第54話
「はぁ。今回はどうすっかねえ」
既にわかり切っていたこととはいえ、やはりまた戻ってしまったことについ溜息が出る。
とにかく今回もデザロア学園に入学してミリーとコンタクトを取る必要があるが、果たして素直に話してくれるものかどうか。
ハーレム野郎の女になっていたとしても、ループを終わらせたいという点で方針が一致すれば協力体制は築けるとは思うのだが。
翌朝、デザロア学園に行くための流れを思い出していると、部屋のドアがノックされた。
確かエミが体調不良のシノに変わって今日の俺担当になるんだったか。そう思って入室を促すと、そこにいたのはシノだった。
「おはようございます、ゲルド様。それで、あの」
「あ、ああ……あれ? 確かこの日のシノは体調が……そうか、体調が悪いわけじゃなかったのか」
「はい。今までは落ち着くために一日使っていましたが、もうその必要はありませんから」
シノにはまだ俺が元のゲルドに戻っていないか不安があったのだろう。俺が記憶を引き継いでいると確認できると嬉しそうに微笑んだ。
三年戻っているだけあって、ついさっきまで王都にいたシノより幾分か幼くなったように見える。十六歳と十九歳でも見た目は案外変わるものらしい。
「いや~、また戻ってしまったな」
「そうですね。またです」
ループしたことに関してシノの顔には悲愴感が一切見受けられない。というかまだ微笑んでる。薄々そうじゃないかとは思っていたが、シノはループを終わらせることにあまり積極的ではないらしい。何なら今度は南側へ旅行に行きましょうとでも言いたげな顔に見える。
「さて、今回の方針だが」
「はいっ」
やっぱ次の旅行を楽しみにしてるだろシノ。そんなウキウキしてるのはおかしいじゃないか。
「とりあえずミリーに会って話を聞かないといけない」
「ミリー、というともう一人の」
「そう、記憶を引き継いでループを終わらせる旅に出ていたミリーに、三年間で何がどうなったのか、そしてこれからどうするつもりなのかを聞かないといけないんだが……」
ミリーの名前を出した瞬間、シノが真顔に戻った。不意の変化に肝が冷える。
元々表情に乏しい質のシノなので見た目の落差はそれほど大きいわけではないのだが、今確実に表情が消えた。
ミリーに関しては特に気にしていないはずだったんだが……実はそんな事は無かったのか?
「そういうわけで、今回もデザロア学園に入学して……それ以降のことはミリー次第だな」
ミリーにループを終わらせる意思がなくなっていた場合のことは考えたくもないが、そうなったらもう俺があのハーレムパーティーに無理矢理付いて行ってどうにかするしかない。一体何周かかるのか見当も付かないが、あいつらだけでクリアできないのは既に実証されている。どうしても誰かが手を貸さないといけない。
「ではそのミリーさんが前回と同様にまた旅に出た場合は、ゲルド様も前回と同様に北へ向かうことになるのでしょうか」
「いや、それはどうだろうな……。結局ミリーは会いに来なかったし、旅の途中でミリーが俺に会いたいと思っていないのだとしたら、俺が北に向かう意味は無くなる」
「そうですか……」
シノにしては露骨にしゅんとしてしまった。そんなに旅に出たかったか。
「その場合はどうせ暇だし、今度は南にでも行ってみるか?」
「え? ……は、はいっ!」
今度は露骨に喜んでいる。そんなに旅に出たかったらしい。
こうして方針を擦り合わせた後はいつもの流れで父上との二者面談を終え、その翌日には早速王都へ向けて出発。
デザロア学園の入試をなんとかギリギリで通った後は、いつもの宿屋でシノとダラダラ過ごしながら誘拐グッズを用意する。
そして迎えた入学式、の翌日。
「じゃあシノ、行ってくる。次に会うのは二ヶ月半後か……もしくは三年か。とにかく、それまで元気でな」
「はい。二ヶ月半後で、お待ちしています」
「お、おう」
シノに見送られながら宿を出てデザロア学園へと向かう。
本来ならばピチピチでウキウキの新入生のはずなのだが、俺の足取りは非常に重かった。
「はぁ……」
この学園を一度卒業していて新鮮味が全く無い上に、とにかくミリーに会うのが億劫だった。
前周でミリーが生きていたなら本人からの寝取られ報告で、死んでしまっていたならそれは本当に申し訳無さ過ぎる。
つまりどう転んでも嫌な報告なのだが、それでも聞かざるを得ない。
「はぁぁ……」
今回のクラスは五組。ミリーはまた一組で、別のクラスになった。
教室が離れているから休み時間には会い難い。それにどうせ短い時間で済む話ではないので、やはり放課後に人気の無い場所で話をする必要があるだろう。
その日の授業を「そういえばこんな事もやったなあ」などと思いながら聞き流して迎えた放課後。
一年校舎から寮へ向かう道で待っていると、やがて見覚えのある水色の髪の少女が目に入った。
あちらも俺を見つけたようだが、その表情には……昏い陰がある。俺の知っているミリーでは考えられない反応だ。
キリキリとした胸の痛みを堪えながら人気の無い建物の裏へ誘導し、三年弱ぶりにミリーとの再会となった。
ミリーは相変わらず、といっても巻き戻っているから当然なのだが……とにかくとんでもない美少女だ。おまけに内側から醸し出される謎のエロさが見た目の清楚さと相まって、男を狂わせる怪しげな魅力となって放たれている。
「さて、まずは……久しぶりだな」
「うん……久しぶり、ゲルド君」
別れの際にはあれほどベタベタと引っ付いてきていたあのミリーが、俺を前にして距離を三歩分ほど空けて暗い表情で居心地悪そうにしている。これは心の距離をそのまま表しているのだろうか。
信じて送り出したミリーが……どうなったのかはもう知りたくない。それより旅の話を聞かせてもらおう。
「それで、どうだった? 世界を救う旅は」
「旅は……頑張ったけど。でも、間に合わなかったね」
「間に合わなかった? 時間が足りなかったのか」
三年もあって間に合わないなんて事があるのか。十分過ぎる期間だと思っていたが。
「このままじゃ力が足りないってなる度にモンスターを狩るようにしてたんだけど、それに時間が掛かり過ぎちゃったんだと思う。人数も七人になってたから、その分も余計に」
「ああ、そうか。そういう……」
ゲームと現実の違いだ。適当に十字キーで操作すれば十秒前後でエンカウント、あとは決定ボタンを連打すればお手軽に経験値を稼げるのが一般的なRPGゲームだが、現実ではそう簡単にはいかない。
この世界ではフィールドにもよるが、一日中歩き通してもモンスターを十匹見つけられたら上出来の部類だ。実際は連日そんな事をする気力も無いだろうから稼働時間は少なくなるし、もし経験値が人数割だとすれば七人というのはいくらなんでも非効率的過ぎる。
「それでずっと時間が足りないって思ってたから、ゲルド君のいた街にも行けなかったし」
「……ん? それで来なかったのか」
「うん。途中で近くまでは行ったんだけどね」
「なるほど」
俺はどうやら街選びを失敗してしまっていたらしい。酒と食べ物で選ぶべきではなかったか。割と大きく立ち寄りやすい街だと思ったんだが。
「もう絶対間に合わないってわかってから一人で行ってみたんだけど、そのときにはもうゲルド君もいなくなってたし」
「あ、来てたのか。もうどうでもよくなったんだと思ってさっさとこっちに逃げてたわ」
これは申し訳ないことをしてしまった。あと少し残っていれば会えていたのか。
「どうでもよく……って?」
「いや、ミリーが引継ぎとか俺のこととか、もうどうでもよくなったから来ないんだろうなと思って」
俺の言葉にミリーは目を大きく見開いて詰め寄ってきた。
「ち、違う! 違うよ! 間に合わなかったらゲルド君が悲しむと思って、だから……っ」
ミリーは目に涙を湛えて、まさに掴みかからんばかりの勢いで……いや、腕を掴まれた。とにかく必死で訴えている。
でも、そうだったのか。どうでもよくなったんじゃなく、どうでもよくないから来なかったと。
これは完全に俺の失言だ。フォローだ、フォローをせねば。
「その、ほら、あれだ。三年も会わないでいるとな、段々気持ちも薄れていくんじゃないかなーと、つい思ってしまってな」
「そんな事無いよ! 私は、私はずっと、ゲルド君がっ」
「お、おお。悪かった、いや、ほんと……えーと、うん。そうなったと思って落ち込んでたけど、そうじゃないなら俺も嬉しい」
涙を零しながら食って掛かってくるミリーの頭を恐る恐る撫でてみると、ミリーは掴んでいた腕を放して抱き着いてきた。完全にあの頃のままだ。
これはたしかに嬉しいことは嬉しいのだが、こんなに気持ちが変わらないことがあるとは……。そんなに好かれるようなことをしただろうか。
いや、でも俺だってミリーに対する気持ちは当時と変わったという自覚は無いし、案外そんなものなのかもしれない。
それにシノも三年会わなくてループして少し会ってループして、というのを繰り返してもずっと最初の周の俺を想い続けていたらしいし……いやちょっとこれは異常かもしれない。
ひょっとしてゲーム的な仕様か? 一度上がった好感度は時間経過では下がらないとか、そういう類の仕様なのか?
「でも……そっか。ゲルド君、落ち込んでたんだ? それで、嬉しくなったんだ?」
少しの間泣いた後、落ち着いたらしいミリーは俺にしがみ付きながら話し出した。顔にはニマニマとした笑みを浮かべている。
「ほら、なんていったっけ。あの一緒に行った男。あいつのことが好きになったんだろうなと」
「ハルト君のこと? ハルト君もいい人だけど……それで落ち込んだんだ。ふーん、そうなんだ。ふーん?」
ミリーはさっきまでの昏い表情をすっかり消し去って、今はもう嬉しくてたまらないといった様子だ。俺と同じような不安をミリーも抱えていたのかもしれない。
「それで、今回はどうする? また前回と同じように……して……」
「…………」
前回と同じように、と言った瞬間ミリーが急にムスッと押し黙ってしまった。これはマズいかもしれない。
「ミリー……?」
「ゲルド君。私、頑張ったんだよ」
「あ、ああ。そうだな。ミリーは頑張った」
「はい。というわけで犯人のゲルド君は罰として三年間、私の傍にいないといけません」
いきなり何かの犯人だと決めつけられてしまった。相変わらずミリー裁判長は強引だ。しかし三年間ということは、今回は最初からクリアを諦める捨て周にしようということなのか、それとも俺もハーレムパーティーの仲間になるべきだと言っているのか。
「傍にといっても、ミリーは何を」
「私もゲルド君と三年間二人で過ごしたい」
捨て周だった。無為に三年過ごすというのはさすがに長い気がするが、ミリーの心情を慮ると受け入れざるを得ないか?
「そ、そうか。でも犯人って一体何の」
「『剛剣のゲルド』君」
「ごっ」
その二つ名は、前回の俺の……。
「確か噂では、すごく綺麗なメイドさんを連れ回して、街中の酒場という酒場で―――」
「よし、三年間楽しくやろうな!」
今回は捨て周だ!
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