第41話

 結局二十分ほどしがみつかれていただろうか。ミリーはいつの間にか俺の胸の中ですぅすぅと眠ってしまっていた。

 急に体力の限界が来たのか泣き疲れたのか安心したのか、とにかく一度寝てしまえば大体解決するはずなのでこれで万事オーケーだ。


 さしもの俺もこんなときに「ゲッヘッヘ、俺の前で眠っちまうとは馬鹿な女だぜグヘヘヘ」とはならないので、普通にベッドに寝かせてただ見守っている。


 学園内の戦闘はミリーが眠ってから一時間ほどで完全に終了した。ただ関係者には被害確認などで寝る間も無いデスマーチが待っているだろう。

 生徒達は……とりあえず点呼を取るとして、その後はどうなるだろうか。襲撃された学園にある寮に帰宅、とはならないかもしれないが、かといって遠くからやってきている生徒は他に行く当てが無い。俺とミリーも点呼を受けに行った方が良いだろうが、それはミリーが目を覚ましてからで十分だろう。


「ゲルドくん」


 実習棟から出てきたらしい人の流れを窓からぼんやり眺めていると、後ろからぼんやりした可愛い声が聞こえてきた。


「起きたか」

「うん、おはよお……私、どれくらい寝てた?」

「二時間と少しぐらいだな。そんなに寝てない」

「そっかあ。……あっ、ゲルド君! モンスターは!」


 ミリーは寝る前の状況を思い出したのか、急に張り詰めた表情になる。珍しい寝起きのミリーがもう終わってしまった。


「もう戦闘は終わってるぞ。今は被害確認とかで慌ただしくしてるな」

「そうなんだ……。よかったぁ」


 寝起きに戻った……。

 その後ぽわぽわしたミリーとぽわぽわした会話を楽しんでいたのだが、さすがに十分も経つと意識は完全に覚醒してしまった。そうなると次はこれからどうするか、という話になる。


「ゲルド君はどうするの?」

「俺は一旦クラスに合流して生存報告かな」

「そっか、心配かけちゃうもんね」


 俺はともかくミリーはその通りだ。そろそろ顔を出しておかないと大規模な捜索隊が編成されるだろう。


「ミリーはどうする?」

「私?」

「部屋に帰って血を落としたりちゃんとした服に着替えたりとか。しなくていいのか?」

「んー、予備の制服も無いしこのままでいいかな。ゲルド君と一緒に行くよ」


 上半身は男女共用のデザインとはいえ明らかにぶかぶか、そして下半身はスカートではなく男用のズボン。割とアレな出で立ちだが特に気にしないらしい。

 寮を出て実習棟の方へと歩く間に周囲の様子を確認してみるが、校舎や施設等にはさほど破壊の跡は見受けられない。モンスターは死ねば煙のように消えるため、ついさっきまで戦場さながらだった場所とは思えないほど、いつも通りの学園といった様相だった。

 強いて言えばちらほらと血痕が残ってはいるものの、どれも致命傷となりそうな出血量には見えない。生徒も教師も強くはないが、襲撃してきたモンスターがとにかく弱かった。そんなところだろうか。


「これはしばらく休校だろうなあ」

「だよね。その間どうしようかな」

「実家に帰るか残ってダラダラするか……うーむ。ミリーはこの辺りでモンスターを狩るのもいいかもな」


 ミリーには卓越した魔法の技術があるし、恐らくレベルも二桁はある。しかしレベルはいくらあっても困る物ではないし、さっきのような事態がまた起きる可能性も十分あるため上げておいて損は無いだろう。王都周辺だと少々効率は悪いかもしれないが、遠出は大変だし危険も伴う。この辺りでちまちまレベル上げに勤しんでくれると、俺としても安心できるというものだ。


「うん、そうだよね。私ももっと強くならないと」


 ミリーは俺の提案を受けてふんすとやる気を見せている。可愛い。

 どうもこの世界の住人はレベルという概念を知らないものの、モンスターを倒せば強くなれるということは理解しているらしい。学園の生徒が土日に街の外へ出てモンスターを狩るのもそのためだ。


「あ、ハーレムパーティーだ。俺はここで消えるわ」

「え? でも……」


 実習棟の近くにいる大勢の生徒の中に、ノロマのハーレムパーティーを発見してしまった。連中がうっかり死んでいたらゲームオーバーとなるところだったので喜ばしいことだが、さりとて生き残ったことを讃え合うような仲でもない。ミリーは不満気だがここらでお別れだ。


「あいつらに見つかるとまた揉めるだろ。ミリーの服をボロボロにしてしまってなあ、仕方なく俺の服を着せてやってるんだ。クックックッ……とか言うぞ」

「言わなきゃいいでしょ! もう、ゲルド君はなんでそうやって……」

「そうだ、あいつらに今日どこで何をしてたかは聞いといてくれ。あとその制服はいらなくなったら適当に捨てていいから。じゃあな」

「……はーい。じゃあ、またね」


 ミリーと別れた俺は担任を見つけて生存を報告し、さっさと寮の自室へ戻る。今回は流れで大立ち回りを演じてうっかりボスまで倒してしまったが、本来はもう役目を終えたモブでしかない。主人公がラスボスを倒すその日までひたすらゴロゴロし続ける所存だ。


 後日、学園からは八月いっぱいまでの休校が発表された。

 今が六月の上旬で、仮に一ヶ月の休校とした場合はすぐに夏休み突入ということになる。それならいっそ夏休みと繋げてドカンと纏めて休校にしてしまえ、ということか。

 幸い男子寮も女子寮も被害は無かったようなので、希望する生徒は残ってもいいらしい。むさ苦しい衛兵が二十四時間体制で付近を徘徊するようになったので女子的には別の恐怖があるかもしれないが、とりあえずこれでモンスターの襲撃に怯える必要は無い。


 そんな状況で俺は寮に残ることを選択した。

 実家に帰ってシノにあれこれお世話されながらゴロゴロするという生活は魅力的だったが、やはり他のメイド達の視線が辛い。

 南の森に行くという案もあったが、今の俺にはあの環境は厳し過ぎる。屋根や、壁、そしてベッドのある暮らしにすっかり骨抜きにされてしまった。


 八月上旬のある日。

 二ヶ月間も何もしない生活を送っていた俺は、真夏の暑さもあって近頃は完全にダレていた。思えばこの世界に来て最初に直面した危機は、この何もやる事が無いときの退屈さだったような気がする。

 というわけで最近の俺は涼しい朝に王都をぶらり散歩、そして暑くなってきたら寮に引っ込んでゴロゴロする。そんな優雅な暮らしを営んでいる。

 今日も今日とて何をするでもなくぶらぶらしようと学園を出ると、ちょうどこれから街の外へと向かおうとする学生の一団と行き会った。このクソ暑い時期に街の外に出て、太陽がギラギラ照り付けるだだっ広い平原を長時間歩き通し、必死こいてみみっちい経験値を掻き集めんとする憐れな連中だ。

 レベル上げなどという作業を金輪際するつもりは無い俺は、彼らの横を優雅に通り過ぎてこれから広場に行ってジェラートでも―――


「あれ? ゲルド君?」


 俺を呼ぶ声に振り返ると、そこには水色の髪の天使がいた。


「やっぱりゲルド君だ! 久しぶりだねっ」

「お、おお……ミリーか」


 街の外に向かう一団の中にミリーもいたらしい、ということはこれからレベル上げに行くのだろう。この暑い時期でもめげる事なく、僅かな成果しか得られなくともコツコツ積み上げんとする飽くなき向上心。さすがミリーだ。


「ゲルド君も今日は外に……じゃないか」


 俺の服装は半袖半パンにサンダルと、およそ街の外で活動しようという出で立ちではない。まさに近所を散歩するための正装といった具合だ。


「ああ、ミリーは……あれ? いつものあいつらは一緒じゃないのか?」


 てっきりいつものハーテムパーティーで外に向かうのかと思いきや、俺の知ってる顔が一つも無い。


「最近は私一人で行ってるんだよ。ハルト君たちは学園を辞めてどこかに行っちゃったし」

「へー、学園辞めちゃったのか」


 ミリーは「一人でも平気なんだからね」とでも言いたげに胸を張って控え目にドヤ顔をしている。可愛い。

 しかしいつ冒険の旅に出るのかと思っていたが、このタイミングだったか。学園に籍も残さないということはもう戻ってくることも無いんだろう。あとはラスボスを倒すまでノンストップで……あれ?

 俺の目の前にいるのはミリーだ。ヒロインの一人のはずのミリーだ。二ヶ月振りに会ったが、相変わらず超絶可愛くて超絶エロい。間違いなくミリーだ。


 あいつらと一緒に旅に出ているはずのミリーが、何故か学園に残っている。

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