第47話

 前回と同様に靴を落としてから扉を蹴破って例の地下室まで移動する。足跡作戦は意味が無いようなので不採用だ。


「わっ、懐かしい……。そうだ、ここでゲルド君に虐められたんだ」

「……いや、うん。前回はほら、な?」


 到着して早々にミリーが不穏な事を言いだした。誘拐は楽チンだったが別の意味で緊張感が高まってくる。


「私が泣いてるのに、ゲルド君はいっぱい酷いこと言ってきて」

「……そんな事もあったかな? まあそれはそれとして、まずは準備をしないとな」


 ミリーの恨み言を聞き流しながら、ベッドを部屋の中央奥に移動させてシーツも取り換えておく。

 この話題はミリーが泣いたことを恥ずかしがって掴みかかってくるのが楽しくて、ついつい多用し過ぎてしまった。おかげで前周の三年生になる頃には通用しなくなっていて、今や逆に俺が責められてしまっている。


「私は嫌がってたのに、ゲルド君はえっちな事を言ってきたり」

「うん、そんな事も……あったっけ? 言ってなくない?」


 ミリーに手枷を装着している最中、ついに聞き捨てならない発言が飛び出した。これは記憶の捏造が行われている疑惑がある。


「でも私、ゲルド君にえっちな事されるんだって思ったもん」

「いやまあ、そういう事を匂わせはしたけど……それはほら、神託のアレが」


 続いて足枷も装着する。あとはこれらをベッドのフレームと繋げれば拘束完了となるが、どうせまだまだ来ないので一旦はこのままだ。


「あーあ。あのときは恐かったなー。悲しかったなー」

「くっ……」

「犯人のゲルド君。トラウマが蘇ったから罰としてその分慰めなさい」

「……それは別にいいけど、やっぱ何か変じゃないか?」


 細部は違えどここまでが毎回恒例の流れだ。そして毎回犯人に慰めさせるのはおかしいと訴えているが、その主張がミリー裁判長に受け入れられた試しは無い。そしてやはり負い目のある犯人は被害者の言うことに逆らえた試しも無かった。



「もうすぐお別れだね……」


 ベッドで並んで座って罰を受けていると、ミリーがぽつりと呟いた。慰めタイムは終了したのかとミリーの頭を撫でていた手を止める。


「そうだな。これが終わったら、四日後にモンスターが来て……そしたらすぐ出発だ」


 ミリーが頭を俺の胸元にグリグリと押し付けてきた。まだ終わってなかったらしいので、再び肩を抱いて頭を撫でる。


「次に会えるのは、どれくらい先になるのかな。一年かな……二年かな……」

「どうだろうな」


 ミリーがあまりにも悲しそうな声で言うものだから、こっちまで悲しい気分になってきた。もうあいつら来なければいいのに。


「ねえ、ゲルド君……」

「ん? んん?」


 俺の胸元に顔を埋めていたミリーは、そこから瞳を潤ませて俺を見上げている。これは……何だか急に淫靡な雰囲気が漂ってきた気がする。いや、いくらなんでも……さすがに今ここでというのは……。


「ゲルド君……」

「……」


 しかしベッドに並んで座っているこの状況。おまけに何故かミリーの手足には怪しげな革の拘束具が装着されている。とてもインモラルでエッチな装いだ。そして……あいつらがここに突入するまであと二時間。何がとは言わんがちょうど良い時間だ。

 ……そうだ、そもそもサキュバスの誘惑に男である俺が抗えた試しも無かった。再会した日に先送りをしてしまった結果、うやむやのままズルズル関係を持つというとんでもない事になってしまっている。現状がそんな有様なのだから、いっそのこと吹っ切れて景気付けに荒々しい雄としての野生を解き放って―――足音?


「え? は?」

「ゲルド君? どうしたの……って、まさか、もう?」

「ば、馬鹿な。なんでこんなときに限って……」


 足音はきっちり三人分。カンカンカンと、穴の所に据え付けられた取っ手を降りる音が響いてくる。

 前回より遥かに早くやってきたのは、殴って昏倒させたのではなく昏睡の粉を使った影響か、あるいは靴を落とす位置が良すぎたか。いずれにせよこれは想定外だ。


「ゲルド君、私、これ」

「へ? あ、拘束……!」


 ミリーはすっかり発情したメスの顔になっているし、このまま突入されてはテメーら一体ナニしてやがったんだという話になる。ミリーと一緒にすんなり旅立ってもらうためにも、ここで余計なNTR展開を披露するわけにはいかない。ミリーが追放されるだけならまだしも、NTR耐性次第では主人公の心が折れてしまう可能性すらある。


「ミリー、ベッドに転がってくれ! 仰向けで!」

「う、うん」

「それでこれを……くそっ、なんだこのややこしい構造は……!」


 拘束具を大急ぎでベッドに取り付けるが、金具の構造がややこしくてモタついてしまう。急がないと……!


「ミリー! ここか!?」

「……ッ! やっぱり、さっきの男……!」


 扉を勢いよく開けてハーレムパーティーが突入してきた。そしてなんとか拘束は間一髪間に合った……間に合ったが……えーと、何だっけ。段取りを全部忘れてしまった……!

 連中はベッドに拘束されているミリーと、拘束するためにベッドに乗っている俺、という光景を見て瞬時に何かを察したらしい。ハーレム野郎がいきり立って俺に向かって駆け出してきた。


「ミリーに何をして―――ッ!? くそっ」


 その足元に向けて咄嗟に火の魔法を放って足止めする。……なんかこんな事を前にもやった気がする。っと、そうだ。前にやった事を他にも思い出したぞ。


「(ミリー、助けてーって言ってくれ)」

「(え? あっ、そうだったね)た、助けてーっ」

「(ちょ、なんでそんな色気のある声で……!)」

「(だ、だって……ゲルド君が……)」

「(俺のせいなのか!?)」


 つい先ほどまで発情していたのを引き摺っているのか、ミリーの声が妙に艶っぽくなってしまっている。大丈夫なのかこれ。


「ミリー! 今助けるからな!」

「さっきは不意打ちなんて卑怯な真似をしてくれたけど、今度はもう油断しないよ」


 大丈夫そうか? ならば……そうだ、まずは悪役アピールからだ。これが基本中の基本。


「クックックックッ……良いところで邪魔が入ってしまったなあ。あと少しだったんだが」


 本当に良いところで邪魔が入った。ただ三十分後ぐらいに突入されていたら別の意味で酷いことになっていただろう。むしろ邪魔してくれて助かったのかもしれない。


「くそっ、ミリーに何をしようとしていた!?」

「クックックッ……さあーて、何だろうなあ?」


 そうそう、この感じだ。ノってきたぞ。懐かしい悪役ムーブだ。


「ふざけやがって! ただで済むと思うなよ!」

「最低の男ね……! ボコボコにしてやるわ!」

「そうだね。少しばかり痛い目を見せてあげる必要がありそうだ」


 おーおー。連中はもう随分トサカに来ている。あとはここから確か……そうだ、剣を構えてバトル展開に持ち込むんだ。……それで、剣はどこだ? 俺の剣はどこにある?


「クックックッ……」


 とにかく笑って時間を稼ぎ、目だけを動かして必死で剣を探す。

 間違いなく持ってきてはいるはずなんだが……あった。入口のすぐ隣に立てかけてある。つまりあいつらのすぐ隣だ。あんな所にあるんじゃ取りに行けるわけがない。どうすればいいんだこれは。

 二時間後に来ると見込んでいたのに、十分ぐらいで来てしまったせいで準備が全くできていない。まさか剣が手元にないまま突入されてしまうとは。というか今回は怪しげな儀式をする悪い魔法使いになるつもりだったのに、魔法陣を描く前に突入されたせいで結局またレイプ目的でミリーを誘拐したゴミクズ性犯罪者になってしまった……!


「よし、メリッサ、シズラ。行くぞ!」

「ええ! 私の魔法で焼き殺してあげるわ!」

「ああ! 私の斧で一刀両断にしてみせる!」


 なんかすごい物騒な事を言いながら距離を詰めてくる。こいつらに世界を任せていいんだろうか。

 やたらと好戦的なのは、前回と違って腹パンKOされていないから俺が弱いと思っているのか。俺が言うのもなんだがクソみたいな奴らだ。


「いや、それでこそ主人公とその一味か」


 RPGの主人公なんて大概がカスだ。そこら中から平気で物を盗んでいくし、基本戦術は寄って集ってボコる事だ。まともな人間性など期待する方が間違っている。相手が一人だろうが丸腰だろうがお構いなし。まさしくゲームの主人公。


「クックックッ、上等だ。かかってこい!」


 三人まとめてボコボコにしてやるわ! 俺を舐めた事を後悔……あっ、駄目だ。俺がボコられなきゃ駄目なんだった。

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