第53話
何か疲れたような顔をした父上を置いて書斎を出る。少々剣について熱く語り過ぎたかもしれない。しかしかつて大法螺を吹いたときとは違って今の俺はマジモンの剣豪なので、剣について語らせれば話が多少長くなるのも已む無しだ。
「ふーむ。しかし困ったな」
あまりにも熱く語り過ぎた結果、涼しくなってからにしようと考えていた出発が、なんと明日ということになってしまった。しかし剣に生き剣に死ぬとまで語った舌の根も乾かない内から「夏は暑いので家にいます」とは到底言い出せなかった。
ループが終われば「果てしない剣の道は、僕にはあまりにも険し過ぎました……!」とか言って帰ってくるつもりなので、出発前からあまりふざけたことを言って不興を買いたくない。
しかし今がもう夜なので、あと半日もすれば出発ということになっている。これでは準備をする間も無い。
父上も「あ、明日……?」と若干引き気味だったので、せめて明後日とかにすればよかったかもしれない。
しかし男一匹己の武を世に問うてみたい、とまで言い放ったこの俺が、一度口にしたことを曲げるなどあってはならない。そんな惰弱な精神を見せては父上も納得しなかっただろう。長く険しい剣の道を果てまで歩くには、頑固一徹、一本気な精神が必要不可欠だ。
「シノ、シノー」
「はい、ゲルド様」
とりあえずシノを起こして全部話してしまえば何とかしてくれる。そんな惰弱な思いで自室に戻るとシノは既に起床しているばかりか、メイド服をきっちり着こなしたいつものお澄ましシノになっていた。
「お、おお。さすがシノだ」
「はい?」
もう少しふにゃふにゃになって甘えてくるシノを見たかった気もするが、実際こっちの方が話が早くて都合が良い。
何を褒められたのかわからず小首を傾げているシノに出立の予定を伝える。
「シノ。父上との話し合いでな、俺は明日にはここを発つことになった。それでな」
「…………はい」
どうしよう、シノが信じられないぐらい落ち込んでいる。ここまで落胆したシノを見たのは初めてかもしれない。
「その、北の方へ向かおうと思ってるんだが」
「…………」
記憶喪失後に生まれた方のゲルドのまま何周も繰り返していた、という事実が確定してシノは号泣するほど喜んだ。しかしその翌日にはもういなくなる、というのはたしかに落ち込むのも無理はないか。それなら……。
「良かったらシノも一緒に来るか?」
「……え? い、いいのですか?」
「いいも悪いも、来てくれるなら俺は嬉しい。あ、でも父上の許可がないとさすがにマズいか」
「では、許可を頂いて参ります」
言うが早いか、シノは部屋を飛び出すような勢いで出て行ってしまった。
しかし俺はそもそも男一匹がどうたらと言って家を出るのに、美少女メイドを連れていくというのはちょっと話が違うんじゃないかと思われやしないだろうか。
まあいざとなれば男一匹女一匹になりましたと前言を撤回してしまおう。この柔軟性こそが俺の持ち味だ。
翌日、俺はどうにか許可を取り付けたらしいシノと二人で北へ向かってダラダラと歩いていた。
剣と戦いの過酷な旅のはずが、メイドと情事の淫靡な旅になったことについて問い詰められると答えに窮してしまうので、父上とは顔を合わせないまま出てきてしまった。ただ俺が帰る三年後にはすっかり忘れているだろうからきっと平気だ。
「それでゲルド様、これからどこに……というか、何をしに行くんでしょう」
出発してからそんな事を聞いてくるのはどうなんだろう。俺について行きたい一心で、ということなら喜ぶべきことだろうか。
「それなんだが、実はシノの他にもう一人記憶を引き継いでる子がいてな。北のどこかの街で落ち合おうって話になってるんだ」
「子、というのは、女性……ということでしょうか」
「……そうだな。うん、女の子だ」
いつかバレるのだからさっさと言ってしまったが大丈夫だろうか。いや、シノならきっと問題無いはずだ。
「そうですか。それで、どこかの街ということは、まだ決まっていないと」
セーフだ、セーフだな? よし、さすがハーレムRPGだ。
「適当に目立つ活動をして名前を売ればあとは向こうが見つけてくれる手筈になってるからな。北ならどこでもいい」
そう、このままシノと二人でどこかの街に住み着いて、派手にモンスターを狩ったりとかして名前を売ればいいはずだ。
そしたらミリーが……あれ? これはどうなんだ?
そもそもミリーと会うのはミリーの精神衛生上の問題だったはずで、そこにシノがいるというのは逆効果なのではないか。
ひょっとしてシノを連れてきたのは失敗だったんじゃないか?
いや、でもシノがあんなに悲しそうにしてたし……しかしそれではミリーが……。
そうだ、ミリーと会うときだけは一旦シノにはどこかに行ってもらって……いや、やばいぞ。これは紛れも無いクズムーブだ。そんな事をするぐらいならいっその事吹っ切れた方が良いか?
駄目だ、この問題は先送りだ。落ち着いてからおいおい考えるとしよう。
「そういうわけだから一年ぐらい適当にブラブラした後、どこか良い感じの街で腰を落ち着けてって流れになる」
チラリのシノの様子を見ると、ふんふんと納得したように頷いている。特に不満や不安は無いようだ。
ミリーの話を聞いても問題無し。わけのわからん旅でも問題無し。本当に俺と一緒にいられるなら他は何でもいいということなのか。
「ま、気楽に行こう。シノは何周もあの屋敷に篭りっぱなしだったんだし、たまには外に出て息抜きでもすると思えば良い」
「はいっ、ゲルド様」
こうして若くいけ好かないボンボンと超絶美少女メイドという、どこからどう見てもアレな関係の二人での旅が始まった。
各地でご当地グルメを食べ歩き、観光名所にぶらりと立ち寄る。寄ってくるモンスターは二人掛かりで片っ端から蹴散らし、それで得た金でまた豪遊三昧。
そんな旅を一年ほど続け、飯と酒が美味かったという理由で拠点を決め、そこからはまた同じような生活を続ける。
やがて俺はどんなモンスターでも一刀両断する剣豪『剛剣のゲルド』として名を馳せ、自由気ままに暮らしながらミリーを待つ。
しかし、ループが目前となった新暦八八八年の二月になっても、未だにミリーとは再会できていなかった。
「潮時だな」
「そうですね、もう……」
北からやってきたモンスターの大群にワスレーンが滅ぼされるのが三月の上旬から中旬なので、ワスレーンより北にあるこの街はもうかなり危うい位置にある。そろそろ脱出しておかないと戦渦に巻き込まれるだろう。
「かなり名前は売ったと思うんだがなあ」
「そ、そうですね……」
派手にやり過ぎた結果、醜聞のようなものも混じってしまったためシノの反応は悪い。しかしそれもリセットされるようなので問題は無くなった。
「ミリーはどこで何をしてるのやら」
北で落ち合おうとしていたのはミリーの精神安定のためだけではなく、この周でのクリアが難しそうだと感じた場合に記憶を引き継ぐ直前の状況を再現するという目的もあった。
一度記憶を引き継いだからといって次もそうなるとは限らない以上、念のため状況を近づけて引継ぎの可能性を上げておこうという目論見だ。
ただそれはシノが引継ぎ続けているから心配は無用となり、微かな望みに懸けて待ち続ける必要もなくなった。
「無茶して死んでしまったのか、もしくはどこかで詰まったか」
無理そうなら諦めて良いとは言っておいたが、ループするといっても大天使ミリーが仲間を見捨てられなかった可能性もある。あのパーティーの中では頭一つか二つ抜けて強いので、進行ペースを彼らに合わせればミリーが危険な状態になることは無いと踏んでいたが……考えが甘かっただろうか。
「やっぱ、生きていて来なかったパターンが有力か?」
今となってはミリーが俺との再会を望んでいるとも限らないのだ。ミリーと別れてからもう二年半以上経っている。これは人の気持ちが離れるのには十分な時間だ。その間に原作通りの関係になっていたとしてもおかしくはない。
いや、それどころか……俺の前に姿を現さなかった以上、そう考えるのが最も自然だろう。
「じゃ、行くか」
「はい」
かつて旅をした道をまた戻る。ワスレーンへ帰ってもゴタゴタしているだろうし、どうせすぐに出発しなくてはならない。ここは素通りして王都まで向かう。
王都では宿でのんびりと最後の時を待ち、初周の最後のシーンを再現して遊んでいる最中に視界が一瞬だけ暗転し、またワスレーンの見慣れた自室へと戻された。
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