第19話
「いや、違うんだって。これはそういうアレじゃないから」
「ではなぜこんな物を……」
「いや、普通に物を入れるのに袋は使うじゃん? ロープはあれば何かと便利じゃん? それにこの布だって何にでも使えるし」
「この昏睡の粉は……」
「それはほら、俺って弱いから。いざという時のために」
学園どころか宿の部屋にすら持ち込めないかもしれない。
どうやらシノは俺が懐に何かを抱えてコソコソと歩く姿を偶然外で目撃したらしく、それがあまりにも怪しかったため宿に戻ってくるなりこうして詰問してきて今に至るというわけだ。
このわくわく誘拐セットは原作のシナリオをなぞるためにはどうしても必要になるだろう。ここで没収されるわけにはいかない。
「多分シノはこれを誘拐するための物だと思ってるんだろうけど、根本的に無理だからな? ほら、この粉で美少女を眠らせて目隠しと猿轡をしてロープで縛って袋に入れても、そこからどうやって運ぶんだという話だ。なんせ俺は力が弱いから、気絶した人を持ち上げて運ぶなんて到底無理なんだよ」
「美少女、ですか。それにやけに具体的な……」
「ん? あ、いや。例えばの話な」
しまった、これが語るに落ちるというやつか。
しかし俺がどれだけ怪しくても、ただ怪しいグッズを集めただけでは罪には問えまい。このアイテム一つ一つは所持していても問題無い物なんだ。ただちょっと組み合わせの妙で変な感じに見えるだけなんだ。
「それにゲルド様。先ほどからご自分を弱い弱いと仰っていますが……強いですよね?」
「……へ? いやいや、何を馬鹿な……」
なんだ? 重い物を持ったりとか早く動いたりとか、そういったレベルがバレかねない行動は特に注意してきたはずだが。
「足運びや重心のバランス。気配の読み方や消し方まで……恐らくですが、もう私より……」
おおおお、なんかいきなり凄い事言い出したぞ。そういやシノは何でもこなせる鬼強いスーパーメイドだった。
くそ、もう確信を持っているだろうなこれは。そうなると俺の言い分が一気に怪しさを通り越してもうアウトだ。
さすがにここから言い包めるのは不可能……となればここは嫌われるのを覚悟で強権発動だ。俺はご主人様なんだぞ。
「……シノ。今は何も聞くな。俺を信じておけ」
「っ……! は、はい。差し出がましい真似を致しました……」
はー、やっちまった。最初の周の最後以来のご当主様モードを使ってしまった。
ちょっと表情を厳しくして目に力を入れて偉そうに命令するという、なかなかに……あれ? シノは表情を固くして落ち込んでるかと思ったが、なんかちょっと嬉しそうに見える。これまでずっとシノを見続けてきた俺がそう思うんだから間違いないだろう。
もしかしてシノは上から目線で命令されることに悦びを感じるタイプのメスだったのか? だからこんなに凄いのにメイドなんかやってるのか? だから嫌われ者のゲルドのお付きを受け入れているのか? ひょっとしてゲルドをぶん殴ってしまったのはいきなり襲い掛かられたからで、服を脱いでこっちへ来い、などと命令されたら喜んで受け入れていた可能性も……?
それなら早速あんな命令やこんな命令を……じゃない。もし違ってたら大変な事になる。断られて嫌われて軽蔑されでもしたら、俺はその場で首を掻き切って自裁することだろう。だがそれならまだマシだ。
もし断り切れなくて嫌々あんな事やこんな事をしてしまった、ということになれば俺はそれに気付いた瞬間に自らの腹を掻っ捌いて内臓を食らい尽くし、もうループなどするなとこの世と己を呪いながら絶命するだろう。
とにかくシノを悲しませるような真似だけは絶対にしたくない。その原因が己の浅ましい欲望となれば尚更だ。
ついさっきこのわくわく誘拐セットで少し悲しませてしまったような気もするが、これに関してはなんか納得してくれたっぽいのでセーフ。セーフったらセーフだ。
だが次のループではもう少し上手く隠そう。
「…………? どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
俺のご当主様モードを受けて部屋の隅に控えているシノを見るが、今はもう微かに見えた嬉しそうな表情も消えて、できるメイドとして静かにお澄まししている様子だ。
それでは気が休まらんだろうから楽にしておけと度々言うんだが、何かあるとすぐにあの状態に戻ってしまう。俺の前にいるときはあれが一番気が楽なのかもしれない。
あれ、もしかして部屋が一緒なのが悪いのか? 毎回王都に着く頃にはある程度打ち解けているから、宿を取る際にはツインが良いと主張しているのだが……シングルを二部屋取るべきだったか? さすがにダブルはまだ早いだろうと自重していたつもりだったが……。
断られたら諦めようという気持ちで提案すればシノは毎回言う通りにしてくれたが、気付かなかっただけでこれも嫌々従っている可能性がある。今からでも部屋を分けた方が良いのか聞いてみて……いや、それで別々が良いと言われてしまったら俺はショックのあまりこの三階の窓から外に飛び出して、地面に頭を叩きつけて死んでしまうだろう。
それに、部屋が一緒じゃないと髪を下ろした風呂上りのシノを拝めなくなってしまう。由々しき事態だ。
いつものシニヨンのシノもお上品な感じがして好きだが、髪を下ろしたシノはもうひたすらに綺麗で少しセクシーな感じもして、ワスレーンにいる間はお目にかかれない王都だけの特別なご褒美なんだ。
仮に部屋を分けたとして、俺はそれに耐えられるのか? シノに会うためにシノの部屋に突撃して余計に困らせるだけになるんじゃないか? そう考えるとこのツインが一番シノにとって負担が少ないということになるな。よし。
「…………」
「…………」
うーむ、追及をやり過ごせたのはいいが、なんか気まずくなってしまった。
いや、シノはいつも通りかもしれんが、俺の方が妙に意識してしまっている。
特にあの「もしかしたら内心嫌がっているかもしれない」というのは呪いの言葉だ。こんな事に気付くんじゃなかった。
何か話す切っ掛けとか、建て前とか、口実とか。何か無いか、何か…………。
「シノ、腕ずもうをしよう」
「…………はい」
俺の唐突な提案を理解できなかったのか、シノは何秒かフリーズした後に了承した。断られるかと思った……。
「これはな、やはり護衛兼使用人の力がどれくらい強いのかを理解しておく必要があると思ってな。以前の俺ならともかく、今ならどれくらい強いか計れるようになっているだろう」
聞かれてもいないのに言い訳のように理由を語る。当然ほぼ全てが建て前で、本音はただシノの手を握りたいだけだ。
テーブルの上にひじを立てて構えているシノの手……いや、おてては、改めて見るとやはり俺より一回り以上小さく、それでいて指は白くしなやかで長い。白魚のような、と表現するんだったか。
爪は短く清潔に切られていて、肌もメイドとは思えないほど綺麗に見える。水仕事などはあまりしている様子は無いからこんなものだろうか。
握ってみると少し冷たく、それでいてすべすべとしていて力も―――強っ! 力強っ! 見た目のイメージと全然そぐわない力強さだ! 手の検分に夢中でうっかり先手を取られてしまったが、うおおおお、何のこれしき……!
「むむむむ!」
「……っ!」
「ぬぬぬぬ……っ、よし。俺の勝ちだな」
「はい、参りました……」
いやーマジ強い。レベルで言うと大体四十ぐらいはあるんじゃないかこれ。おまけにレベルだけじゃなく技術や経験もありそうだし、そりゃ領主の嫡男の護衛を一人で任されるわけだわ。シノで駄目ならもうワスレーンの騎士団丸ごと、とかそういう規模が必要になってくるだろう。
俺みたいにループのズルをしてるわけじゃなく、素の十六歳でこれは……凄い身近に凄い怪物がいたもんだ。
「なるほどな。これは以前の俺なら、腕ずもうの前に手を握った時点で骨が粉々になってたかもしれんな」
「もうっ。さすがにそんなに強くはないですよ。……でも、ゲルド様はどうやってこんな力を……」
「シノ」
「っ、失礼しました」
あああ、ちょっと昔みたいに打ち解けた感じだったのにまた当主モードを使ってしまった。どうしても便利だし詮索を躱すにはこれしか……けどやっぱ嬉しそうに見える。俺の目が悪いのか?
「でもゲルド様……」
「ん?」
「頑張ったんですね?」
そう、頑張った。これまで色んな事を試行錯誤しながらずっと頑張ってきた。
力に関しては森でのサバイバルを三年間。その次に剣術漬けの日々。特に下級生五人が入学するまでは俺と豪傑先生の二人きりだったため、毎日毎日地獄のようなしごきを受け続けてきた。効率良くレベルを上げながら経験を積めるなら、と頑張り続けた。
誰にも相談できず、誰にも理解されないまま、ずっとずっと……。
「まあ、そうだな。うん、頑張った」
やばい、泣きそうだ。
窓際に移動して外を眺める。ぼやけてよく見えないが、あの疎開してきた時とは違って活気は感じられる。
この平和な街並みを守るため、というわけではないがまだまだ頑張り続けないとな。
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