第44話

「―――っ、……ああ、そうか……」


 また三年前に戻ってしまった。しかも最後の最後にミリーからどでかい爆弾を放り込まれながらのリセットだ。

 クレアのときのように受け入れても後悔するが、逃げ回っても結局後悔することになってしまった。


「またデザロアか」


 次からは主人公たちが出発した時点で駄目そうなら自殺も視野に入れた方がいいかもしれない。切り替えてサクサク回していかないと、もう俺のメンタルがもたない。

 剣術部の後輩一同からは呪いの剣を託されたが、ミリーからは呪いの言葉をかけられてしまった。剣じゃなく俺が呪われている。

 伝えた方はスッキリしたかもしれないが、伝えられた方は一生引き摺ってしまう呪いだ。


「切り替え、切り替えが大事だ……。全部リセットしたんだから、俺の頭の中もリセットしないと」


 周回を重ねる度に精神的な重荷を増やしていては、いずれそれらに潰されるときが来てしまうだろう。なるべく荷物を捨てられるよう、自分に言い聞かせるように呟きながら眠りに就いた。



「ほう、ゲルドよ。今日は早いんだな」

「ええ、まあ……」

「なんだ? 随分やつれているというか、顔色が悪いように見えるが……大丈夫なのか?」

「え? あー……そうですね、夢見が悪かったようです」


 翌朝、毎回恒例である父上との進路相談にやってきたが、上手く切り替えられてはいないらしい。顔に出てしまっていたとは。


「そうか? それで進学についてだが、結論は出たのか?」

「ええ。王都の……デザロア学園に進学したいと思います」


 行きたくない。本当は行きたくない。でも行くしかない。


「デザロア学園か。難関ではあるが、魔法を学ぶならあそこが一番良いだろうな。しかし、あまり根を詰めすぎるなよ?」

「はい。既に対策は完了していますので、あとは試験までゆっくり過ごすつもりです」


 父上との二者面談を終えた俺は、自室に戻って鏡を見る。


「おお……父上に心配されるわけだ」


 顔色が悪く、全体的に覇気が無さ過ぎる。特に淀んだ目からは全く生気が感じられない。人生に絶望している顔だ。

 実際この顔は大袈裟というわけでもなく、俺の心情をそのまま表しているといっていい。死んでループしないなら今すぐ自分で首を切り落としたいぐらいには絶望している。

 だから翌日、シノの顔を見たときには思わず胸に顔を埋めて号泣しそうになってしまった。


「ゲルド様……出発はまた後日ということにした方が……」

「いや、これは精神的なものだからな。いつ行っても変わらん」


 毎回恒例、王都までシノとの二人旅である。

 どうも俺がシノと仲良くなる上での勘所を抑えつつあるのか、回を重ねるごとにシノと打ち解けるのが早くなっている。これで入学までは心安らぐ日々を過ごせるだろう、と思っていたが、今回はもう顔を合わせた瞬間からツンケンした感じが無くなって妙に心配されてしまっている。そんなに酷い顔だっただろうか。

 しかしそれなら話は早い。存分に優しくされて甘やかされてやるぞ……!



「ゲルド様、もうお昼ですよ」

「んー……」

「あと五分と仰ってからもう二時間も経っていますよ」

「あー……じゃあ起きるか……」

「はい、では顔を洗ってきて下さいね。その間にちょ、昼食の準備をしてきますから」


 別にそれほど眠たくもないのに二度寝して、シノから呆れたように起こされて始まる一日は最高だ。

 そんな事実を再確認して大きく頷くと、ベッドから颯爽と跳び起きてカーテンをシャッと開く。爽やかな朝……昼の始まりだ。

 顔を洗う際に鏡を見ると、寝すぎで目元が腫れているものの、顔付き自体はリセット直後と比べると随分マシになってきた。シノセラピーはすごい。


「さーて……今回も頑張るか」


 王都に到着してもう何日経ったか。そろそろ入学後の準備に取り掛からなければならない。

 シノが宿の厨房を借りて作った昼食でさらに元気モリモリのタフガイになった俺は、今回の仕込みのために街へと繰り出した。

 まず買うのは誘拐セットとして肌に優しい綿の袋と昏睡の粉。とりあえずこれがあれば誘拐は可能だ。

 そして次が監禁セット。これはやはり改めて検討した結果、ベッドの上で両手両足を拘束するのが最も良い、との結論から手枷足枷を二つずつ発注することにした。とは言ってもあの無礼な鍛冶屋ではなく、革細工を扱う工芸品店に依頼を出した。何故か使用用途をしつこく尋ねられるというアクシデントに見舞われたが、これは貴族の嗜みであると声高らかに主張して押し通してやった。


 ここまでなら前回と大差が無いところだが、前周の最後にミリーに予め謝っていた通り、今回は怪しげな儀式を執り行うこととした。

 ミリーを拘束したベッドを中心にして六芒星でも描き、その頂点の六ケ所に蝋燭でも立ててやればそれっぽく見えるんじゃないだろうか。あとは何を聞かれても答えず本でも開きながらブツブツ言っていれば、何だかすごく悪い魔法使いみたいになるはずだ。


「あっ……胃が痛くなってきた……胸も痛い……」


 怪しげな儀式の生贄になることに恐怖したミリーの泣き叫ぶ姿を想像してしまった。想像の中でもネタ晴らしをして安心させてしまいそうになる。だが駄目だ。前回の悪役ムーブは遊び半分だったが、今回は本気で最後まで悪役であり続けなければならない。

 とにかくミリーの主人公に対する好感度を上げること、これが絶対の条件だ。


「ミリーの好感度を……あのいけ好かないハーレム野郎に……」


 あっ、胃がムカムカしてきた。胸も別の意味で痛い。

 しかしこれはもう我慢するしかない。どうせ元々原作ではミリーもハーレムの一員だったのだから、あるべき姿に戻る、ただそれだけの話だ。そう割り切っていくしかない。


 そうして物資と心の準備を整えて迎えた入学式。……の翌日。

 俺はデザロア学園へ初登校をすべく、慣れ親しんだ制服に袖を通していた。

 その際シノが手伝おうと待機していたが、ついうっかり自分でササッと着終わってしまうというとんでもないミスを犯してしまう。おかげでシノが手持無沙汰というか所在無さげになってしまった。


「ゲルド様、随分手慣れていらっしゃるような……?」

「え? あ、ああ……勘で着たら合ってたみたいだな」


 シンプルなウキャック学園との差別化を図るためなのか割とややこしいタイプの制服なのだが、さすがに三年も一人で着ていると慣れもしてしまう。おかげで最後のシノ成分を補給する機会を逸してしまった。


「ではゲルド様、行ってらっしゃいませ」

「うーむ」


 このままあの伏魔殿たるデザロア学園に行ってしまって、果たして俺の精神は無事でいられるのだろうか。志半ばにして斃れてしまわないだろうか。今のシノ残量では少々心許ないので、ここはやはり最後にもう一度充填する必要がある。


「ん」

「……ゲルド様?」


 両手を広げてハグを催促するが、シノはただ困惑している。しかしそれでいい。これは交渉術の……ドア……何とかで、最初に無理目な提案をして、後からマシなのを出すアレだ。ハグの後に握手ならシノもう応じざるを―――あれ?


「こうですか?」

「あ、ああ……」


 普通に抱き着いてきたので抱き返している。よくわからんが、急激にシノ残量が充填されていっている。というかこのままだとマズい。シノ残量がキャパをオーバーすると、俺は恐らく理性を失った陰獣と化して登校どころではなくなってしまう。名残惜しいが十秒ほどで手を離す。


「よし、もう大丈夫だ。じゃあまた、三年後な」

「はい。お待ちしております」


 いざ、デザロア学園へ。一ヶ月振りの登校だ。

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