第56話

「や、やっぱりシノお姉ちゃんだ!」

「その呼び方は…………えっと、確か、昔……子供の頃に……」


 ミリーとシノの再会は割と温度差があった。ちょっと酷いと思う。


「え? 私のこと、覚えてないの……?」

「昔ワスレーンに引っ越す前によく遊んでた子たちからそう呼ばれていたような……あと何人かいたような……」


 学園をさっさと辞めてきた俺とミリーは、シノの素性を確かめるべくワスレーンまでダラダラと歩いて来た。

 家に帰ると父上から何を言われるかわからないので、ワスレーンの街の宿を取ってそこにシノを呼び出して感動のご対面……のはずだったんだが、どうやらシノはすっかり忘れてしまっているらしい。


「シノはミリーよりループしてる回数が多いからな。その分忘れてるのかもしれん」

「あ、そっか」

「ミリー、ミリー……水色の髪の、はい。いた、いましたね」

「おっ。思い出したか」


 これで主人公とも幼馴染だったと確定した。となると十中八九、シノが残った最後のヒロインということになるだろう。パーティーに加入しない重要キャラという可能性も残されてはいるが、そんなものを考慮しても仕方ないので一旦はヒロインということにしておく。

 となればシノにもハーレムパーティーに加入してもらう必要があるのだが、果たしてこれをシノが承諾してくれるだろうか。それにシノは今回も俺とぶらぶら旅行することを楽しみにしていたが、その予定もキャンセルだと伝えないといけない。……よし、こっちは後回しにしよう。


「シノ」

「はい」

「ミリーが前回行ってた世界を救う旅なんだが、次の周ではそれにシノも参加してもらいたい」

「……私が、ですか?」

「ああ。頼む」

「かしこまりました」


 あっさりいけた。薄々思っていることなんだが、ひょっとしてもうシノは俺の言うことを何でもきくようになってるんじゃないだろうか。俺が真剣に頼めば、断られるどころか難色を示された覚えすら無い。


「あと今回の三年間なんだが、これは予定が変わってな」

「はい」

「ミリーがここにいるということは、今回は世界を救う旅は無いというわけで……」

「はい」

「なので前回のようにシノと三年間旅をするというのも、無いということに……」

「……はい」


 ああっ、シノが難色を示している。ほんの少し唇を尖らせて眉間に皺が寄っていて、シノにしてはすごく不満そうな顔だ。


「この埋め合わせは必ずするから、今回はそういう事で我慢してくれ」

「ではゲルド様は、これからどうされるのですか?」

「俺、は……その、なんだ……えーと」

「あっ、私とだよ。前はシノお姉ちゃんと一緒にいたみたいだから、今度は私の番」


 どう濁そうかと頭を捻っていると、ミリーがあっさりと白状してしまった。

 そしてそれを聞いたシノの眼光が少し鋭くなった気がする。これはいけない。


「ほら、ミリーは前回の三年間、俺の頼みで世界を救う旅に出てたからな。そうなると、やっぱその次は……な?」


 綱渡りをするような気分で慎重に言葉を選びながらシノを諭す。ここで失敗するとハーレムパーティーのフルメンバーが揃わなくなってしまう可能性がある。絶対に失敗できない。


「…………わかりました。三年間待っています……」


 シノは納得はしてくれたようだが、これはもう露骨にガッカリしている。

 その三年間が終わった次の周ではすぐに世界を救う旅へと出発してもらうわけだが、今からこの調子で本当に大丈夫なんだろうか。


「うー……じゃ、じゃあ……途中! 途中からシノお姉ちゃんも一緒に、ってことでどうかな」


 突然飛び出した提案に、シノはミリーの方へとバッと向き直る。ミリーとしてもかなり苦渋の決断だったらしく、とても渋い表情を浮かべている。しかしまさかミリーから譲歩するとは。

 そして提案されたシノはというと、すぐには理解できなかったのかパチパチと瞬きをして固まっていたが、やがてそっとミリーへと歩み寄りぎゅっと抱擁した。美しい義姉妹愛だ。


「ありがとうミリー。やっぱりミリーは優しい子ね」

「忘れてたよね?」


 一体どうなってしまうんだとハラハラしていたが、気が付けば当人同士で勝手に解決してしまっていた。しかし己の無力を悔やむようなことはせず、実に都合が良い展開だとほくそ笑むことにする。


「それで決まりなら、途中っていうのはいつ頃にする? やっぱ半分ぐらいがいいか?」

「いえ、ゲルド様。そこまで甘えるわけにはいきません。最後の一年だけとさせて下さい」

「シノお姉ちゃん……いいの?」

「ええ。私はお姉ちゃんだからね」

「……うん」


 元々無かったものを半分譲歩されておいて、それを少し減らした程度じゃ決して姉面でドヤ顔できるようなことではないとは思うが、ミリーが納得しているならそれでいいんだろう。

 主と使用人という関係からでは見えなかったシノの意外と図々しい一面に面食らっていると、いつの間にかミリーとシノの話も終わっていたらしい。抱擁を終えて二人共こちらを向いている。


「じゃあゲルド君、そういう訳だから再来年の四月にまたここに来るってことでいい?」

「ああ」


 そういえば二人共俺の意見を全く聞こうとしなかったことに今さらながら気が付いた。しかしよく考えたら聞かれた方が困るところだったので気にしないでおこう。


「じゃ、私は下で待ってるね」


 ミリーがそう言って先に部屋から出て行った。別れを済ませるために気を遣ったということか。なんだか俺のことを好き過ぎるんじゃないかと思っていたが、やっぱり優しくて良い子だ。


「シノ」

「はい」

「なんというか……色々とすまんな」


 恐らく俺が関係して記憶を引継ぐようになったのだろうし、それ以降もあれこれと迷惑をかけ続けている。さらにミリーと違って裁判を開廷して強引に罰を執行してこないので、シノに対しての負債はどんどん蓄積されていく一方だ。


「いえ。私は、今のゲルド様がいてくれるだけで……」

「シノ……」

「ゲルド様……」


 なんだか急に良い感じになってしまったが、俺とてかつての俺ではない。ここにいるのはシノと三年間も二人きりで旅した俺なのだ。

かつての俺なら思わず熱いベーゼを交わしてベッドに押し倒してしまったかもしれないが、さすがに三年も共に過ごせば色々と慣れが生じてしまうものだ。後先考えずに欲望のまま行動することなど断じて無い。


「あの、ゲルド様。ミリーが待ってますから」

「え? あ、ああ」


 そうだった。下でミリーが待っているんだ。うっかり躓いてしまったのか、シノをベッドに押し倒したような体勢になってしまっていたが、無論そういうつもりではなかった。後先考えずに欲望のまま行動することなど断じて無いのだ。

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