第43話

 長い夏休みが終わり、別に待ちに待ったわけでもない授業が再開された。

 実に二ヶ月半振りの登校となるわけだが、学園の中はこれといって様変わりしているとは言い難い。寮から見ていた限りでも、大規模な工事をしている様子は無かった。


 これでは防衛や警戒の体制が盤石のものになったとは言い難いだろう。よく現状でゴーサインが出たものだと思ってしまう。

 となればこれは原因が判明し、それの対処が済んでいるから、ということかもしれない。

 原因があの赤い宝石か、その封印を解いたハーレム野郎だった場合、そのいずれも学園からいなくなったことで憂いが無くなった。そういう事なのだろうか。


「おはよう、ゲルド君っ」

「おー……」

「あれ、なんか元気無い?」

「あー……休みボケかな」


 あれこれと次周への準備をしつつも、なんだかんだ今回で終わるんじゃないかと期待していた。俺のやるべき事はやったんだから後は主人公がどうにかしてくれるだろう、と。

 確率で言えば、希望的観測も込みで七割程度はゲームクリアでループが終わる。そんな風に考えていた。

 それがミリーを置いて行ったと知った時点で四割、好感度不足の可能性に気付いてからは二割といった具合にどんどんと下降していった。

 あくまでもこれは何の根拠も無い俺の勘のようなものだが、とにかく俺は今八割程度の確率でこの周が失敗に終わると考えている。


「二ヶ月半もあったもんねー。でも今日から切り替えていかないと」

「うー……」


 机に突っ伏して唸るだけのゾンビと化した俺を、ミリーがその聖なる癒しのオーラで生者に戻そうと試みている。以前の俺なら一言話しかけられた時点で元気モリモリのタフガイとなっていただろうが、今の俺にとってはこのミリーの存在こそが何よりも辛かった。

 人とは出会いと別れを繰り返して生きていくのが必定なのだから、別れ自体は悲しくはあるものの何とか受け入れて飲み込むことはできる。ただ、剣術部の連中とは違ってミリーとはその次の周でも必ず接触することになる。俺のことを何も知らず何とも思っていないミリーと。


「ぬあー……」

「重症だねー」


 特にあの地下室へ監禁するときのことを考えると今から憂鬱だった。

 今回のように友人になっていると、騙されていたショックで泣く。かといって見知らぬ男に拉致監禁されるのもそれはそれで酷だろう。そのとき感じる恐怖はどれほどのものになるだろうか。どうにかして二時間眠らせ続ける方法を今から探しておくべきかもしれない。



「んー、じゃあここを……出席番号七番のゲルド」

「えーと、そうですね……多分五かと」

「ご?」

「ええ、五です。……いや、六かな」

「……じゃあ八番のサニムラはどうだー?」

「はい、循環理論です」

「そう、循環理論だ。それでこの理論をもって―――」

「…………」



「うおおぉぉぉぉ! 出でよ、何らかの形をした魔法よ! 鳥とか龍とか、何でもいいから出でよ!」

「ゲルド君、もっと具体的にイメージしないと! あやふや過ぎるよ!」

「え、具体的? えーと、じゃあ……えー、あっ……ぐわああぁぁぁぁ!」

「ゲルド君!?」



 駄目だと思ってはいても、まだ可能性がゼロになったわけじゃない。そう信じて学業に励みつつ時を待つ。

 ミリーとも今さらながら距離を置こうともしたが、ミリーの方から近づいてくるのではどうにもならない。一度クール気取りの冷淡野郎になってみたときのミリーの悲しそうな顔を見てしまっては、リセットを覚悟しながらも交友を続けていく他なかった。

 二年目の秋にミリーと南の森に出掛けている際、それなりの強さのモンスターから襲撃を受けたときはいよいよ物語が動くのかと期待したが、それ以降は何の音沙汰も無し。

 三年目に入る頃にはミリーが途中加入するというルートももはや絶望的となり、あとはパーティーメンバーが一人欠けていてもラスボスを倒してくれるという線だけが唯一の希望だった。




「ゲルド君……」

「…………」


 王都がモンスターの大群に襲い掛かられている。今はまだ分厚い城壁が阻んでいるが、そう長くは持ち堪えられないだろう。

 モンスターの姿こそ見えないものの、壁の向こうで激しい戦闘が繰り広げられていることはわかる。


「やっぱ駄目だったかー……あいつら、失敗しやがったな」

「あいつらって、ハルト君たちのこと?」

「そうそう。世界は救えなかったらしい」

「そっか……」


 むしろ今回は救うどころか悪化していると言っていいだろう。今までは王都まで攻撃されることはなかった。攻勢が一週間以上早まっている。


「ねえゲルド君」

「ん?」

「ゲルド君はこうなるって知ってたの?」

「……まあな。もう何回も見てきた」


 寮の自室から外を眺める。卒業して以降この部屋の明け渡しを勧告されていたものの、どうせすぐリセットするのだからと無視し続けて今に至る。せっかくなら愛着の沸いたこの部屋で終わりたかった。


「見てきたって?」

「んー……まあどうせ今日で終わりだしいいか。実はな、三年前から今日までを何回も繰り返してるんだよ、俺は」

「……そっか、それでかぁ」

「随分あっさり納得するんだな」

「ゲルド君、ここ一年ぐらいずっと辛そうだったし。最近は私のことも避けてたでしょ」

「まあ、そうだな」

「それに同い年とは思えないほど強過ぎるし。私が卒業してからのことを相談してもすっごく適当だったし」

「どうせ意味無いからな」

「ワスレーンが大変な事になったって聞いても反応が薄かったし。私が告白しようとしたら逃げるし」


 そう、そうなのだ。ミリーは最近そういう雰囲気を醸し出しており、改まった話をしようとしたり良い感じのムードになったときは尻尾を巻いて逃げ出していた。なんかあっさり言われてしまったが、やはりそういう事だったようだ。


「いや、結構きついんだよ。どうせリセットされるのに付き合うってのは。三年前に戻ったときの喪失感がな」

「……ねえ、それって私かな? 私と付き合ったことあるの?」

「え、あ、いや……まあ、その、なんだ」

「違う人なんだ。ふーん」

「いや、ミリーと会うのは今回が初めてだったし」

「ふーん。ふーん?」


 ミリーが唇を尖らせて拗ねている。とんでもない可愛さだ。


「そうだ。次のミリーには謝れないから、今のミリーに謝っとくわ。あの地下室に誘拐するやつ」

「あ、またやるんだ」

「そうそう。次は何かの儀式みたいな事をするからな。魔法陣を書いてブツブツ呪文唱えとけば、なんとか二時間ぐらいは誤魔化せるだろ」

「えー、何それっ。……あれ、じゃあ次は色々教えてくれないの?」

「ああ。そもそも次は話すことも無いと思う。実習で出来損ないにもならないしな」

「そっか……っ」


  久しぶりにミリーを泣かせてしまった。けど今は抱きしめるのは違うような気がする。


「まだ……半信半疑、なんだけどね。三年前に戻るって言われても、そんな事あるはずないって」

「ま、それが普通の考え方だ」

「でもゲルド君の目が……もうさよならって言ってる。私とはもう関わらないって」

「多分そうしないとまたミリーが一人残りそうだからな。やっぱあいつらと一緒に行かないと駄目だったらしい」


 結局あそこがターニングポイントだった。俺がミリーの好感度を主人公から横取りしたのが間違いだった。


「ゲルド君。今までずっと守ってくれて、ありがとう。ずっと優しくしてくれてありがとう」

「お、おお……どうした、急に改まって」

「もう最後なら言っておかないとね。三年前に戻らなかったとしても、ゲルド君いなくなっちゃいそうだし」


 そう言いながらミリーは、涙を流しながらも力強い決意を感じさせる目で俺を真っ直ぐ見つめている。

 そのまま俺の首の後ろに両手を回し、俺の顔を引き寄せながら近寄ってくる。


「ずっと、好きでした。大好きでした。ゲルド君の―――」

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