわからんが何かをすることになったようだ。

 全く話を聞いていなかったのでよくわからないが、周りの様子を見て同じことをすればいいだけの話だろう。さっきマナを多く込めるとか言った覚えがあるし、それ絡みの何かだろうか。

 そう思って周りをぐるっと見回すと、こちらに鋭い目線を向けているミリーと目が合った。


「ん……?」


 なんだ? ミリーは俺を見ながら小さく、しかしはっきり首を振っているようだ。俺は何か間違えたことをしようとしているのだろうか。

 そうしてミリーの意図が汲み取れずまごまごしていると教師に捕まってしまった。


「え~と、さっきの……ゲルド君だっけ。難しそう~?」

「え? ええ、まあ。難しいというか、何が何やら」

「そっか~。うーん、私はこっち見てなきゃだし~」


 難しいというわけではなく、何をすればいいのかわかっていないだけなのだ。一言教えてくれればそれで問題無いんだが。


「えーと、そこの水色の髪の子~。君はもう完璧だからちょっとこっち来て~。それでゲルド君に教えてあげて~」

「はいっ」


 不出来な生徒の教師役として、一番優秀なミリー先生がやってきた。何かこれ、全く同じような事をやった覚えがある。


「えーと、それじゃあゲルド君だっけ。邪魔にならないように隅の方で一緒に頑張ろうね」

「え? あ、ああ」


 ミリー先生はにこやかに話し掛けてきて他の生徒がいない方へ俺を連れていこうとしている。これは知らない展開だ。さてはミリーはこれを狙って俺に何もするなと首を振っていたのか。

 しかしそれがわかっても、ここから強く反発するのは逆に不自然になる。ミリー先生に誘導されるまま、実習室の隅の方まで移動させられてしまった。


「うん、この辺でいいかな。それじゃゲルド君。まずはここから魔力を通して、それから」

「いや、できるんだが。あと近い」

「駄目だよゲルド君。ちゃんとあの時と同じようにしなきゃ。ゲルド君は魔法が苦手なの」

「えぇ……?」


 小声でミリー先生に怒られてしまった。

 確かに一回目はこうやって実習がある度にミリー先生の世話になっていたが、今回はただ公然とベタベタする口実が欲しかっただけだろう。そもそも一回目のときはこんなに密着していなかったはずだ。


「それでね、魔力を手首から指までこうやってね」


 ただまあ、ミリーが楽しそうだからそれでいいか。

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