第48話

「あわわわ。うわっ、危ない」


 力任せに振り下ろされた斧をさっと躱す。別に当たっても大したダメージは無いのだが、とにかく見た目が凶悪で恐い。


「ひええぇ」


 次は剣の攻撃だ。あんな刃物を人に向けて振り回すなんて頭がおかしいんじゃないのか。


「おのれ、ちょこまかと!」


 斧を持った女、シズラがどこかのボスみたいな事を言って苛立っている。しかしそんな事を言われても、こちらとしては丸腰な以上なんとか躱すしかない。

 とにかく武器が無いのが悪い。思えば俺の格闘は基本的にモンスター相手に磨いたもので、武器を持った相手との戦闘は全く想定していない。武器を持った状態で蹴りを使うことはあっても、あくまでもあれは補助。丸腰で刃物を持った相手に立ち向かうのは、もうなんか本能的に駄目だ。

 相手の刃物による攻撃を、素手でどう捌けばいいのかさっぱりわからない。とにかくこれに尽きる。

 真剣白羽取りは一応このくらいの相手ならできそうではあるが、当然そんな事をしている間は隙だらけになる。やはり剣で相手の攻撃を弾かないと、数を恃みにして次々と攻撃されてしまうのだ。


「これでも……くらえっ!」

「はわわわわ」

「くそっ、こいつ! なんてすばしっこいんだ」


 こちらから殴って良いならもう終わっているところだが、今回俺はボコられなければならない。今の状況で手加減など上手くできる自信が無いから殴れないし、攻撃を捌くことも難しい。そして丸腰で斬りかかられるのは初の体験でシンプルに恐い。おまけにエロいムードから急にこんな状況に放り込まれたことで、頭の中はもう完全に真っ白。はっきり言って、とても困っていた。


「二人とも、下がって! はあぁぁぁ……『ムル』!」


 出たな馬鹿魔法使いめ。今回も後ろに本棚があるのに火の魔法を放り込んできやがった。


「キエェェェイ!」


 しかし魔法ならいくら殴っても問題無い。この程度のしょぼい魔法ならワンパンで十分だぜ。


「隙あり! だあああっ!」

「いてっ」


 やっと攻撃できて気持ち良くなっている隙に攻撃を受けてしまった。なんて卑怯な……!


「チャンスだ! 行くぞ!」

「ああ! これで決める!」

「あだっ、いたた。ちょ、待……!」


 なんかうっかり袋叩きにされてしまっている。このままでは……いや、もういいのか。今さら白熱した勝負など演出できるわけもないし、このまま負けてしまおう。


「ぐわーっ」


 前回と同様にビヨーンとキッチンの方にジャンプして……あれ、鍵が無い。どこだ―――ああっ、着地してしまった。もう駄目だ、気絶したフリをしないと。


「よし! 大丈夫か、ミリー!」

「ミリー、変なことされてない!?」

「とりあえず着衣に乱れは無し、と。……おや、この鍵は」


 ああそうだ、鍵はベッドの上に置いたままだった。しかしいくらなんでもグダグダ過ぎる……。


「えっと、ありがとう、みんな。た、助かったよ」

「ああ、間に合って良かった。あと少しでも遅れてたら……!」

「ミリーが機転を利かせて靴を落としたのが良かったね。あれのおかげで迷わなかった」

「う、うん」

「全く、朝から大騒ぎだったわね。……それにしてもこの部屋、一体何なのかしら」

「言われてみれば、この辺りから何か魔法の―――うわっ、な、何だ!?」


 お、よし。主人公が壁に近付かない場合はミリーが押し込む手筈となっていたが、どうやら勝手に封印を解いてくれたようだ。あいつはあそこに導かれる運命なのかもしれない。


「ちょっとハルト、何をしたんだい君は」

「俺は何も、ただ近付いただけで」

「これは、扉? 隠し扉なの?」

「なかにはなにがあるんだろうね。きになるなー」


 ミリーはもう余計な事を言わなくていい。なんだその棒読みは……!


「確かに……お宝が眠ってるかもな」

「そうだね。何もないってことはないだろうさ」

「ちょ、ちょっと……! あの変態を置いて行っていいの?」

「あ、じゃあ私が見張ってるよ」

「あんた攫われたばっかりで何言ってんのよ。私も残るから」

「よし、じゃあさっさと行ってすぐ戻ってくるからな」


 ありゃ。残る役が前回と変わったようだ。別にどうでもいいが……いや、金髪ツインテは危なっかしいから嫌だな。

 それで確かここから前回は、残った一人を気絶させてミリーと話をして、それから思わせぶりな事を言う謎の男ムーブをかまして逃げたんだったか。

 ……今回はどうだろう。俺はどういうわけかみっともなく逃げ回った挙句に捕まってボコられた、情けないクソ雑魚野郎になってしまっている。そんな奴が急に強キャラ感を出すのは無理があるし、別にミリーに話しておくこともない。もうこのまま逃げてしまうか。……いや駄目だ、このままだと事件を学校や官憲に訴えられてしまう。ちゃんと圧力をかけておかないといけない。


「やれやれ……」


 少し離れた場所にいるミリーとメリッサに聞こえるように呟きながらゆっくりと立ち上がる。全く、急に来られたせいでプランが滅茶苦茶になってしまった。


「ん? あっ、あんた! もう目が覚めたのね!」


 メリッサはそう言って杖を構えてこちらに向き直る。さほど警戒した素振りもなく、完全に舐め腐った対応だ。


「なんだ? また丸腰の俺を相手に寄って集って袋叩きにするつもりか? なんて卑怯な」

「はあ!? ミリーを攫って乱暴しようとした奴がよく言えたわね!」

「ほう? そんな事があったのか?」

「はああ!? な、何言ってんのよあんた!」


 俺の無茶苦茶なしらばっくれ方にメリッサは困惑を露わにしている。ミリーも困惑を露わにしている。


「俺はそんな事をした覚えは無いからなあ。そうだろ、ミリー」

「え、あ、うん。えっと」

「クククク……ミリーはちゃんと理解しているようだな。明確な被害の証拠も無しにワスレーン家には逆らえまい」


 ミリーは打ち合わせに無い会話にただ狼狽しているだけだろうが、ここはとにかくそういう事にしておく。


「ワ、ワスレーンですって? ミリー、あんな奴の脅しに……!」

「あっ、その、私……」

「クックックッ……そうミリーを責めてやるな。お前たちやその家族を守るためでもあるんだからな。健気なことだ……クックックッ」

「なっ!? さ、最低……!」


 うわあ、すごい目で睨まれている。視線だけで射殺されてしまいそうだ。恐いのでとっとと退散するとしよう。


「しかし……フン、興が削がれたな。ミリーも……悪くない見た目をしていたから遊んでやろうと思ったが、その興味も失せたわ」


 興が削がれたとか言う人生になるとは思いもしなかった。

 そんな事を考えながら地下室から出て行く。剣も忘れないように回収だ。


「ちょっと、どこに行くつもりよ! 逃がさないんだから!」

「なんだ、俺をこんな所に監禁するつもりか? 貴族相手にそれはさすがに洒落にならんぞ」

「んなっ!? こ、この……!」


 俺を逃がすまいと向けられた杖が力なく降ろされる。どうやら立場の違いを理解してくれたようだ。あとはミリーが上手くやってくれるだろう……多分。


「ではな。今日ここでは何も無かった。そうしておくのがお互いの為ということだ」


 微妙に情けない捨て台詞を残してその場をあとにする。これで一番の山場は乗り越えたから、あとは襲撃が来たらいよいよミリーとお別れだ。

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