第46話
「ふーん? ゲルド君は行かないんだ」
「あ、ああ。ほら、神託でな。旅の仲間は増えていくはずなんだけど、男はずっとあいつ一人なんだよ」
「ふーん」
ミリーは目を細めて唇を尖らせて、もう完全に拗ねてしまっている。これはマズい。
「いや、俺もできれば協力したいんだけどな。こればっかりは神託が、な?」
「……」
神託の一点張りでは駄目かもしれない。ミリーはもうそっぽを向いて返事すらしなくなった。
たしかに人には辛い旅を強要しておいて、自分は何もしないのか……とミリーが不満に思うのも無理はない。
しかしミリーを納得させるために俺が参加するわけにもいかない。いよいよ手立てが無くなれば強引に参加してみるのも一つの手かもしれないが、まだそんな原作ブレイクを試す段階ではないだろう。
「ミリー、頼むよ。どうしてもミリーが行く必要があるんだよ。な?」
こうなったらもう拝み倒すしかない。そっぽを向いているミリーの両肩を掴んで強引に身体をこちらに向けさせる。
「なあ、どうしても駄目か?」
「……その旅って、どれくらいかかるのかな」
お、相変わらず顔はこっちを向いていないが、これは雪解けの兆しだ。しかし期間は……当然さっぱりわからない。適当に答えるしかない。
「さあ? 三年がリミットだけど、どうなんだろう。上手くいけば一年か二年ぐらいで終わるかもしれん」
「じゃあ、上手くいかなかったら三年?」
「それはまあ、そうなるな」
「じゃあやだ」
ぐ。ちょっとこっちを向きかけていた顔がまたぷいっと逸らされた。というかなんだこの我儘な感じは。あまりにもミリーらしくない振る舞いだ。
「そこは何とか頑張れば……」
「せっかくまた会えたのに……三年もゲルド君と会えなくなるのは、やだ」
「な―――」
ミリーのあまりの可愛さに絶句してしまったが、言われてみれば辛いループを終わらせることに必死過ぎたかもしれない。せっかくミリーが記憶を引き継いで再会できたのに、俺は何を焦っているのかすぐにこうしてまた離れ離れになるようなことを……。そうだ、もう今回は捨て周にして三年間どこかの湖畔にログハウスでも建てて二人でゆっくり過ごすのはどうだろう。いや、ログハウスなんか建てる時間がもったいない。王都の宿屋でも三年借りてしっぽり過ごした方が―――
「―――なんて、ごめんね? 我儘言っちゃった」
「え? あ、いや」
「私が行くしかないんだもんね。それなら、頑張ってくるよ」
「そ、そうか? いや、でも辛いなら無理しなくても」
可愛い我儘ミリーが終わって、いつもの可愛いミリーに戻ってしまった。今はもう行ってほしくないぐらいなんだが……しかしせっかく行く気になってくれているのを止めるのも……いや、しかし……。
「ううん、平気だよっ。あっ、でも……出発するまでは、できたら、わ、私と……」
そもそもループを終わらせたい理由は誰も覚えていない中を一人で繰り返すのが辛いからであって、ミリーが記憶を引き継いで一緒にいてくれるなら別に何周でも何十周でも繰り返したって構わないんだが……しかしミリーの引継ぎが一回限りの可能性だってあるから……いや、記憶が消えたらそのときこそ改めて好感度を調整して……。
「あ、あと……これもできたらなんだけど、途中で……会いに来てくれたら……嬉しい、かもって」
「ん? え? 途中?」
「う、うん。旅っていうのがどこに行くのか知らないから、本当に……できたら、なんだけど」
頬を赤らめてモジモジしながら可愛いおねだりをしてくるミリー。途中どころか旅なんか行かずに毎日会えばいいと言いたくなるが、せっかくやる気になってくれているのだから、ここは断腸の思いでお言葉に甘えるとしよう。
「わかった。それなら旅は最終的に北に行くだろうから、北のどこかの街を拠点にして活動しとくわ」
俺が旅するハーレムパーティーをストーキングして程良きところでミリーにコンタクトを取る、という方法が一番確実だろうが、さすがにそんな事はやってられん。逆に俺が先回りしていつかミリーが会いに来る、という流れの方が楽だし自然だろう。
「ほんと!? それなら……うん。私、頑張るからっ」
「お、おお。そうか……」
よくそれだけで頑張れるものだ。世界を救う旅などと言ってもどこで何をするのかさっぱりわかってないだろうに。多分RPGらしく各地でおつかいイベントを繰り返して、最後は北にある暗黒大陸で何らかのラスボスを倒すという流れになるのだとは思うが。
ただ、それでも旅に同行するのが原作通りなのだから、むしろおかしいのは行かなかった前回かもしれない。本来は世界を救うために頑張る健気で優しい子なのだ。
こうして不本意ながらミリーが世界を救う旅に同行することで話がまとまってしまった後、誘拐事件までの流れは無難に前回を踏襲していこうという結論で落ち着いた。本来ならば赤髪ポニテがハーレムパーティーに加入する四月中旬以降ならばいつ決行してもいいのだが、できるだけ出発を先延ばしにしたい両者の思惑が一致した形だ。
そして迎えた五月末の土曜日。爛れた学生生活に終止符を打つ日がやってきてしまった。
いつぞやと同じように早朝から女子寮近くで獲物を待つ。前回も特に気負うことなくのんびりと待っていたが、今回はなんと誘拐対象が全面協力するというイージーなミッションだ。時間を打ち合わせていることもあって十分前にダラダラとやってきた俺は、前回のように茂みに隠れることもせず女子寮前に座ってあくびをしながらの待機である。
「ん~……眠ーい……」
「だから夜更かしはやめて……っと」
「ん? な、何こいつ」
人通りの全くない早朝に寮から出てみれば、目の前には地べたに座り込む怪しげな男。そんな俺を見た二人は当然警戒する様子を見せている。今回はこの二人と接触していないので、本当にただただ怪しいだけの見知らぬ男だ。
名前は確か昨日ミリーが言ってた……金髪ツインテがメリッサ、赤髪ポニテがシズラだったか。
「あー、別に警戒しなくていい。用があるのは後ろの子だけだから」
どっこいしょ、とゆっくり立ち上がって歩み寄る。二人は一層警戒を強くしたが、あいにく隙だらけだ。
「はあ? こんな時間にミリーに何の用があるっていうわけ?」
「何の用といっても……とりあえず邪魔だから寝ててくれ」
前回は腹パンで強引に眠らせたが、今回はミリーからの要請で二人に昏睡の粉を使うことにした。出会い頭にいきなり粉をぶっかけては訳が分からないだろうから、ちゃんとミリー目当てだと宣言してからの犯行である。
「は? ―――な、これ、は……ミリー……逃げ……」
「ぐ、しまっ……た……」
粉を吸い込んで崩れ落ちる二人を俺とミリーで支えてそっと寝かせる。
「じゃ、ミリー」
「うん。なんかドキドキするかも」
「そ、そうか」
何やらこの状況に少し興奮しているらしいミリーに、頭からすっぽりと袋を被せて横抱きにする。
「わっ、わっ。なんか、うわわわ」
「あー、一応静かにな」
袋で周りが見えなくなっているところを抱きかかえられるという状況にアトラクション的な面白さがあるのか、ミリーは袋の中でキャッキャとはしゃいでしまっている。全く緊張感の無い誘拐だ。
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