第42話
「…………」
「どうしたの? ……あっ、一人でも大丈夫なんだよ。もう何回も行ってるし」
急に黙り込んでしまった俺を見てミリーは少し慌てた様子で弁解しているが、さすがに単独行動を心配しているわけではない。むしろ赤い球が浮いてるだけの平原で一人じゃない方が変だと思うぐらいだ。
「ミリーは一緒に行かなくてよかったのか? あいつらと一緒に」
「私が? うーん、誘われはしたけど……せっかく入学した学園を辞めるのはどうかなと思って」
……思ったより理由が軽い。これは行かない理由があったから行かなかったわけじゃなく、行く理由が無かったから行かなかったパターンか。
「そうか……」
「え、もしかして、私も行った方が良かった? あの、神託で」
「いや、ハルトだっけ? あいつが近い内に旅に出るだろうとはわかってたけど、誰が一緒に行くかまでは……。ただあの四人全員で行くものだと俺が思い込んでただけで」
あまりミリーを責めるようなことは言いたくなかったので濁したが、当然一緒に行った方が良いに決まっている。
ただ、一応シナリオの流れとしてはこれが原作通りという可能性もまだ消えたわけではない。
まず本命はミリーが後から合流するパターン。六月の時点であのパーティーの中では頭一つ抜けていたように思えるし、一旦戻ってきたパーティーに改めて加入、という線は無くはない。
そして対抗はミリーがこの場にいることがそもそもおかしいパターンだ。あの囲まれているときに本来は死亡、あるいは誘拐でもされるのだとしたら、あいつらが三人で出発するのは原作通りということになる。この場合死亡の可能性は低いだろうが、誘拐ならまだありそうな流れだ。攫われたヒロインを助けるために主人公が冒険に出発、なんてのはまさしく王道のシナリオだろう。ただ今回はここで平和に暮らしているので、何の為にどこへ行ったのか全く意味がわからなくなるが。
「というかそもそもあいつらはどこに何しに行ったんだ?」
わからないことは知ってる人に聞くのが一番手っ取り早い。
「なんか……世界を救いに行くんだって」
「世界を」
急に何を言い出すのかと思えば、どうもあの地下室はこの学園の創始者デザロア師の部屋だったらしく、その残留思念のような何かに導かれて旅に出たとのことだった。あの扉を開けたハルトには、かつて世界を救った伝説の英雄の血が宿っているとか何とか。
「ほほー、あいつがそんな凄い奴だったとはなあ」
ほほーなどと言っているものの、当然これぐらいは想定の範囲内だ。やはり主人公は血筋からして違うもの、というのが定番だ。
「凄いよね。それに神託の通りだったよ」
「あー、何だっけ。何かの危機を救うとかだっけ」
「なんでゲルド君がうろ覚えなの……」
しかしこうなってくると、いよいよミリーが学園に残っている意味がわからない。世界を救うなんて話になれば私も頑張るよなどと言い出しそうなものだ。
ただ、あまりにもスケールが大き過ぎて尻込みした可能性もあるかもしれない。世界などと言われてもピンとは来ないだろうし、ミリーは先日モンスターの集団に殺されかかったところだ。自己評価が低いのも相まって、足手纏いになるとすら考えたかもしれない。
「と、あんまり足止めしちゃ悪いな。じゃあ、またな」
「あっ、う、うん……」
気付けば周りにいた集団はいつの間にかいなくなっていた。一人で行くと言っていたし、別に行動を共にする仲間というわけではなかったらしい。ただ出発のときだけ一旦集まる謎の集団だったようだ。
そして俺の自惚れでなければ、ミリーはどこか別れを惜しんでいるような、どこか寂し気のような、そんな様子に見える。ここで俺が同行を申し出れば、暇なはずの一日がミリーとのハイキングする一日になるんじゃないだろうか。
それじゃあ早速、といきたいところだが寸前で思い止まる。そっと空を見上げてみれば今日も快晴。朝も早い今だからこそギリギリ爽やかな良い天気と言えなくもないが、これが昼間になると灼熱の日差しが照り付ける地獄の天気と化す。いくらミリーと二人きりと言えど、さすがにこれはやめておいた方がいいのでは―――
「あっ、あのっ。ゲルド君」
「ん?」
「ゲルド君は今日どうするの?」
「俺は……朝は街を散策して見聞を広めて、昼からは部屋で思索に耽る予定だな」
「けんぶん……しさく……? あれ? 何もしないってこと?」
嫌な予感がして適当に煙に巻こうとしたが、あいにくと誤魔化されなかったらしい。暇だとバレてしまった。
「まあその辺りの感じ方は人それぞれだな。ただやはり将来の為政者として民の営みを―――」
「じゃ、じゃあさ。あの……あっ、ううん。ごめん、なんでもないっ」
なんだこれは、もしかして誘おうと思ったけど俺が乗り気じゃなさそうだから遠慮したのか。だとしたらなんといじらしくてなんと儚げでなんと華憐な……こんな娘を放ってはおけない。これがクレアならどうせ計算でやってんだろと思うところだが、ミリーにはそんな気配は微塵も感じない。さすが無自覚サキュバスだ。
「あー……そうだ、もし良かったら俺も一緒に行っていいか? どうせ暇だし」
「えっ!? う、うん! いいよ、一緒に行こっ!」
俺の言葉にまさしく花が咲いたような笑顔を浮かべるミリー。こんなに喜んでくれるなら行くことにして正解だった。よく考えたらどうせまだ時間が早過ぎてジェラートは売ってないし、散歩もこの辺りは全部網羅して飽きてきたところだった。
それにしても俺なんかと一緒でこんなに喜ぶことがあるだろうか。今もウキウキと弾むような足取りで街の外へ向かっているが……知らない間に随分と好感度が高くなったものだ。
「…………好感度?」
「ん? どうしたの?」
「いや? 楽しそうだと思ってな」
「えっ、そうかな? ……でも、うん。楽しいかも」
そりゃそうだろう。誰がどう見ても楽しそうにしか見えない。もちろん俺が一緒だからなどというわけではなく、一人で黙々と歩き続けるよりは誰かといた方が楽しいというだけのことかもしれないが……しかし好感度か。
ミリーの主人公に対する好感度はどんなものだろうか。俺の知る限りではただの幼馴染という主張にブレは無く、そこに嘘も無かったように思える。つまり、特に高くはない。
そして俺は……ミリーが主人公に対する好感度を上げる機会を、確実に一つは消し去っている。
原作でゲルドがミリーを誘拐する事件。それは当然ミリーの身に何かしらの危険が迫るものであっただろうし、そこに颯爽と現れて救い出すとなれば……一発で惚れるなどというチョロい展開は無いにしても、多少の好感、或いは恩などを抱くのは当然だろう。
俺はそれを、ただの茶番に変えてしまっている。
さらにそこから数日後のモンスターによる襲撃。どうもモンスターは明確にミリーを狙っていたようだし、原作でも似たような状況になっていた可能性もある。そうなると当然その場に颯爽と現れて救出するのは、物語の主人公であるあいつしかいない。今回はどこでどうボタンを掛け違えたのか、一向に現れる気配は無かったが……あそこで俺ではなく主人公が登場するのがストーリーとしては正しい形だ。
後者に関してはまずその状況が原作で起こるかどうかも不明だが、仮にこれがあるとした場合……ミリーの主人公に対する感情は原作と随分違ってしまっていることになる、かもしれない。
「それでね、この前モンスターを倒したら新しい魔法を覚えたんだよ。ほら、これ」
「お、氷か。これは良いな」
「でしょ? これがあるから頑張れてるんだよ私。ゲルド君も暑くなったら言ってね?」
話していてわかる。というか今さら気付いた。声色、表情、距離感、その全てが出会った当初とは違っている。俺に対する好感度はそこそこあると見ていいはずだ。
これがそっくりそのまま主人公に上乗せされていた場合……旅についていってたんじゃないだろうか。
もしそうだとしたら、この周は既に失敗しているということになる。
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