第61話

「ここかっ! ミリー、大丈夫か!?」


 招かれざる客がやってきた。いや、招きはしてるし来てくれないと困るんだが、タイミングが最悪というか……いや、あと少し遅い方が困っていたので最悪というほどでもないのだが、とにかく来た。来たなら気は全く乗らないが相手をしなくてはならない。

 渋々ベッドから降りてハーレム連中と向かい合う。


「クックックック……良いところで邪魔が入ったか。よくここまで辿り着いたものだ」

「お前ッ! ミリーに何をして―――くっ!」


 主人公の……なんだっけ、多分タカシが何も考えずに突っ込んでくるが、『斬空波』を放って足止めする。前回は剣を入り口付近に置いていたため非常に大変だったが、さすがにそんな間抜けなミスを繰り返しはしない。準備は万全だ。

 こいつらの相手をするのもこれで最後になるだろうし、ちゃんと剣を交えておきたかった。ミリーやシノに追いつけなどと無茶は言わないが、少しでも強くなれるように稽古を付けつつ危機感を与えておきたい。


「クックック……何をしようとしていたのか、見てわからないか?」

「ッ……! あの野郎!」

「最低っ!」


 俺の一言でハーレムの三人はすっかり頭に血が上ってしまったようだ。武器を構えてにじり寄って来る。


「本当にしようとしてたもんね」


 後ろから小声で何か聞こえてきたが無視だ。あれはミリーが悪い。


「どうした? 来ないのならこっちから行くぞ」


 ミリーの近くにいると色々言われてしまうので、こちらからハーレム連中の方に近寄ってやることにする。

 するとそれが呼び水となったのか、一斉に攻撃を仕掛けてきた。


 男の剣を剣で捌いて反撃し、女の斧は軽く身を躱して空振りさせてから蹴り飛ばし、魔法を使おうとする女にはこちらから魔法を撃って妨害する。やはりこのままでは爆走するであろうミリーとシノについていくのは大変だ。


「フン、こんなものか? 三人ではなくもっと大勢引き連れてきた方がよかったんじゃないか?」

「くそっ、こいつ……!」

「これほどの実力とはっ! だが負けるわけには!」


 打ち掛かってくる前衛の二人の攻撃を適当に捌き続ける。

 そうだ、この感じだ。段々思い出してきたぞ。ひたすら真っすぐ突っ込んできて大振りを繰り返す戦い方だ。これには剣術部部長として黙っていられない。


「がむしゃらに突っ込んできてどうする。連携を意識しろ」

「なんだと!?」

「その一本調子な大振りをやめて変化をつけろ。カカシを相手にしてるんじゃないんだぞ」

「だっ、黙れ! こんな奴に……!」

「魔法を撃つ前に予告するんじゃない。黙って撃て」

「はあっ!? うるさいわね!」

「肩で息をするな。疲労も負傷も隠せ」

「はぁっ、はぁっ……くそっ……こんな」

「おい、何を寝ているんだ? そんな事では誰も守れないぞ」

「…………」


 稽古を付ける、という気分になるとつい剣術部時代のことを思い出して本格的にやってしまう。見つけた欠点をいちいち指摘しながら相手をしていると、いつの間にか三人とも疲労困憊となってしまっていた。


「……しまった」


 思ったよりも連中がヘバるのが早過ぎた。まだ三十分程度しかやっていないはずなんだが、ひょっとして本格的な戦闘の訓練を受けるのはこれが初めてだったりするのだろうか。


「クックック……もう終わりか? 威勢良くやってきた割に情けないことだ」


 適当に煽って休憩する時間を与えつつ奮起を促してみるも、前衛の二人は足腰が立たない様子だし魔法使いは魔力切れだ。どうにもならない。

 上手くいった例をなぞるなら俺は負ける必要があるのだが、ここから果たして自然に負けるルートが存在するのだろうか。


「ふむ。それなら貴様らはそこで指を咥えて見ているがいい」

「くそっ!」

「ま、待てっ……!」


 膝を突いて俺を悔しそうに睨みつける三人にくるりと背を向けてミリーの傍まで戻る。もうミリーにどうにかしてもらうしかない。


「えっ、えっ? ゲルド君、ほ、本当に? 皆が見てる前でするの?」

「するかっ! そうじゃなくて、あいつらがヘバってしまったから何とかしてほしいんだよ」


 ミリーに助けてもらおうと近寄ったら、ミリーは声を潜めながらとんでもない事を言ってきた。すると言ったらどうするつもりだったんだろうか。


「何やってるの。しょうがないなー、ゲルド君は」

「すまん」


 ミリーは呆れたように言いがらも、どこか嬉しそうに微笑んでいる。なんとミリーは俺の世話を焼くのが好きという極めて特殊な趣味を持っているのだ。


「ミリーからっ……離れろ!」


 タカシの叫び声に振り向くと、覚束ない足取りながらも剣を構えて俺の方へ向かって来ていた。さすが主人公、良い根性だ。

 俺としてもそんな主人公にやられてしまいたいところではあるが、こんなフラフラの奴に負けたらさっきまでの強さは何だったのかという話になる。なのでミリーに託したわけだが……。あっ、なんか後ろでバキッて音がした。

 タカシは足を止め、ポカンと口を開けて俺の後ろを見ている。そこは見て見ぬ振りをしないと俺に気付かれてしまうだろうが。


「クックック……どうした? 立ち上がるだけで精一杯か? それなら俺はミリーとンゴッ」

「あっ」


 脳天に衝撃が走った。視界がチカチカする。

 ミリーの不意打ちなのだろうが、なにもこんなに強く殴らなくたっていいじゃないか。


「えっと……みんな! 今がチャンスだよ!」

「え? あっ、ああ!」

「そ、そうねっ!」


 意識が朦朧としていて何がなんだかわからないが、多分寄ってたかってボコボコにされている。なんて酷い奴らだ。

 俺はそのまましばらくボコられ続け、ズタボロにされて倒れ伏してしまった。といってもハーレム連中に殴られたダメージはほぼ無く、ミリーからの一撃が主な原因だ。


「ぐっ……いいか貴様ら。この事を口外すれば、ワスレーン家を敵に回すことになるぞ。実家の両親を路頭に迷わせたくなければ、精々黙っておくことだ……」

「こんなザマでよく上から言えるわねコイツ……」


 とりあえず一番大事な事を言っておく。本当はもっと色々言いたいこともあったがこれが限界だった。あとはミリーが何とかしてくれるだろうと信じて俺は意識を失った。



「ゲルド君。大丈夫っ?」

「……ん?」


 ミリーの声が聞こえて目を覚ます。声色は少し慌てているように聞こえる。


「んー……? あっ」


 そうだ。俺はミリーに後ろからぶん殴られて気絶したんだ。


「ごめん、ゲルド君。本当にごめん。あんな強くするつもりはなかったんだけど、つい良い感じに入っちゃって」


 まあこれは説明されなくてもわかる。

 ミリーがレベル六十ほどあるとはいえ、武器を使わず俺を殴っても一撃で昏倒させるほどの威力は普通出ない。なのできっとゲームでいうところのクリティカル的な攻撃が決まってしまったのだろう。


「すごい攻撃だったな。人生で一番痛かったかもしれん」

「えっ、あっ。ごめん、ごめんね? 大丈夫? まだ痛い?」


 ミリーは慌てて俺の頭に『ペフ』を掛けながら必死に謝っている。これは非常に珍しい光景だ。

 大抵何かやらかすのは俺の方で、ぷりぷり怒るミリーを俺が頑張って宥めるのが常だった。それが今は完全に逆転してしまっている。

 このミリーの罪悪感を利用すれば何か良くない命令ができてしまうかもしれない。貴重な機会だからしっかり活かしていきたいところだ。


「それよりあいつらは? というか俺はどれぐらい寝てたんだ?」

「あっ、みんなはもう解散したよ。あれから一時間ぐらいかな」

「じゃあ――」


 どんな命令をするのか考えながら作戦の首尾も聞いておく。どうやらミリーは上手くやってくれたようだ。


「――だって。口止めもできたと思う」

「なるほどな。ならもう何も問題無いな」


 やはり命令するならさっきのやり直しだろうか。ベッドは一部破壊されてしまっているようだが、まだなんとか使えなくもない。今一度ミリーを拘束して……いや、他にも何か……。


「でもさっきのゲルド君、かっこよかったなあ」

「ん? さっき?」

「ほら、それは駄目だーとか、早く立てーとか言ってたとき」

「あー。剣術部のノリで稽古付けてたときか。……あれが格好良いか?」


 不意にミリーがよくわからないことを言い出したが、あれは厳しいだけだと思う。ミリーはひょっとするとMなのかもしれない。


「うん。部長なんだっけ?」

「まあな。初代部長として後輩を厳しく指導しつつ、それでも慕われるという理想の先輩として……ミリー? どうした?」


 ついさっきまで少しぽーっとしてかっこいいかっこいいと言っていたミリーが少し不満気になっている。


「部長のゲルド君、モテそう」

「いや……? 特にそんな記憶は無いな」


 確かにモテるべきだったはずだ。なのにそんな印象が全く無い。

 だがこれは寝惚けた頭でも少し考えるとわかった。


「そうだ、ずっと傍にクレ」


 ハッと気付いて口を閉じる。一気に目が覚めてきた。


「クレ?」

「クレ……そう、クレームを言う奴がいて、その……」

「ふーん?」


 あっ、駄目だ。

 これはあくまでも昔のことなので、ミリーも別に露骨にヘソを曲げたりしないし文句も言ってこない。ただ一分ほど目がスッと細くなるだけだ。それが恐い。

 もう罪悪感に付け込んでミリーを拘束するのは不可能だ。うっかり拘束具など見せようものなら逆に俺の方が拘束されかねない。



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