第55話

 どんなモンスターでも一刀両断する剣豪『剛剣のゲルド』。

 前周ではそんな凄腕冒険者として王国北方で名を馳せていた俺だが、それで得た金を使ってついうっかり遊び惚けた結果、拠点としていた街ではあちこちの酒場で放蕩の限りを尽くすアホとしても知れ渡っていた。最後に一人であの街に行ったというミリーの耳には、そっちの噂もバッチリ届いていたらしい。


「ゲルド君、ずっとメイドさんと一緒だったんだね」

「いや、それはそうなんだけど……」

「じーっ」


 ミリー裁判長の強権に逆らえず、俺は三年間も罰を受けることとなってしまった。その内容自体は俺にとってもご褒美のようなものだから構わないのだが、裁判長は未だに不機嫌そうな薄目……いわゆるジト目で俺をじーっと睨み続けている。もしかして俺にさらなる罰を与えるつもりなのだろうか。

 いくらなんでもそんな横暴を許すわけにはいかない。理不尽には断固として抗うぞ。


「私がさ、ゲルド君のためにと思って頑張ってる間、ゲルド君はずっとメイドさんと二人で」

「よしミリー、どこか行きたいところとかあるか? もしくは何かしたい事とか。何でも言っていいぞ?」


 これは信賞必罰というやつだ。三年頑張ったミリーには、三年自由に振る舞う権利がある。そして俺が頑張らせたのだから、罰として俺がもてなすのは当然だろう。ただそれだけの事だ。


「じーっ」


 くっ、まだ駄目か……!?


「ゲルド君。そのメイドさんって、どういう人なの?」

「どういうって言っても、えーと、まずミリーと同じで記憶を引き継いでるメイドでな」

「え、私以外にもいたんだ」

「俺も知ったのは前の周だったんだけどな。俺と同じ回数だから、全部で六回か七回ぐらいループしてるんだったか」

「ゲルド君と、一緒……」

「あとはそうだな。ワスレーン邸にいる間の俺のお付きの、つまり専属のメイドで」

「専属……」


 実はすごい美少女メイドだとか三年間ずっとイチャコラしてたとか、そういうクリティカルそうな情報を出し渋っているのに、ミリーの表情はまたどんどん暗くなっていく。


「それと……そうだ、これからどうするにせよ一旦会いに行かないとな」

「え? そのメイドさんに?」

「そう。ミリーがまた世界を救う旅に出るなら、今回もまた一緒にどこか……」

「やだ。絶対行かない」

「お、おう。そうだな。その予定がキャンセルになったことを伝えないといけないってわけだ」


 おかしいぞ……? 普通と言えば普通なのだが、俺がまたシノと旅に出ることにミリーが可愛らしく頬を膨らませて嫉妬している。これではとても大人数ハーレムの一角を成していた女とは思えない。たった一人でこの有様なら、他に何人もいればうっかり刺し殺されかねない気がする。


「つまり今後の予定は、まずミリーを誘拐してから……いや、どうせあいつらだけで旅に出ても失敗するから必要無いのか」


 クリアを目指さないならあんな茶番を演じる必要も無い。一応やるだけやっておいて、あとはミリーのいないハーレムパーティーが奇跡を起こせば儲けものという考え方も無くはないが……既にそれを一度やって失敗しているし、あまりにも可能性が低すぎてどうせ無駄になるとしか思えない。


「そうだね。何回やっても無理だと思う」


 世界を救う旅の現場を三年間見てきたミリーからのお墨付きだ。これは本当にやるだけ無駄らしい。


「じゃあもう今から学校辞めて旅行に出発しても良いわけか」

「えっ? あっ、そうだね。で、でも……いいのかな」


 根が真面目なミリーは、入学した翌日に退学して旅行に出ることに戸惑っているようだ。しかしどうせループするのだから、そんな葛藤は一切必要無い。


「どうせ全部無かったことになるから何をしてもいいんだぞ。……俺とミリーとシノは覚えてるから、その辺はアレだけど」


 そのせいで俺は犯人になってしまった。決して何をしてもいいというわけではないのかもしれない。


「シノ? メイドさん、シノっていうんだ」

「ん? ああ、そうだな」


 名前を確認しているだけなのに何故かちょっと恐い。シノの名前をうっかり言ってしまったが迂闊だったか。


「そのシノさんってどんな見た目なの?」

「見た目? 灰色の髪で、ちょっとクール系で…………」


 あと凄い美形で、とは口に出せなかった。それにしても何だ、見た目を聞いて一体何をしようというんだ。


「そっか。ゲルド君、そのシノさんに会いに行くんだよね?」

「あ、ああ。その予定だけど、嫌なら手紙で用事を済ませても別に」

「ううん、そうじゃなくて―――私も会ってみていい?」

「ひえっ」


 な、なんだ? 何の目的でシノに会うんだ? 考えられるのは……何らかの危害を加えるためなのか?


「どうしたの?」

「い、いや、一旦落ち着こう。何をしてもどうせループするんだし……あとシノはかなり強いし、やめとこう。な?」


 ミリーの背中を宥めるようにポンポンと叩いてどうにか殺意を落ち着かせる。ミリーとシノの刃傷沙汰なんて見たくはない。


「え? 何が? 強いって……もしかしてゲルド君、私がそのシノさんに何かすると思ってるの?」

「し、しないのか?」

「するわけないでしょ! 私のことを何だと思ってるのゲルド君! そんなんじゃなくて、もしかしたら知り合いかもしれないから」

「知り合い? シノとミリーが?」


 そんな都合の良い事が……いや、これが都合が良いのか悪いのかはよくわからないが、とにかくそんな偶然が……と思ったが、これは無いとは言い切れない。ここはおそらくゲームを模した世界なんだ。キャラ同士の相関図が複雑に絡み合うことは往々にしてあるものだろう。

 それに何よりシノはとんでもない美少女なんだ。あれほどの容姿の持ち主は今のところ、ハーレムパーティーのメンバーしかお目にかかったことがない。

 となるとシノも原作に登場するメイン格のキャラの一人だという可能性はそれなりにある。だとするならシノとミリーが既に顔見知りという繋がりがあってもおかしくはない。


「うん。シノって名前の人が灰色の髪なら、私の知ってるシノお姉ちゃんかも」

「シノお姉ちゃん」

「そ、シノお姉ちゃん。小っちゃい頃によく一緒にいたんだよ」

「じゃあ幼馴染ってやつだな。……もしかしてあの、ハヤトだっけ。あいつとも?」

「ハルト君ね。私とシノお姉ちゃんと、あとハルト君とメリッサちゃん。この四人だね」


 こんなん絶対ヒロインじゃねーか。あの強さからして仲間になるのは物語の後半だと思うが、どこかで幼馴染のシノと再会してハーレムに加入するのだろう。多分パーティーメンバーは合計で八人……だった気がするし、前の周で加入しなかった残りの一人がシノということになる。

 ミリーとシノを対面させるのは恐いと思っていたが、こうなってはそんな事を言ってられない。もし本当にシノがシノお姉ちゃんなら、次の周ではどうにかしてパーティーに加入してもらってクリアに……いや、レベルが足りないんだったか。

 となればこの周はミリーとシノのレベルを上げて、次の周では二人がガンガン引っ張っていく形でクリアしてもらうのが良いか。


「なあミリー。ミリーは強さも引き継いでるか?」

「うん。巻き戻る前と同じ感じだし、引き継いでると思う」

「よし、じゃあこれからの三年は各地でぶらぶら好きな所を旅行して、そのついでにモンスターも狩って強くなろう」

「強く……そっか、そうだね。私が強くなれば、その分早くできるんだ」


 全て言わずともミリーは理解してくれたらしい。その上で異論も無いようなので、この方針でいくとしよう。

 せっかくの旅でそんな面倒な事をしてられない、という反応があるかもしれないと思ったが、そういえばミリーが出した条件というか罰の内容は俺と二人で過ごすことだけだった。どう過ごすのかはあまり重要ではないということか。


「…………」

「なあに? ゲルド君」


 ミリーはずっと俺にしがみついたまま、一向に離れるつもりはなさそうだ。黙って見下ろす俺の視線に気付いて可愛らしく小首を傾げている。

 やはりミリーは俺のことを好きになり過ぎじゃないだろうか。これはゲームのシステムが悪さをしているに違いない。

 だからといって「こんなのは偽物の感情なんだ……」とか青臭いことを言って反発したりはしないが、この感情の上限がどこにあるのかわからないので、もうこれ以上好感度を稼ぐような振る舞いは慎んだ方がいいような気がする。

 大好きなゲルド君をホルマリン漬けにして永久保存したいの、などと言われては困ってしまう。


「ゲールードー君。どうしたの、私の顔をじっと見て」

「あ、いや。ほら、やっぱミリーは可愛いなと思って」

「えっ、あっ。う……い、いきなりそんな……っ」


 ミリーは俺の雑な誤魔化しの言葉を聞いて、顔を真っ赤にして俺の胸に顔を埋めてしまった。顔を隠したいようだが、口元がゆるゆるになった顔をバッチリ見てしまっている。


「…………」


 なんか現在進行形で好感度がグングン上がってる気がする。うっかり可愛いと言っただけでこれなら好感度抑制はもう無理かもしれない。ミリーなら容姿を褒められ慣れているだろうに……というか俺も昔同じようなことを言ったけどこんな反応はしなかったはずだ。

 とにかく今日のところはここらで解散して、一旦仕切り直してしまおう。今の流れだと何を言っても好感度が上がりそうだ。


「ミリー、そろそろ門限の時間が」

「…………やだ」

「やだって……」


 もうこの流れも恒例になってしまっているが、この手の誘惑に滅法弱いのがこの俺だ。これ以上何か言われる前にどうにかしないと、無自覚サキュバスに篭絡されてしまうだろう。


「ほら、門限までに戻らないと騒ぎになるから、な?」

「でもでも、どうせ辞めるんだし」

「それこそどうせ旅に出たらずっと二人きりなんだから焦らなくても」


 そうだ、旅に出たら三年間ずっと二人きりになるんだ。


「……うん。ごめんね、会ったばっかりなのに我儘言っちゃった」

「いいって。じゃ、また明日な」

「うん。早く辞めようね、学園」

「お、おう」


 好感度抑制は絶対に無理だ。どうせ無駄だから諦めてしまおう。

 うっかりでかい水晶とかに封印でもされたら……未来の誰かがきっと封印を解いてくれるはずだ。多分。

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