第57話
日本で過ごした時間と、ループを重ねて過ごした時間。それらを合計すると、なんだか恐いので正確には計算したくないが、五十年ぐらいは生きているはずだ。
それぐらいの年齢になるとそれだけ色々と落ち着いてくるものだが、俺の場合はそうもいかない。
なんせこのゲルド君は十六だか十七だか、とにかく若々しさがほどばしる年齢の少年なのだ。活力が全身に満ち溢れ、溢れ過ぎて色々と落ち着かなくなる時期でもある。しかもゲルド君は、生前の俺と比べるとこの傾向が殊更に強いようなのだ。俺は常に前世では体感したことのないレベルの青い衝動に振り回され続けている。
そして、そんな俺と二人きりで旅をするのは、清楚で無垢で純真で妖艶で淫靡な美少女サキュバス小悪魔の大天使ミリーだ。相反する要素が詰め込まれ過ぎて、もう正体がわからなくなってきている。
デザロア学園でもクラス中、いや、学園中の男という男を魅了していた美貌は当然今も健在。男共の視線を釘付けにし続けてきた身体も健在。そこから放たれる魔性の色香も健在。
そう、本来であればまともに旅などできるわけがないのだ。
常人ならばおそらくワスレーンの宿屋から出発することもままならないだろう。ミリーとしっぽり宿屋に泊まり続けて二年が終わるはずだ。
しかし、俺は違う。
なんせ、ワスレーンにはシノがいるのだから。
「いやー、うっかりしてた」
「もうっ。旅に出発だーって言っていきなり引き返すからびっくりしたよ」
「ミリーも反対しなかっただろ」
「それは、だってゲルド君がっ」
ミリーとシノが話をつけた翌日。シノに見送られてワスレーンを出発した俺たちは、旅の前にちょっと休んで英気を養いたいという欲求に従ってワスレーンへと引き返し、その二週間後に街でシノとばったり鉢合わせてしまった。
シノから特に怒られたというわけでもないのだが、なんだか居た堪れなくなった俺たちは慌てて出発したという次第である。
旅の目的は前周で疲弊したミリーの心を癒すと同時に、次周での攻略を万全のものとするべくレベル上げを行うというもの。
宿に籠り続けていては、前者はともかく後者を達成することは難しくなってしまうだろう。様々な欲求に打ち勝って、各地の名物に舌鼓を打ち、景勝の地を訪ねて心の洗濯に励まなければならない。あっ違った、各地を旅して道中でモンスター狩りに励まなければならないのだ。
そうして俺たちは王国の西にある秘境に足を運んで絶景を堪能したり、南の港町で内陸部では味わえない海鮮料理を楽しんだり、東の湖の湖畔でのんびり過ごしてみたり、定例闘技大会を見物したら出場していた剣術部の後輩であるクレアを心の中でこっそり応援してみたりと各地を遊び歩き……じゃない、各地で武者修行に励んだ。
そんな旅の中でミリーはどこへ行っても何をやっても毎日が本当に楽しそうで、常に溢れんばかりの笑顔を浮かべている。捨て周にしたのは避けようが無かったとはいえ、あれはやはり正しい判断だった。
また、十分に時間があったことから、俺に関する話も改めて詳らかに語ることとなった。
シノにぶん殴られて生まれた新しい人格だという事。
そのまま屋敷でゴロゴロしていたら一回目のループが発生した事。
屋敷を飛び出してすぐに殺されて二回目のループが発生した事。
強くなるために王都までやってきて、南の森でサバイバル生活をしていると三回目のループが発生した事。
ウキャック学園で剣術部に所属して腕を磨き、卒業してすぐに四回目のループが発生した事。
そして、デザロア学園に入学した事。
「その後のことはもう知っての通りだな」
「うん。でも私と会う前にも何年も……もっと早くデザロア学園に来てくれたらよかったのにな。そうしたらもっと一緒にいられたのに」
「そりゃ俺だって早くミリーを見つけたかったけど、サバイバルと剣術部のおかげで強くなってミリーを守れるようになったわけだし」
「そうかもだけどー。そうじゃなくってー」
俺がウキャック学園に通わず、弱いままデザロア学園に入学していたらどうなっていただろうか。今とは全く違った未来もあったかもしれない。
ただ、俺はこれまでずっと目の前のことに全力で……取り組んでいなかったかもしれないが、それでも最善を……尽くそうともしていなかったが、とにかくちょっとは頑張ってきた結果こうなったのだから、今が最も良い状態だと信じることにしよう。
そうして楽しく暢気に二人での旅行を満喫していたが、それも終わりの日が近付いてきていた。
「ねえねえゲルド君、次はどこに行く? 私ね、ゲルド君と一緒に北の」
「あー、それなんだがミリー。そろそろワスレーンに行かないと、シノとの約束が」
「えっ? ……あっ、そっか。もう二年経つんだもんね。…………うー、余計な事言うんじゃなかった……」
そう、俺たちが各地で遊び惚けていると、気付けば早二年が経過しようとしていた。もうすぐワスレーンに戻ってシノと合流するという約束になっている。
ミリーは譲歩して最後の一年を三人で過ごすことにした選択を後悔しているらしく、俺の胸元に頭をぐりぐりと押し当てて駄々を捏ねてしまっていた。
本来ならここで「ミリーが約束したんだから」「ほら、駄々捏ねてないで行くぞ」などと言いたいところだが、そもそもの事のきっかけは俺の浮気症……の自覚は無いんだが、とにかく二人に手を出してしまったことだ。あまり強くは言えず、ミリーにされるがままになりながらミリーが自ら踏ん切りを付けるのを待つしかない。
しかし案ずることは無かった。ミリーがこうやって可愛い我儘を言うことはこれまでにも多々あったが、良識と常識を持ち合わせている良い子なので、なんだかんだですぐに折れてしまうのだ。
そうタカを括っていた俺は、結局一ヶ月経ってもウジウジし続けるミリーを引っ張って強引にワスレーンへ戻る羽目になった。
「お久しぶりです、ゲルド様。それに、ミリーも」
「ああ。久しぶりだな」
「むー」
無事ワスレーンに戻ってシノと再会したはいいものの、ミリーは俺の腕に抱きついたままむくれてしまっている。一方のシノはそんなミリーの様子を意に介さず平然としている。
やっぱりハーレムなんか駄目だ。このハーレムRPGの主人公は、原作で一体どうやって大勢のハーレムパーティを維持していたんだ。
現状俺は二人でも完全に持て余しているし、絶対にどっちか一人に絞った方が楽しいし幸せだろう。しかし今更どちらかを切り捨てることなど不可能。このまま残りの一年、何事もなく過ごせるよう祈るしかない。
どうか、刺されませんように。
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