第45話

「あれ? 受かってなかったっけ」


 クラス名簿を確認すると俺の名前が無い。俺のものだった一年一組出席番号七番は……サニムラの野郎に横取りされている。

 ……と思ったらあった。二組の出席番号六番にゲルドと書いてある。


「あ、入試の点数が変わったから……」


 そうだ。前回は補欠合格でギリギリ滑り込んだが、今回は相当上位の成績を取っているはずだ。それでクラス分けが変わってしまったということなんだろう。

 あとはミリーが……いた。一組のままだ。俺とミリーは別のクラスになってしまったようだ。

 しかしこれはむしろ都合が良いか。接点は極力少ない方が良い。クラスが同じだとほぼ確実に話しかけられてしまうはずだ。

 あとはしばらく待ってから前回と同様の手順で……あ、いた。水色の髪だ。一年校舎に向かって歩く集団の中にミリーを発見した。


「…………」


 見ても良いことは何も無いとわかってはいても、どうしても未練がましく目で追ってしまう。他にも大勢の男子が同じようにミリーを見ているため目立ちはしないのが幸いか。やはり三年分若いだけあって、記憶にあるミリーよりも幾分幼いように感じる。そんなミリーがふとこちらの方を見て―――何事も無かったかのように目を逸らした。


「…………はぁ」


 以前のミリーならまずあり得ないリアクションについ溜息が出る。心の軋む音が聞こえてくるようだ。シノをあと十秒ほど抱きしめておいた方が良かったかもしれない。

 ミリー以外の、他のハーレムパーティーメンバーも別のクラスだったのは純粋に嬉しかった。最後に会ったのは二年半前だが、とにかく面倒臭い奴らだったのは覚えている。こちらも距離があるに越したことはないだろう。


 そして三年前に受けたつまらない授業を聞き流し、やっと迎えた放課後。寮へと向かう途中でまたしてもミリーを発見してしまう。

 これは俺が無意識にミリーを探してしまっているのか、或いはそもそもミリーが目立ち過ぎているのか。

 多分両方だろうな、と思いながら横を通り過ぎようとした際にまた目が合って―――なんかすごい勢いで顔ごと目を逸らされた。


「…………?」


 朝はそうでもなかったが、今のは不自然じゃなかっただろうか。知らない相手に対して取る反応ではない気がする。

 とはいえ何かの偶然でそう見えただけだろう、と思いながらも念のため振り返ってみると―――こちらを見ていたミリーがすごい勢いで体ごと目を逸らした。


「……いやいや、まさか」


 あり得ない可能性が頭をよぎる。とはいえそれを確かめる前にまずは着衣の確認だ。……ちゃんと服は着てる。別に下半身が丸出しになってるとかそういった粗相はしていない。あとは顔に落書きとか……わからん。いや、そもそも周囲に人はちらほらいるが、俺に対して異常な反応を示しているのはミリーだけだ。

 もし違った場合はただ無駄に接点を作っただけになってしまうが、かといってこれは確かめないわけにはいかない。既に胸中では期待が膨れ上がっていて、違ったら一週間は立ち直れないかもしれない。


 ミリーは平静を装って女子寮の方へ歩き出している。これを後ろから呼び止めてもいいのだが、早足で追い越して急に振り返ってみることにした。


「うひゃっ!?」

「……」


 ミリーは俺の顔を見るなり奇声を発して固まってしまったが、これはどうやって聞けばいいんだろうか。ストレートにミリーも記憶を引き継いだのかと聞いていいものかどうか。違った場合はかなり電波な人だと認定されてしまうが……いいや、普通に話しかけてしまえ。


「なあ」

「ひゃ、ひゃい」

「なんでそんな……挙動不審なんだ?」

「え、わ、私はいつも、こんな感じだよっ」


 だとしたら相当ヤバい奴だ。まるでミリーに話しかけられた男みたいに、目はぐるんぐるん泳いで顔は真っ赤っかになっている。

 にしても何だこれは。どういう意図でこうなってるんだ。


「……覚えてるのか?」

「えっ、な、何を?」

「三年間」

「……な、何のことだか、私にはさっぱり……」


 こんなしらばっくれ方が下手な奴がいるのか。本当に何なんだ一体。


「じゃあ人違いか。勘違いして悪かったな。じゃ」

「えっ、あっ、やだ。待ってっ」


 あっさり諦めて立ち去ろうとすると、案の定呼び止められた。やっぱり覚えてんじゃねーか。

 しかし振り返って見てももじもじするばかりで何も言ってこない。


「なあミリー」

「なな、何?」

「これは本当に大事なことだから正直に言ってほしいんだが、全部覚えてるんだな?」

「…………うん、覚えてる」

「……そうか」


 確定した。

 どういう理由でこうなったのかはわからないが、今はそんな細かいことはどうでもいい。

 とにかくミリーが覚えていた。覚えていてくれた。


「あれ、どうしたの? ……そっか、そうだよね。辛かったもんね」


 ミリーが先ほどまでの挙動不審さを一切感じさせない慈愛の篭った眼差しで俺を見つめ、薄く微笑みながら頭を撫でてくる。

 さすがにこんな他の生徒が通る往来でミリーママに慰められ続けるわけにはいかないので、二~三分ほど撫でられただけでなんとか気を取り直した。


「それで? 何で覚えてない振りをしてたんだ」

「そ、それは……だって……」


 積もる話は山ほどあれど、ひとまず人目を避けるために校舎裏へと移動し、早速ミリーへの尋問を開始する。

 こんな大事なことを隠そうとされたとあっては、事と次第によってはセクハラの刑すらも有り得る。とても重大な罪だ。


「だって?」

「だって……もう最後だって思ったからあんな……なのに私も戻ったし……ううう」


 ミリーはさっきのママみが完全に消え去ってまた赤面してしどろもどろになってしまった。

 にしても最後、最後。最後と言えば……好き好き言いながら俺の首の後ろに手を回してキスしてきたアレのことか。最後だと思ったから大胆な事をしたのに、まさかの自分まで記憶を引き継いでしまったので恥ずかしくて逃げてたと。そういうことか。


 判決は無罪だ。可愛すぎるので無罪だ。


 しかしどうだろう。今度は俺が知らない振りをした方が良いんじゃないだろうか。ミリーはまさに穴があったら入りたいといった状態だし、何より……どうせミリーにはもうすぐ旅に出てもらわないといけないので、俺とそういった仲になるわけにはいかない。だから、あれはリセット直前の記憶障害みたいな感じを装って無かったことにするのが一番丸く収まる……はずだ。

 しかしそれはそれであまりにも卑怯な気がしないでもない。俺は世界中のほとんどの人間に対して卑怯な事をしても何とも思わないが、ミリーにだけは……いや、シノにもだが……とにかく卑怯な真似はしたくない。クレアにはオーケーだ。あいつも卑怯だし。


「うーん? まあ事情があるならいいとして、今後はどうするかな……」


 ここは知らない振りもせず、かといって何か言及するわけでもなく、ただ問題を先送りにする一手を打つ。これが俺の処世術だ。


「えっ、えっと、今後は……私を誘拐するんだよね?」


 どうやらミリーと意見が一致したらしい。問題の先送り案は賛成多数により可決の運びとなった。


「そう、まずはミリーを……あれ?」


 ミリーを誘拐……これは当然そうするつもりだったが、ミリーが記憶を引き継いでいるとなると話は変わってくる。まずミリーを誘拐し主人公に助けさせることでミリーからの好感度を稼がせる、という目論見はもう完全に潰えている。となると別に誘拐なんかする必要が……いや、その前に大前提の確認だ。


「なあミリー……このループを、何回も同じ三年間を繰り返すこの現象を、俺は止めようと思ってるんだが……ミリーはどう思う?」


 ここでもしミリーが何周か遊んで暮らしたいなどと言い出せばもう駄目だ。ミリーには主人公と共に世界を救う旅に出てもらわないといけない以上、ミリーの意思が何よりも大事になってくる。


「私? ゲルド君が止めるなら私も協力したいけど」

「そ、そうか」


 ちょっと危うい感じだ。自分の意思ではなく俺が止めたがっているから止める、というのは恐らく過酷であろう旅を続ける上でモチベーションが維持できるか心配になってしまう。


「けど、どうやって止めるの?」

「これはまだ確証は無いんだけど、ほら、あの世界を救う旅がどうのこうのって」

「ハルト君たちが行ったやつだね」

「そう。その旅の最後で、何かこう、すごいボス的な存在を倒せば多分止まるんじゃないかなと」

「あやふやだ……」


 だって覚えてないんだから仕方ない。魔王とかそういうのは全然話に聞かないし、現時点では何らかのボスとしか言えない。


「その旅が前回失敗したのはやはり、仲間に加入するべき人が加入してなかったからだと思うんだ」

「加入するべき人?」


 ……これ言って大丈夫なんだろうか。いや、ミリーならどんな辛い旅でもやり遂げてくれるはずだ。


「というわけでミリー。今回はあいつらの旅の仲間に加わって、世界を救ってきてくれないか」

「えっ!? 私が……あっ。そういえば、前にそんな事言ってたっけ」

「ああ。やっぱりあの……神託? によると、ミリーも一緒に行くことになってるっぽいんだよ」

「そうなんだ……。えっと、それはゲルド君も一緒に行くの?」

「俺? 俺はあの誘拐事件を起こしたらお役御免だからな。どこかでのんびり待つ……と……思うんだけど……」


 ああっ、ミリーがなんだか不満気だ。

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