第20話

 さあ平和を守る為にいたいけな美少女を誘拐して監禁だ! 俺に疚しい気持ちは一切なく、ただただ平和を願っての行動だからどうか許してほしい。


 補欠合格からの繰り上がりでギリギリ試験を通った俺はデ、何とか学園へと登校するため、胸を張って宿を出発する。

 昨日の入学式はバックれて学校に行かなかったため、早くもクラスで浮いてしまうかもしれない。


 前回はシノとの別れを惜しんだ俺があれこれとシノを寮に連れ込む算段を練っていたが、今回に関しては素直に宿を出てきた。

 今回も寮暮らしでシノとは長い別れになるので寂しい気持ちもあるのだが、今の俺はシノを見ると情緒不安定になってしまうため、ちょっと一旦距離を取りたいと思った結果だ。

 レベルを上げる大変さを実感を伴って理解しているからか、俺がどれほどの艱難辛苦を乗り越えてきたのか大雑把にでもわかってしまうのだろう。

 あの「頑張ったんですね?」にはとんでもない労りと慈しみと優しさが込められていた。ような気がする。おかげであれ以来シノの顔をまともに直視できない有様だ。


 学園のある南東区画を歩いていると、ちらほらと俺と同じ制服に身を包んだ学生達を見かけるようになった。

 ほぼ全ての生徒が寮暮らしらしいが、王都出身の生徒だけは自宅からの通学を許されているとかいないとか。


 全体的にカッチリしていて無機質で質実剛健、といったイメージだったウキャック学園と違って、こっちのデ、デ……あっ、看板があった。

 デザロア学園は歴史と情緒を感じさせる造りでどことなく雑然ともしていて、ウキャック学園とは正に対照的な印象を受ける。特にレンガ造りの校舎などが象徴的だろうか。学校そのものが一つのお洒落なアンティークと言っても過言ではないかもしれない。

 制服もこれまたカッチリした青っぽいブレザータイプのウキャック学園とは違い、こっちはなんだかオシャレな黒を基調としたローブとケープの中間ようなものを羽織るタイプのものらしい。


 寮から歩いてきた黒ローブの群れと合流して一年の校舎に向かう。単体ではオシャレでも、集団になるとこのローブは途端に怪しさ大爆発だった。

 この学園は上下関係に厳しいウキャック学園とは違い、どの学年の教室も二階にあるという親切設計らしい。一年の内は苦労しなくて楽だという反面、三年になったときに苦労する一年を見て悦に浸れないのは大きなマイナスポイントなので差し引きはゼロだ。


「…………お」


 校門を通った黒ローブの群れが学年ごとにそれぞれの校舎に向かって別れていく中、俺と同じ一年の流れにいる一人の生徒の後ろ姿を見て思わず声が出てしまった。

 金髪ロングツインテール。金髪ロングツインテールだ。原作の登場人物などもう誰一人覚えてはいないが、金髪ロングツインテールは多分、いや絶対ネームドキャラクターの一人だろう。というかヒロインだろ絶対。

 逸る心を抑えきれず足早に歩き、その生徒を追い抜いたところで軽く振り返る。男なら誰しも似たような事をした経験があるはずだ。


「ん? なによ?」

「えっ? いや、別に?」

「……チッ」


 すっとぼけてみたら舌打ちされた。初対面の相手になんてヤツだ。

 下手に因縁を付けられないように再び足早に歩いてその場を離れる。まだ原作キャラとの間に波風を立てるわけにはいかない。


 そして間違い無い。あれは絶対ヒロインの一人だ。

 金髪ロングツインテール。少し偉そうでツンケンしたプライドの高そうな態度。そしてシノに匹敵するんじゃないかというほどの超絶美少女。これぞまさしくテンプレ中のテンプレ。同じようなキャラクターの数はもう数えきれないぐらい存在するだろう。

 ついに、ついに原作の一端に近づいた……!


 長年停滞していた物語がやっと一歩前進した感覚に、内心で歓喜し興奮しぐちゃぐちゃになっていた感情は―――


「…………」


 ―――その少女を見た瞬間に全て吹き飛んだ。


 一組の教室に入った瞬間。窓際に座る水色の髪の少女を見た瞬間。頭の中は真っ白になり、ただその場で立ち尽くすことしかできなかった。


「…………」

「あのー」

「…………」

「あの、邪魔なんだけど」

「……え、ああ。すまん」


 どうやら入口でぼーっと突っ立っていたらしい。

 なんとか平静を装って近くの空いている席に座る。

 しかし何だ、何なんだあの女は。

 水色の少しウェーブがかかった髪を肩の高さまで伸ばしている、という以外には何もわからない。座っているため背の高さは不明。ゆったりしたローブを羽織っているため体型も不明。


 ただ、ただ顔だけは見えるが、その顔が……正面からはっきりと見たわけではないから定かではないが、ひょっとしたらシノ贔屓の俺ですらシノ以上と評してしまうような……いやいや、あり得ない。シノが世界一の美少女に違いない。だがそうなるとあの女はもう確定で二位だ。


 そして何より……あの立ち昇る色香は何だ。露出など皆無に等しく、体の線も全然出ていないのに。今にも我を忘れてしまいそうになるあの色香は……十五歳やそこらの少女が放っていいものじゃないだろう。


「…………」

「あのー」

「…………」

「あの、そこ僕の席なんだけど」

「……え、ああ。すまん」


 気が動転して適当な席に座ってしまっていたらしい。俺の席はどこだ?

 というか他の男子もよくあんな女が近くにいて平静を……あ、保ってないわ。みんな凄い意識してる。誰かと話をしたり本を読んだりと様々だが、その全員がチラチラとあの女を見ている。そして恐らく俺もその中の一人なんだろう。


 黒板の横に貼りだされた座席表を確認する。

 俺の席は廊下側の最後尾で、あの女は窓側の最前列……名前はミリー。ミリーか。

 一番遠い席になってしまったのは運が良いのか悪いのか。隣接した席ならば会話を盗み聞きして情報を収集できるだろうが、それ以外ならいっそ遠く離れた方が色香に意識を持っていかれない分マシだと思うことにしよう。


「……ふぅ」


 席に着いてほっと一息吐く。まだ一日が始まったばかりだというのに、感情が千々に乱れて疲れてしまった。

 しかし前回と違って今回はもう各教室に突撃しなくても済むのだから、これぐらいは必要な対価として甘んじて受け入れよう。


 あの女……ミリーを見つけた以上はもう何もしなくていい。

 ハーレム野郎も他のヒロインも探す必要は無い。ミリーがヒロインじゃないわけがないんだから、ミリーを見ていれば勝手に見つかるだろう。


 そして誘拐する相手もミリーで決まりだ。違ったらやり直すだけだが、その必要があるとは思えない。エロ同人で酷い目に遭わされる役があいつじゃなくて他の誰に務まるというんだ。絶対あいつだ。間違いない。


 さーて、どうやって誘拐しようかね……。

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