第49話

「悪くない見た目をしていたから遊んでやろうと思ったが、その興味も失せたわ。って」

「いや、あれはほら、そういう演技で」

「ゲルド君、ひどい」

「違うんだって。ああやってもうミリーに手出ししないってアピールしとかないと……」


 拉致事件から二日経った月曜日の放課後。俺は寮の自室で襲撃事件へ向けたミリーとの最終打ち合わせに臨んでいた。しかし何か全然違う話になっているので、なんとか軌道修正しないといけない。


「それよりほら、あいつらはどうなった? ちゃんと宝石はかっぱらってきてたか?」


 ミリーはどうせまた裁判を開廷して俺に有罪判決を下し、抱きしめて慰めろと罰を下す腹積もりだったに違いない。今日は放課後の時間が短いので、この流れに乗っかってしまうと肝心の話ができないまま門限の時間になるだろう。ここは断腸の思いでインチキ裁判をキャンセルする。


「うん。デザロアさんの残留思念とも話してたよ。でもまだいきなり世界を救えって言われても……って感じかな」


 ミリーは不承不承といった態ではあるが、さすがにこれは大事な話なので本題に入ってくれた。なんだか最近はよく駄々を捏ねるようになってきたが、基本的には真面目な子なのだ。


「それで襲撃があって、旅に出る決意をするんだっけか」

「前はそうだったね。私は行かなかったけど」


 自分の通う学園がモンスターの脅威に晒されたことで、危機感と使命感を抱いて世界を救う旅に出る、と。ちょっと流れが強引な気もするが、古いRPGのシナリオなら大雑把なものも多いはずだ。きっとデザロア師に上手いこと唆されてあっさりその気になるんだろう。


「俺についてはどうだ? 今のところ特に動きは無いようだが」

「どうせ次に何かしてきてもまたやっつけるだけだから放っておこうって」

「……むむむ」


 どうやらこの俺はすんごい舐められてるらしい。やっぱそれぞれ一発ずつぐらいはぶん殴っておくべきだったかもしれない。


「そうだ、あれは何だったの? 今度はどうするんだろうって思ってたら、ひえーとかはわわーとか言って逃げてばっかりだったでしょ」

「あれは剣が手元に無かったからな」


 そう言うとミリーは若干呆れたような目を向けてくる。しかしこれは俺のミスかというと微妙なところだ。


「そっかー……。ゲルド君のかっこいいところ見たかったんだけどな」


 そんな期待をしていたなら、あの無様な姿にはさぞ落胆したことだろう。ただ、戦っていた相手はこれから旅をする仲間なんだが、そこら辺はどうなんだろう。ミリーがあいつらと上手くやっていけるのか心配になってきた。


「それは悪かったな。俺はミリーをいじめた犯人として、ミリーを慰める刑に服していたから準備ができなかったんだ」

「……そっ、そうだったかな?」


 準備不足の原因が己にあると思い出したのだろう。ミリーはバツが悪そうにぷいっと顔を背けてしまった。なんというか、どんどんいい性格になってきている。出会った頃の純真無垢なミリーはもういないようだ。

 必要な事を話し終えた後は、特に何をするわけでもなくまったりと過ごし、あっという間に門限の時間が近くなる。ミリーが帰る素振りを見せないので不本意ながら俺が促さないといけない。


「ミリー、そろそろ」

「んー」


 帰らないといけないことはミリーも理解しているはずだが、生返事をするだけで動こうとしない。ついさっきまでニコニコと笑いながら話していたのに、急にむっつり押し黙ってしまった。


「ほら、もうすぐ門限だぞ」

「……やだ」


 座り込んで動かないミリーの脇の下に手を差し込み、持ち上げて強引に立たせてみる。しかしそのまましがみ付いてきて離れなくなってしまった。完全に駄々っ子だ。


「どうしたんだ一体」

「だって、もうすぐだし」

「むむ……」


 明後日にはモンスターの襲撃が来て、そこから数日後に旅立ちとなる。つまり、こうして二人で会える機会はもう数えるほどしか残っていない。その残り少ない時間を少しでも引き延ばそうとしているのだとしたら、こんなに可愛い駄々は無いだろう。なんだか俺も帰したくなくなってきた。

 というかどうせもうすぐ学園を辞めることになるんだし、門限ぐらい破ったってどうってことないのではないか。いっその事このままここに泊まってしまえばいい。そうすべきだ。


「……はぁ。ごめんね、我儘ばっかり言っちゃって」

「え? あ、いや、別に我儘ってことは」


 しかし俺の気持ちとは裏腹に、ミリーは少し満足したような表情になって俺から離れてしまった。もしかして俺がシノをハグしてシノ残量をチャージしたのと同じような何かしらの補給作業が行われていて、それが完了してしまったのか。


「嫌だけどもう戻らないとね」

「……いや、別に戻らなくてもいいんじゃないか? ほんの半日ぐらい門限を破ったって」


 ついさっきと立場がまるっきり逆になっている。ミリーはこうして俺をその気にさせた瞬間にハシゴを外すことが多い気がする。小悪魔に弄ばれている気分だ。


「………………だめ。私が戻らないと探されちゃうから」


 俺の提案にミリーは難しい顔をしてじっくり考え込んだが、残念ながら出てきた結論は拒否だった。

 しかし言われてみればその通りだ。ミリーが門限までに戻らないと、あの金髪ツインテが騒ぎ出して捜索が始まるだろう。そして何か事件が起きたと考えた場合、容疑者候補として真っ先に名が挙がるのはこの俺に違いない。その際に以前の拉致事件の情報も拡散され、確実にこの部屋に踏み込まれることになる。完全にアウトだ。


「……だな。じゃ、はい」

「うん」


 窓を開けてミリーを抱え、そのまま外に飛び降りる。

 ミリーを連れて寮の中を通れば非常に面倒なことになるため、出入りはこうして窓から寮の裏手へというルートを採用している。そのまま寮の近くを歩いていけば、一階の窓より下を通れるため中の連中に見つかることもない。あとはそのまま教師用の寮の裏手を通って行けば、女子寮はすぐそこだ。


「ゲルド君……やっぱり、やだ……っ」

「ミリー……」


 別れ際、目に涙を湛えたミリーがまたしがみついてくる。まるで今生の別れのようなワンシーンだが、旅立ちの日まではあと一週間程度はある。その間は恐らく毎日会うことになるだろう。

 まだ見ぬミリーのお父さん、お母さん。あなた方の娘さんは変な子になっちゃいました。でも決して私のせいというわけではなく、遺伝が原因なのだと思います。

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