第60話

「袋よし、拘束具よし、粉よし」


 誘拐三点セットを確認して女子寮前にスタンバイする。今日はいよいよドキドキの誘拐決行日だ。

 袋に関しては特に必要というわけではなく、一緒に旧校舎まで歩いて行ってもいいのだが、ミリーの希望により過去の誘拐手順をそのままなぞる形となった。ただこれは俺も楽しいからヨシ。

 なお、日時は以前と全く同じ日だ。以前の旅で間に合わなかったのだから早く出発した方が良いと思ったのだが、あまり早すぎると……なんだっけ、幼馴染じゃない女が旅についていくか微妙なんだとか。よって過去の例に倣うことにした。

 そのまましばらく待っていると、女子寮から何やら話し声が聞こえてくる。誰かが出てきたようだ。


「ん~……眠ーい……」

「だから夜更かしはやめて……っと」

「ん? な、何こいつ」


 ハーレムパーティーの女二人とミリーのお出ましだ。すっかり忘れていたが、確かにこんな見た目だったな。


「朝も早くからご苦労なことだな。金髪と赤髪の二人に用は無いから、これで眠らせてやろう」

「はあ? あっ、それはまさか、昏睡の粉……!?」

「なっ!?」


 二人は一気に警戒心を強め、腰を落として臨戦態勢に入った。しかし隙だらけだ。

 それよりも目覚めてからすぐ捜索が始まるように、ちゃんと目的を教えておく必要がある。


「用があるのは後ろにいる一人だけだ。君たちは何も気にせず眠るといい」

「なっ、速――く、ミリー、逃げ……」

「ぐっ、こ、こんな……」


 この二人のレベルはおそらく十前後。対する俺は七十前後。圧倒的なステータス差で強引に制圧できる。

 これであとはミリーだけなんだが、どうもミリーの様子がおかしい。


「い、嫌っ」

「……」


 ミリーはすっかり怯えた様子を見せている。もしかして記憶喪失にでもなったのかと思ったが、これはそういうアレだ。本格的にやろうということか。最近のミリーは授業中でも何かにつけて俺とミリーが出会った周の出来事を再現したがっていたし、これもその一環ということだ。

 万全を期すならこういうところもちゃんとやるべきだし、別にやって何か損をすることもない。さらにミリーからの要望でもあるならば、ここはひとつ付き合ってみることにする。


「クックック……では君にも一旦眠ってもらおうか」

「あっ、や、やめてっ」


 ミリーにも昏睡の粉を吸わせて意識を奪う。が、レベル六十にもなるとこんな物が通用しなくなるのはわかっている。つまりこうして倒れたのは当然演技だ。


「ふむ、やはり寝顔も美しい」

「っ」


 口元がヒクッと動いた。ちょっと面白い。

 ここからひたすら褒めまくって遊ぶのも楽しそうではあるが、のんびりしていると誰かがやってくるかもしれない。速やかに誘拐を遂行すべきだろう。

 倒れているミリーの上半身を起こして袋を被せ、再びそっと横たえてから下半身の方にも袋を引っ張って全身を包む。ミリーが尻を少し浮かせてくれたのでこの作業もスムーズに完了し、いざ誘拐だ。


 今回も誘導用に靴を落としながら旧校舎に向かい、扉を全て蹴破って例の地下室へ。

 袋を取っ払い、清潔なシーツに取り換えておいたベッドに寝かせて拘束すれば準備は完了。あとはハーレムパーティーが来るのを待つだけだ。


「えっ? こ、ここはどこなの……?」


 ミリーは拘束が完了したタイミングで目を覚ましたことにしたようだ。ベッドの上で怯えたように周囲を見回している。

 というかもう確実に人の目が無い所まで来たのだが、ミリーはまだやるつもりなのか。


「あっ、ゲルド君。ここは……そうだ、私、ゲルド君に眠らされて」

「クックックック……ようやくお目覚めか」

「っ、ゲルド君、どうしてこんな……えっ? う、動けないっ」


 ミリーは自分の状況に気付いたようだが、身を捩ったところで拘束が解けはしない。レベル六十のミリーが本気で動けばベッドごと破壊できる気がしないでもないが、そういった粗には目を瞑らなければならない。


「クックックック……ここがどこかわかるか? 誰も助けになんか来ない、旧校舎の地下室だ」

「そ、そんなっ」


 ミリーは恐怖に顔を歪めている。かつての大根役者ミリーもなかなか堂に入った演技をするようになったものだ。

 対する俺は……この後はどうするんだっけか。ここに連れ込みさえすれば後はミリーと話しながら待てばいいやと思っていたので、特に何も考えていなかった。

 確か一回目はミリーにエロいことをする素振りを見せ続けて時間を稼ぎ、二回目は儀式のようなことをしようとしたらすぐに助けが来たんだったか。

 それならば今回も後者の儀式を……と思ったが、全く準備をしていなかったのだ。当然それっぽい道具を何も持ってきていない。


「さて、それじゃあ……どうしたものかな」

「っ、やだっ」


 本音を言えばもう演技をやめてのんびり助けを待ちたいところではあるのだが、せっかくミリーが楽しんでいるようなので、ここでロールプレイを打ち切ってしまうのも憚られる。

 というか終わらせ方がわからん。「はいもう終わり終わり。あとはゆっくり待とう」とか言えばいいのか? なんだか盛り上がっているときに空気を読まず水を差すような一言だ。

 こうなったらいっそのこと一回目みたいにするか。当時のことを思うと抵抗があったが、今のミリーなら俺に何をされても泣いたりすることは無いんだ。


「やだっ、来ないでっ」

「クックック……」


 ベッドの上に腰掛けると、ミリーはさらに怯えた様子で身を捩る。そうだそうだ、こんな感じだったな。


「ゲルド君のこと、友達だと思ってたのに、こんなっ」

「友達、友達ねえ。俺はそんな事を思ったことは無かったな」

「そんな……」

「一目見た瞬間から、俺はお前に夢中だったからな。そこからはどうやってこの状況に持ち込むか考え続けていたさ」

「えっ? あっ、うう……えっと」


 あっ、ミリーが素の反応をしている。ちょっとセリフの感じを間違えたか。さすがに急過ぎて当時のセリフを詳細に思い出せない。


「それで、それで私に……え、えっちな事をしようと思って……?」

「クックックック、どうなんだろうなあ?」

「やっぱり……今からえっちな事をするんだ……っ」

「ん?」


 そんな感じだったか? むしろ逆にそういう事をしないのだと看破されて困った覚えがあるんだが。

 ミリーは抵抗する様子を見せているが……いや、あんまり見せてないぞ。身体こそなんとか拘束から逃れようとしているが、表情が怯える人のそれではない。


「クックック……」


 とりあえず笑って時間を稼ぐ。これも何かやったことがある気がする。

 ミリーはどういうつもりなのだろうか。本当にやってしまえということなのか?

 世界一可愛くて世界一エロい女がベッドの上で拘束されているのだ。たしかにこれは極めてそそる光景ではある。あるのだが……いつ助けが来てもおかしくない状況で……?

 駄目だ、考えがまとまらない。とりあえず当時の状況をなるべく再現しながら考えよう。


「クックック……そう焦るな」

「っ」


 ミリーの顔に手を添えて、そこから首筋を通って肩まで撫でる。そうそう、こんな事もしたっけな。

 それでもミリーにはそこから先は何もしないんだと見抜かれてしまったんだ。あの時は色々と大変だった。


「駄目っ」

「……」


 やはり当時と全然違う気がする。確かずっと毅然とした目で睨まれていたはずだが、今はとろんとした目を潤ませて俺を見つめている。

 この流れに乗ってしまうと大変な事になるんじゃないか?

 実際事に及んでる最中に助けが来たら一体どうするつもりなんだろうか。見つかったところをうっかり弁明しようものなら「そ、そういうプレイなのか!? なんて破廉恥な……!」などと思われてしまうだろうし、反論しなければ俺は今後ゴミカス性犯罪者として生きていくことになってしまう。


 というかいくら年中色ボケ状態のミリーでも、TPOを弁えない振る舞いはたまにしかしないはずだ。この誘拐も茶番でしかないとはいえ、一応失敗すればまた三年を棒に振ることになる。そんな場面で後先考えないことをするだろうか。


「……なるほど」


 少し考えてわかった。これは俺が手を出せないとタカをくくっての挑発だ。あいつらが来るまでの間に俺を弄んで時間を潰しているんだ。

 ミリーは「私は失敗しても別にいいけど、ゲルド君は困るでしょ?」とでも思っているのだろう。

 これは意趣返しのつもりだろうか。昔を再現していく内に、当時の恨みも思い出してしまったか?


「クックック……これは舐められたものだ」


 この俺を誰だと思っているんだ。数々の同人誌でミリーにあんな事やこんな事をしたであろうゲルドだぞ。同人誌と全く同じシチュエーションでそんな挑発をされてしまっては、正気など保てるわけがない。


「やめてっ……えっ? あれ?」


 ミリーは俺の様子がおかしいと察知したのか、急に慌てた表情を見せている。やはりそういう事だったんだな。


「ゲルド君? 何か目が、ちょっと恐いかも……?」

「クックック……」

「え? 本気で? もう皆来ちゃうよ?」

「クックック……問題無い。すぐ終わる」

「でっ、でもほら。その、えっと」


 先ほどまでと完全に攻守が逆転している。ミリーはぐるぐると目を回して狼狽えるばかりだ。

 ではそんなミリーに俺を侮った報いを――あっ、通路の方から何か聞こえてきた。

 なんか前回もこんな感じだったような気がする。昏睡の粉を使うとすぐに来てしまうんだろうか。


「あっ」


 ミリーも気付いたようで、ホッとした表情で入り口の方を見ている。


「くそっ、鍵を掛けてバリケードで固めておけば良かった」

「やっぱり本気だったんだ……」

「そうだ、一旦あいつらをボコボコにして気絶させて、その間になんとか」

「それで変な感じになって失敗しちゃったら、シノお姉ちゃんが怒らない?」

「……」


 よし、予定通りやるとしよう。

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