第17話
もう駄目だ。この豪傑は見たまんま強い。強過ぎる。
俺だってこれでもレベルは二十近くあって、剣のスキルもそれなりに伸ばしているはずなんだが手も足も出ない。
たしかにレベルもスキルも大きく劣っているだろうが、この豪傑からはそれ以上に実戦経験の豊富さを感じる。少なくとも遠距離攻撃の『斬空波』と火熾しの『真炎凰掌』しかまともに使ったことのない俺ではどう足掻いても太刀打ちできないだろう。
「うーし。ま、こんなところか。中々筋は悪くないと思うぞ」
「くそくそくそッ! この僕を虚仮にしやがって……ワスレーンの権力を使ってグチャグチャに踏み潰してやる……!」
「え、こわっ。そんなキャラじゃねえだろお前は……つーかワスレーンの権力って」
「ワスレーンの嫡男ですよ。やろうとしたら僕がグチャグチャに怒られると思いますけど」
「マジモンの大物貴族かよ……それなら性犯罪を犯しても揉み消すから問題にならないか……?」
「いや、多分一発で勘当ですね」
問題にならなければそれで良いわけじゃないだろうに、こいつ薄々気付いていたが教師として不適格なんじゃないか?
大体そんな日本の名門大学生のようにはいかんだろう。父上は大物貴族のくせに清廉潔白な人である。
それにしても疲労困憊だ。この豪傑は大人げなく殺気をこれでもかと浴びせてくるし、あの手この手で翻弄されるし、一体何本取られたのか数えきれないほどで、こっちは最後の最後でやっとこさお情けで一本取らせてもらっただけ―――あ、レベル上がった。
「…………」
「ん? どうした?」
「……いえ、さすがに疲れたなと」
これは……何だ? モンスターを倒したわけじゃないただの模擬戦で……いや、あるか。RPGでもこういうイベント戦で経験値が入ることは割とあるパターンだ。ただそれは勝利が必要な場合が多いが……そうだ、最後は一応勝ったことになるのか。
「そりゃそうだろうな。今日はもうさっさと帰って、明日また来いよ」
「え、明日もですか」
「どうせ友達いないから暇だろう。俺も暇だしちょうど良いだろ」
「そのデリカシーの無さはなんとかなりません? 僕があとほんの少しでも気が弱かったら泣いてるところですよ」
「どうせ全然気にしてねえだろお前。俺はお前より気が強い奴を未だかつて見た事がねえよ」
こんな慎重さと謙虚さだけで生き抜いてきた俺に対して気が強いなどと、とんだ節穴じゃないか。
たしかに最近どんどん気が強くなっている自覚はあるが、これは何かあってもリセットされればチャラになるから、というループありきの強さだ。
言わばこれは偽りの強さ、ハリボテの城壁だ。この薄い壁の向こうには、膝を抱えて丸くなってる臆病な僕がいて―――
「おい、何ぼさっとしてんだ。閉めるから早く帰れよ」
「へーい」
やはり豪傑は見たまんまガサツだ。俺の内心の葛藤などお構いなしだし、これまでも悩みとは無縁の人生を送ってきたんだろう。
とにかく明日は朝から二年の教室に突撃だ。女と会話してるイケメンがいたら徹底マークで交友関係を洗いざらい調べ上げて白日の元に晒し上げてやるぞ。いや、違った。晒し上げはしない。
「昨日の今日でお前……どんだけ女に飢えてるんだよ」
「いや、まだ二年生は調べてなかったので」
翌日の放課後、懲りもせず豪傑のテリトリーにやってきた俺は、模擬戦の前にお説教をくらっていた。こんな事なら来るんじゃなかった。
前日の反省を生かして手早く回り切ったため現行犯で連行されることはなかったのだが、同様の手口での犯行だったためにこうしてあえなく御用となっているわけだ。
「はぁ、そうかい。それで? 明日は一年のクラスに突撃すんのか」
「いえ、一年は別に……」
美少女を誘拐するためにハーレム野郎を探しているんですが? ~入学して三日目に教室に突撃しても「まだ早い」~ だ。
「なんだ、年上好きなのか」
「そういう訳では……来年再来年と下級生が入学してきたらまた突撃しますし」
「同級生以外が対象ってまたわけのわからん性癖を……つーかビビるからやめてやれよ」
「できれば僕もやりたくはないんですがね。いやはや、ままならないものです」
「そんな抗えぬ業に振り回されてるみたいな……まあいい、今日もやるぞ」
「うーす」
……こうして日常化していった豪傑との模擬戦はやがて剣術部という形で発展を遂げ、そしてその栄えある初代部長に就任した俺は、図らずもかつて父上に誓った剣の道を邁進することになった。
そして迎えた卒業の日。めでたくギリギリで卒業する運びとなった俺は、部の活動場所である例の謎の正方形の中で別れを惜しむ後輩たちに取り囲まれていた。
「ぜ、先輩……っ! ご卒業、お、お、おめでとうございまず……!」
「グスッ……先輩? やっぱ卒業しないでもう一年やろ? ね? 留年しよ?」
「ゲルド先輩がいなくなってもっ! 僕たちが剣術部を……う、うううう……」
なんかめっちゃ慕われてる。特に五人いる二年生は全員滂沱の涙を流しているようだ。
……思えば最初は俺一人の活動だったのが、この五人が入って来てから一気に部活らしくなったんだったな。
日々の模擬戦から南の森での実戦キャンプ演習、さらには他国の学園との交流戦を兼ねた旅行まで、濃密な時間を共に過ごしてきたかけがえのない仲間達だ。
「俺もいつかゲルド先輩みたいに、闘技大会で活躍するッス!」
「ゲルド先輩は今までも、そしてこれからもずっと僕の憧れです!」
「先輩がいつか騎士団長にリベンジする日を待ってます!」
そしてさらに一年後に入部した現一年生が十四人。大幅な増員だ。
いつの間にか出場することになっていた王国主催の定例闘技大会で、俺が決勝戦で騎士団長との死闘の末に惜敗したという話を聞きつけてやってきた生徒が多い。
騎士団長へのリベンジは……少なくとも今回は見せてやれないだろうなあ。
「あーあー、そんな泣くなよお前ら。別に今生の別れじゃあるまいし。……じゃーな、楽しくやれよ!」
「先輩、今まで……」
「「「「ありがとうございました!!」」」」
「おーう」
後輩たちの言葉に振り返らず、後ろへ向けて軽く手を振る事で返事とする。少しカッコつけ過ぎたか?
同級生と先輩からは嫌われ、後輩からは妙に愛される謎の男になってしまったな。
そして一番弟子の門出の日だというのに、師匠にして顧問でもある豪傑先生は急用のため不在とのことだが……今頃は北の国境辺りに行ってるんだろうな。
王都の騎士団長ともいい勝負をした俺だが、未だに豪傑先生には敵う気がしない。さすがに最初の頃よりはかなり肉薄したとは思うが、すぐそこだと思っていた山頂がどれだけ登っても見えてこない。あの豪傑はとんでもない豪傑だったらしい。
当然そんな化け物がただの体育教師であるはずもなく、恐らく平時は後進の育成に当たって、有事の際には前線に駆り出されるとか、そういう感じの特別な立場の人なんだろう。
とりあえず校門を出て、まずは適当な宿屋で一旦……と思っていると、後ろから静かに駆け寄ってくる気配を感じる。これは……まあクレアだろう。
いよいよぶつかる、というタイミングで素早く横に飛んでタックルを回避する。後輩に後ろを取られるわけにはいかんのだ。
「また避けたー! 酷いですよ先輩、最後なのに!」
「まだまだ気配の消し方が甘いな。そんなんじゃ俺の背中はくれてやれん」
「無理ですよー! ね、ちょっと油断した感じでやり直しません? ね?」
この気配を読むとかいうわけのわからん技術も豪傑との厳しい鍛錬の果てに……というわけではなく、これはほとんど森で会得したものだったりする。ただ森限定だったのを豪傑に街でも使えるように修正してもらいはしたが。
「それで、どうしたんだ。せっかく良い感じに出て行ったのに」
「わかってて聞いてますよね? 先輩を捕まえに来ました」
「うーーん、まあそういう話だわな…………。うーん」
「なんでそんなに不満気なんですかっ! 可愛い後輩ですよ、美少女ですよ、おっぱい大きいですよ!」
「そりゃそうだけど……うーむ」
別にクレアに不満があって唸っているわけではない。シノほどの目玉が飛び出るぐらいの美形というわけではないが間違いなく美少女だし、胸もたしかに大きい。二年生の中では心を開いたのが一番遅かったが、最終的にはこうして誰よりも俺を慕うようになった可愛い後輩である。
残念ながら才能には恵まれていなかったが、その分ひたむきで、だからこそ一番手が掛かって、結果として最も俺と剣を交えた相手になった。当然俺だって多少なりとも特別な感情を抱いてはいる。
ただ、もうすぐループで時間が巻き戻ってしまうんだ。全部無かったことになる。
そろそろ北の戦闘が激化する頃合いだろうし、ワスレーンからの避難も徐々に始まっているはずだ。
今はまだ王都ではそこまで深刻に受け止められていない様子だが、ここから急激に戦況の悪化が伝わり始め、ワスレーンの難民が到着する頃には暗澹たる空気が漂ういつか見たあの光景になるだろう。
そんな時勢でこうアプローチを掛けられても、どう答えていいものやら。
仮にこれがどうでもいい相手なら終わるまで適当に遊べばいいやとなるところだが……。
「剣術部の、それも二年となると……適当な真似はできんなあ……」
「適当でもいいですから、ね? お試しってやつです。まずは軽い気持ちからで。ね?」
しまった。思ってた事をそのまま口に出してしまった。
というかすごい必死だ。普段の訓練でもここまで必死なクレアは見た事が無い。
そんなになるような事をした覚えは……あるな。少なくとも俺が十七歳の男だとして、一つ上の女の先輩に同じような事をされたらまず間違いなく慕うだろう。それが転じて恋愛感情になっても何らおかしくはない。
おまけにゲルドはそこそこイケメンだしクッソ強くなったし実家は大貴族。……あれ、俺ってもしかしてかなり良い物件なのか?
いや、その割にはクレア以外は全然……というか剣術部員以外からはむしろ嫌われてたし……どうなってるんだ? こんなに好条件が揃っててあんなに嫌われることってあるか?
よもや俺のハイスペックっぷりに嫉妬した誰かが嫌な噂をバラ撒いたのか? そうじゃないと説明がつかない。
それかひょっとしてハーレム野郎と美少女探しがよくなかったか? 全然見つからないから一時期は必死で各教室に突撃を繰り返しては豪傑に怒られたものだ。その頃はクレアからも目が恐いとか言われていたような……。しかも結局見つからなかったし……。
「はい先輩、道端で抱き合っちゃいましたよ。これはもう既成事実ですね。目撃者も多数です」
「…………」
考え事をしていると、気付けばクレアが正面から俺に抱き着いてわけのわからんことを宣っている。
こいつやっぱ馬鹿だろう。なんかあれこれ難しく考えてるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。もう俺も馬鹿になってしまうか……。
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