第18話

 三年振りに懐かしの我が家に帰ってきた。というか気付いたらここにいた。

 また一つループを重ねてしまったようだ。


「はぁ…………」 


 最初の周の関係性リセットであれほど辛い思いをしたのに、またしてもやってしまった。

 消えてなくなる関係性は築き上げてはいけないと、骨身に染みていたはずだったのに。


 ただ模擬戦をするだけなら良かったが、やれ合宿だの演習だの、果ては外国にまで……二年生五人とは最初の周のメイド達以上の関係になってしまっていた。あまつさえクレアに至ってはそれ以上だ。

 途中でヤバい事に気付いたが、その時点ではもう時すでに遅し。どうせ悲しいことになるならせめて最後まで楽しくやろう、とズルズル続けた結果がこのザマだ。


 入学して早々にクラスの輪には馴染めないだろうと見切って油断してしまっていた。学校には部活の輪があったんだ……。

 ただ、会いさえしなければこれ以上のダメージは無い。メイドが殊更キツいのは、顔を合わせることによって関係性リセットを直視させられるという点が大きいのだ。


「よし。切り替えだ、切り替え」


 ちょっとカッコつけた先輩モードを長く続けすぎた。また十五歳の小生意気な少年に戻らないといけない。それでも元のゲルドよりは遥かにマシな人物ではあるだろうが、面倒見が良くて闊達なゲルドはもうゲルドじゃない別の何かだ。急にそこまで人格が変わるといくらなんでも不自然すぎる。


 とにかく俺のメンタルと引き換えにウキャック学園には主人公がいないことが確認できた。つまり残った……何だったか……もう一つの学園にいるはずだ。これで見つからなかったらもう知らん。南の森で何百ループも繰り返す仙人にでもなるか。


 あとはもう何とかハーレム野郎を見つけ出し、この手で直々に血祭りに上げてやる。生まれてきたことを後悔するぐらいに俺の恨みを……ぶつけちゃ駄目だ駄目だ。血祭りに上げられるのはどちらかというと俺の役目だった。


 主人公に恨みをぶつけるのもお門違い。ここまで繰り返せばさすがの俺でもわかる。全部自業自得なんだろう。

 ゲルドが本来起こす事件が何らかのトリガーになっていて、それを毎回怠っているから毎回同じ流れで王国が壊滅的な打撃を受けてループする。そういう事だろ、きっと。



「それで、どうするんだ? いい加減決めないと今年の入学に間に合わんぞ」

「ご安心下さい。このゲルド、既に進学先は決めてあります」


 翌朝迎えたいつもの進路相談。うろ覚えではあるがさすがにもう慣れたものだ。


「ほう、どこにするんだ?」

「…………えーと、何だっけ。デ、デ何とか……とにかくアレです、王都にあるウキャック学園じゃない方に行きます」

「……そうか。お前、入試は大丈夫なのか?」

「もちろんですとも。進学するのに入試の対策を怠るはずがありません」

「学校の名前もわからないのにか?」

「それはまあ、学校の名前を書く問題があればそこは不正解となるでしょうが、他で点を取ればいいだけですから」


 父上はこの俺を誰だと思っているんだか。国内最高峰の学び舎である王立ウキャック学園をなんとか卒業したこの俺だぞ。デ……もう片方の学校の入試ぐらい朝飯前よ。


 父上との二人きりでの進路相談を終えると自室に戻り、まずは昨晩傷心のため放置していた引継ぎの確認だ。

 ただ引継ぎとは言っても、基本的には部活に打ち込んでいただけなので大して物が増えているわけでもない。金は若干増えて合計一万エンほどにはなっている。あとはちょっとした魔法の効果が込められた靴と手袋と……。


「げっ」


 卒業祝いに剣術部一同から贈られた、真新しい上等な剣が部屋の片隅に立て掛けてある。ワスレーンの訓練所からパクった剣を使い続けていた俺を見かねた後輩たちが、各々金を出し合って買ってくれた一品だ。

 これには特別な効果は無いという話だったがとんでもない。俺にだけ効く凄まじい効果が秘められている。


「呪いの剣だ……」


 こんなん見る度に思い出してしまうじゃねえか。どうすんだこれ。

 目につかないようにどこかにしまって……いやそれも忍びないか。かといって使うのも……いや、使うことがあいつらへの供養になるか? まだ生きてるから供養とはちょっと違うかもしれんが、共に過ごしたあいつらはもういないんだから死んだようなものだ。


「はぁ……こいつで試し切りでもするか」


 原作と絡んでいくにあたって何か入用になるときがあるかもしれない。所持金一万エンじゃ少し心許ないので、ちょっと小銭を稼ぎがてら試し切りしてみるとしよう。ついでにザリガニにもリベンジだ。


 正面から普通に出て行くと面倒なので『ちょっと散歩してくる。心配ご無用』と書置きを残し、窓から音もなく屋敷を抜け出す。

 今の俺にはレベル五十近い抜群の身体能力と、森での暮らしと豪傑との鍛錬で培った隠形の業がある。メイド達に見つからず行動するなど造作も無いことだった。


 そのまま街を抜け出し、かつて俺が胴体をちょん切られたいつぞやの地点へ向かうと……いた。巨大ザリガニだ。

 前もあそこにいたし確定ポップなのかと思ったが、よく考えてみれば時間も大体同じぐらいだった気がする。つまりあいつは俺を惨殺したザリガニと同じ個体ということになる。


「ふーっ……やるか。『千剣乱舞』だ」


 赤黒く半透明な幻想の剣が十本、俺の周囲に出現する。

 これは俺に近づく敵全てを縦横無尽に切り刻む剣スキルの奥義だ。九百九十本足りないのはご愛敬。

 剣スキルの「カッコいい方の技」の中でも特にカッコいい技で、豪傑とこの技をぶつけ合ったときなどは後輩一同も興奮で大騒ぎしていたものだ。

 ちなみに「カッコ悪い方の技」は使わないと固く決意している。特に『回転斬り』という剣を持ってグルグル回るだけのあれを技と認めるつもりは断じて無い。


 剣を周囲に浮かべたまま歩いて近づくと、こちらの戦意に気付いたのかザリガニも身構える。

 しかしそんなものはお構いなしとばかりに一太刀目で尾を切り飛ばし、二太刀目で鋏を、そして三太刀目で頭を唐竹割にして討伐完了。十本の内の三本で済むというあっさりしたリベンジとなってしまった。


 落ちている金は百エンが三枚、十エンが六枚、一エンが八枚。三百六十八エンの収入か。こりゃやっぱそれなりに終盤だわ。

 レベル一でこいつに喧嘩を吹っかけた俺はとんでもない勘違い野郎だった。


 その後は近くの森に侵入して約三時間で合計四千エンほどの収入を得た。これはとんでもなく美味しい狩場だ。王都南の森で四千エンも稼ごうとすると一ヶ月はかかるだろう。


 そういった形でこまめに屋敷を抜け出しては森へ入ってという生活を数日間続け、所持金が三万エンを越えたところで王都へ向けて出発する。本当はもう少し先の予定だったが父上と粘り強く交渉した結果、訴えが認められて出発を早めてもらった。決して面倒になったから追い出されたというわけではない。


 本当はもう一人で行けるのだが、いつの間にそんなに強くなったんだという話にもなるし、何よりシノと二人で過ごす時間をフイにはできない。「一人で行きましょう、ね?」という茶髪でボブカットの少女の姿が脳裏をよぎったがきっと気のせいだ。


 そして出発を早めた目的はシノと二人きりで過ごす時間を増やすため……でもあるが、真の目的は誘拐グッズを買い漁るためである。

 誰をいつどこでどうやって誘拐して監禁するのか何もかも不明な現状だが、あらかじめ計画を立てて備えておくことは必要だろう。


 とりあえず人が一人すっぽり収まるサイズのズタ袋や縛るためのロープ、目隠しや猿轡用の清潔な布といった定番のアイテムはもちろん購入。そしてさらに、投げつけると瞬時に強力な睡眠に誘うという粉も普通に雑貨屋で売っていたので買ってみた。RPGでは割とありがちなアイテムだが、現実で存在すると思うといささか危険すぎるような気がする。


 というか思いつくままに買い集めていると、なんだかとんでもなく怪しいセットが完成してしまった。こんな物を学園に持ち込むことができるんだろうか……。

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