第50話
水曜日の昼休み。前回モンスターの襲撃があったタイミングで、前回と同じように屋根の上でぼんやり北の空を眺めていると、これまた前回と同じようにモンスターの群れが飛んでくるのが見えた。
あの隠し部屋に入ったのは前回より二時間ほど早かったはずだが、別にこの襲撃が二時間早まったりはしないらしい。
そしてミリーは今日、常にハーレム野郎の近くにいる手筈になっているので、前回のように一人でモンスターに囲まれることもない。
それなら見物と洒落込みたいところではあるが、それはもう前回やったのであんまり興味も無い。
とくればやるべきことは―――そう、何も無い。
「…………ふぁ」
何となくあのボスの鳥人間がいる方だけを意識してはいるが、それ以外は本当に何もせずただ屋根の上でぼーっと過ごすだけ。本来この場にいないはずのキャラクターとしては正しい在り方のはずだ。
時折飛んでくるモンスターを格闘スキル『鉄斬掌』で切り払う程度はするが、ぽかぽかとした日差しを浴びて何もしないでいると、さすがに眠気に抗えなくなってくる。
「いっそ寮に帰って……いや、さすがにそれは」
たしか前回はここで剣を確保しに寮へ向かったはずだが、あそこはどうせ荒されないことがわかっているので放置してある。今回の寮へ向かうという案は、ただ寝床を求めてのものだ。しかしミリーが一生懸命戦っているであろう状況で、部屋に戻ってスヤスヤとベッドで眠ってしまうのはいかがなものだろう。
どうせ今はほぼ原作通りの状況なはずなのだから、俺がしゃしゃり出なくても上手くいくとは思っている。思ってはいるがしかし……もし俺が暢気に寝ていたことがミリーにバレたらどんな罰が課せられるのか想像も……いや、大体想像はつくが……とにかくよくないことだ。
「うーむ…………あっ」
ずっと意識の片隅でマークしていたボスがすごい速さで動いている。これはただの移動ではなく戦闘しているのだろう。相手は恐らくミリー含むハーレムパーティーだ。
これはさすがに見に行っておいた方がいいと判断し、良い感じに見える場所まで屋根の上を歩く。そして地上を見下ろすと―――ハーレムパーティーがボコボコにされていた。
「……そりゃそうなるわな」
あの鳥人間はそこそこ強い。少なくともハーレムパーティーのレベルが今の倍程度に上がってから戦う相手のはずだ。ミリーだけはレベルの引継ぎもあってなんとか鳥人間の高速移動にも対応しているが、他の三人は為すがまま蹂躙されている。
「……おっ、よしっ! いいぞいいぞ、それだ。効いてる効いてる。その調子だ、頑張れ鳥人間!」
手に汗握りながら四対一で戦う鳥人間を応援する。あのいけ好かない色ボケ集団をボコボコにしてやってくれ。ただし最も色ボケしてそうなミリーだけは許してやってほしい。
「む、来るか? 来るか? ……決まったァ! ナイスだ鳥人間!」
風の力を纏った鳥人間の突進を受けてハーレム野郎がぶっ飛ばされた。これはもう致命傷に近いはずだ。
「ん? ……あれ? これ駄目なんじゃね」
追い詰められたら良い感じの何かが起きて解決すると思っていたが、このままだと主人公が死亡して原作の流れから外れてしまう。
この戦いが負けイベントで、良い感じにボコられたらボスが去って行くというパターンもRPGにはありがちだが、あのボスは前回やたらと必死で戦っていたし、何よりミリーをどうにかしようと強い執着を見せていた。仮に負けイベントだとしてもミリーが無事に済むという展開にはならないはずだ。
このままミリーに何らかの被害があるのが原作の正しい流れなのだとしたら、俺は一切の躊躇なく原作ブレイクに踏み切る所存だ。旅にもこっそり付いて行って、ミリーに危険が迫る度に颯爽と現れて助けていく謎のお助け仮面にでもなってやる。
ただ、それをやってしまうと、まずクリアはできなくなるだろうという確信があった。
俺に助けられてスムーズに攻略を進めていくと、いずれどこかで詰まる時が来る。自らのピンチを自らの力で切り抜けられないようでは、後半のボス戦では完全にお荷物になっているはずだ。それでもなお俺が頑張ってどうにかするとしても、そのやり方では最終的にラスボスと実質タイマンを張る羽目になってしまう。間違いなく勝てない。
俺が豪傑先生にされたように、模擬戦で無理矢理レベル上げと経験を積ませる地獄の特訓を全員につけてやるという手も残されてはいるが、あの我の強そうな連中が唯々諾々と従うとは到底思えないし、仮に従っても耐えられるとは限らない。
奇跡的にそれらのハードルを乗り越えたとしても、そんな気の遠くなるような苦行の末に「ダンジョンのギミックで詰まって攻略が間に合いませんでした。さあ次の周も頑張りましょう」などという展開になったら俺はループと自殺を繰り返す壊れた人形のようになってしまうだろう。やはり極力手は出したくない。
そうやって内心で葛藤していると、いよいよハーレム野郎の命が風前の灯火となっていた。鳥人間が倒れるハーレム野郎の傍に立ち、大きく手を振りかぶってトドメを刺す構えを取っている。どうやら目的のミリーをどうにかするよりも、まずは邪魔な連中を一人ずつ始末していく方針らしい。
このまま殺されたらさすがに介入してミリーを助け、どこかで三年間のんびり暮らそう……そんな覚悟を決めたその瞬間、必死で鳥人間に魔法を撃ち続けていた金髪ツインテの胸元から赤い光が眩く溢れ出した。
「あー……そういう……」
光が収まると、金髪ツインテの背後に小汚いローブを纏った半透明の爺さんが浮かんでいた。十中八九あれがデザロア師だろう。
デザロア師は手に持った薄汚い杖を鳥人間に向けると、見たことも無いよくわからん魔法を発射し鳥人間を飛び退かせる。鳥人間はその一発で幽霊ジジイが脅威と判断したのか一旦空中に逃れるが、そこへまた『ムル』とよく似た、恐らく上位の火の魔法が高速で迫る。
「うっわ……」
魔法を躱しきれず直撃し、丸焼きになった鳥人間は地面に墜落する。それと同時にデザロア師は薄くなって消えてしまったが、ハーレム野郎は既にミリーに治療されてピンピンしている。
フルメンバーのハーレムパーティーと、黒コゲになった鳥人間。ゲーム的にはここからが本当のボス戦ということなのだろう。
ハーレムパーティーの戦闘は相変わらず稚拙なものだったが、巨大な翼を燃やされて機動力を失った鳥人間は、もはやそこらの雑魚が少しタフになっただけのモンスターだ。
それでもなお粘った鳥人間の根性は見上げたものだが、さすがに多勢に無勢。数を恃みに囲んでボコられた鳥人間は煙となって消えてしまった。
「……なるほどなあ」
実に都合良くできている。やはり手を出さない方針が正しいようだ。
あとはのんびり待っていれば勝手にクリアしてくれる。そんな確信を得て寮に戻った。
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