第21話
ミリーを誘拐する際にうっかり胸に触れてしまったら理性が粉々に消し飛んで大変なことになるのでは、という決して無視できない懸念点に気付いた賢い俺は、放課後になって街の雑貨屋で厚手のミトンと、その中に追加で詰める綿を購入した。これで胸を触ってしまってもあまり感触がわからず正気を保てるだろう。
ただ、親指以外を一つにまとめてしまうミトンを両手に装着すると、目隠しや猿轡といった細かい指の動きが必要になるアイテムが使用できなくなるが、どうせ眠らせて袋を被せるのだからそんな物は必要無いことに気が付いた。賢い。
そして昏睡の粉をぶっかけて袋を被せて肩に担いで、と脳内でシミュレーションしたところで今さらになって気が付いた。
その後どうすればいいんだ、という事に。
灯りを消した暗い寮の自室でうんうんと唸って考えてみるが、妙案は浮かばない。というより考えてどうにかなる問題ではないのかもしれない。
原作の流れだと、ゲルドがヒロインの一人、恐らくミリーを誘拐して…………どうなるんだ? これがわからないとどうしようもない。
当然そのままどこかに監禁するんだろうが、その場所をどこにするのかが問題だ。
主人公がヒロインを救出して、それによって絆が深まって物語が進展する、という話だった場合は適当に人気の無い場所に運んでしまえばそれでいい。
ただ、このイベントの目的が救出という行為ではなく場所にあった場合、俺はただ美少女を誘拐しておいて一切手を出せなかったヘタレ性犯罪者というレッテルを貼られるだけで終わってしまう。
「いや、問題はそれだけじゃないぞ……」
これらは全てちゃんと救出に来てくれたら、という前提に基づいた仮定だ。
もし誰も来てくれなかったら……とんでもなくシュールな事になってしまうんじゃないだろうか。
誘拐して監禁して、そこから何もせずぼーっと過ごし、さすがに三日四日も経つと救助も望み薄ということで解放する運びとなるだろう。そうなった場合、俺は羞恥のあまり腹を掻き切り、ミリーに介錯を頼んでしまうかもしれない。
「いずれにせよ、原作通りの場所に監禁してしまえば……」
そう、原作通りにしておけば間違いは無いんだ。細部を再現するのは不可能だとしても、せめて場所ぐらいは合わせておきたい。
とはいえどこで監禁していたかなど覚えているわけがないが……一応心当たりはある。
正門を入って右側、一年の校舎のさらに奥、敷地内の小さい林を抜けた先にある……旧校舎だ。
あそこなら人目を避けて悪いことをするのに、まさにおあつらえ向きの場所と言えるだろう。
クラスの教室から見た限りでは、たしかに古びた雰囲気こそあったものの、老朽化が激しいというわけではなさそうだった。中で仮に戦闘することになってもさほど問題は無いだろう。
どうせ主人公がミリーを含めたハーレムを結成するまで待つ必要がある。
焦らずに、まずは旧校舎内をゆっくり探索していけばいい。そう方針を定めてやっと床に就いた。
その翌日、一限目の授業で俺は早くも窮地に陥ろうとしていた。
「じゃ、魔法学、始めていくぞー」
出たな魔法学……!
名門ウキャック学園卒業生であるこの俺を、まさかの補欠合格などという恥辱に塗れた立場に叩き落した元凶だ。
入試で魔法学のテストが始まった時の俺は、ハニワか何かのような魂の抜けた顔をしていたことだろう。
何せ知らないんだから。
問題が難しいとかそういうレベルじゃない。魔法学なる学問の存在そのものを知らなかったのだ。
試験の点数は選択式の問題を確率通りに取れていれば恐らく三点か四点ほどだろうか。もちろん百点満点でだ。科目ごとに足切りラインがあれば一発で不合格になるところだった。
あれだけ入試に対して余裕をぶっこいていたのに、知らない科目の試験があったから補欠合格になった、と伝えたときのシノの顔といったら……やっぱ許せねえよ魔法学はよ……!
「じゃ、まずは皆知ってるだろうが、基礎の基礎から軽くおさらいしていくからな。まずは魔法を発動させる際に消費されるマナが―――」
教壇に立った厳めしいツラをしたオッサンが、顔の割に軽薄な口調で謎の概念について淀みなく語っている。基礎の基礎ということらしいが、既に何を言ってるのかさっぱりわからない。
「―――それに対して自然界に存在するエネルギーを……えー、じゃあ今日は四月の七日だから出席番号七番の……ゲルド。わかるかー?」
「え? ……さあ、何でしょう……?」
「え?」
「え?」
「…………」
「…………」
「…………じゃ、じゃあ八番のサニムラー、わかるかー?」
「はい、オドです」
「そう、オドだなー。そのオドを活かすには―――」
オド? オドってあれだろ、確か昔のエセ科学で……いや、ゲームがそういう設定にしたならこの世界ではそういう物になるのか。
大体なんださっきの居た堪れない沈黙は。これをわからない奴がいるとは予想だにしなかったみたいな……。くそ、こんなわけのわからん学問を勉強しなくちゃいけないのか? そんな事してる場合じゃないのに……。
このままではいずれ補修地獄と留年が待ち受けている、という残酷な現実に打ちひしがれていると、いつの間にか他の生徒達がゾロゾロと教室から出て行くことに気が付いた。魔法学の授業は終わっていたらしい。
危うく前回の入学式の時のようなミスを繰り返すところだったが、間一髪で気付けたのは成長と言っていいのだろうか。
次にどこへ行くのかは知らないまま、そういえば次は移動教室でしたねという体で集団の最後尾に追い付き、全員が変な棒を持っていることに気付いた俺は慌てて教室へと引き返した。
「はい、皆さんお静かに。魔法実習α、一回目の授業を始めますよ~」
移動した先は体育館のような形の建物だった。床も壁も石造りで、ところどころに魔法陣らしきものが刻まれている。
魔法実習というぐらいだから、ここは魔法を安全に使うための場所なんだろう。
魔法実習の教師は三十路前後の少しぽわぽわした印象の女教師で、小さい壇上に立って生徒達を見下ろしながら講義を始めるようだ。
「魔法実習αではまず魔法の出力の増減について勉強していきますが~、えーと、出席番号七番の……ゲルド君。はい、魔法の出力を増やすにはどうすればいいですか~?」
「え? そんな事できるんですか?」
「え?」
「え?」
「…………」
「…………」
「…………はい、じゃあ八番のサニムラ君、わかりますか~?」
「マナを多く込めることです」
「はい、そうですね~。そのためにはまず―――」
くそ、なんだマナって。MPのことか? それを多く込めるってどうやるんだ。魔法は使ったら勝手に出て来るものじゃないのかよ。
そもそもなんだ揃いも揃って日付で当ててきやがって。三十二番以降の生徒が暇するだろうが。
というか八番のサニムラとかいう奴も何なんだ。ちょっとは俺の顔を立ててわからないフリとかすればいいものを、あっさり簡単そうに答えやがって。お前の親父の職場にワスレーンの圧力をかけてクビにしてやろうか……! 大貴族に楯突いたことをスラム街で後悔するがいい……!
「はい、それじゃ実際にやってみましょうね~。えーと、『ペフ』を使える人はそのままで、『ペフ』が使えない人はこっちで先生と一緒にやりましょうね~」
実習というだけあって早速実践が始まってしまったようだ。『ペフ』を使える生徒が放置で、使えない生徒が先生の元に集められたのは安全性の問題だろうか。
軽く周囲を見回すと、既に何人かの生徒は大小様々なサイズの光を、手に持った謎の棒の先端から発している。なるほど、この棒はそうやって使うのか。
俺はてっきり魔法は手から出るものだとばかり思い込んでいたのだが、棒から出すにはどうすればいいんだろうか。そしてマナを多く込めるにはどうすればいいんだろうか。
とりあえず棒を持って『ペフ』を使ってみるが、やはり光るのは手だけで、しかもその光は他の生徒より弱々しい。普通の『ペフ』だ。どうしようこれ。
上手くできないんじゃなく根本的にやり方がわからない。改善の兆しが全く見えない問題にぶち当たってしまったようだ。
「え~と、さっきの……ゲルド君だっけ。難しそう~?」
「そうですね、何が何やらさっぱりです」
「そっか~。うーん、私はこっち見てなきゃだし~」
明らかに俺一人だけ他とやってる事が違うからか、『ペフ』が使えない生徒を指導している先生も俺の窮状に気付いたらしい。
しかし俺にかまけている余裕は無いようで、軽く生徒達を見回すと一人の少女に目を向けた。
「えーと、そこの水色の髪の子~。君はもう完璧だからちょっとこっち来て~。それでゲルド君に教えてあげて~」
そう言われてこちらに歩いてくるのは……ミリーじゃないか。
これはとんでもない事態に陥ってしまった。どこでどうやって話が捻じれてしまうかわからない以上、なるべく原作キャラとは関わらないようにしたいというのに……。
こうなったら今まさにこの瞬間に才能が開花して急にできるように……ならない。駄目だ。
「えっと、私ですか?」
「うん。ごめんね~。先生は手が離せないから、お願い~」
「いえっ、大丈夫です!」
おお。面倒臭いだろうに、嫌な顔を微塵も見せずに引き受けた。良い子だ。
そしてミリーは俺の方を向いて―――うおおお、これはヤバい。やはりシノ以上……いやいや、シノ以上はいないんだ。いないんだが……いないがしかし……。
そうだ、系統が違うんだ。クール系の世界一美少女なのがシノ。可愛い系の世界一美少女なのがこのミリー。そういう事にしよう。
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