第5話
今日も今日とて剣を振る。
「ふっ、はっ、ほっ」
結局剣を振る以外にやることが見つからなかった俺は、朝から晩まで延々と素振りを続ける羽目になっている。
兄上から貰った剣では到底不可能なので、新たに用意してもらった片手用の軽い木剣を振り回し続ける毎日だ。
そしてメイドに関してだが、これはあの一件から三日後に進展があった。
空席となっていた俺のお付きのメイドが決まったのだ。いや、決まらなかったことが決まったというべきか。
特定の相手をずっと傍に侍らせているとまた強引に手を出してしまうんじゃないか、という懸念からか、或いは打診したメイド全員に断られでもしたのか。なんと日替わりで俺をお世話する係がやってくるようになった。
かなり権力が強そうなお貴族様とその使用人という関係性ならば、多少のおイタは許されるんじゃないのかとも思うんだが、これはCSで出している全年齢のゲーム故だろうか。その辺りは現代日本と変わらない倫理観があるようだ。
今日のお付きはエミ。二十歳前後の青髪のメイドだ。日本人っぽい名前で親近感が持てるのだが、彼女の方はというと俺にはそんな感情を一欠片も抱いていない様子だ。
今も俺が剣を振る様子を遠巻きに見守って……もとい、監視している。
「しっ、ふっ、はっ……は?」
あのお堅いメイドを笑わせる小粋なジョークを考えながら剣を振っていると、何かが変わった。俺の中の何かが明確に変わった。
「……何だ?」
試しにもう一度剣を振ってみると、心なしか剣筋が鋭くなったような気がする。力が強くなったという感じはしないが、剣を振るという動作がスムーズになったような……。
そしてもう一つ。全く意味がわからないが、俺は技を覚えた。剣の技だ。
どうも俺は『二連斬り』なる技を今覚えたらしい。
意味がわからないがとりあえず使ってみることにする。
「ふっ、はっ!」
袈裟斬りにした剣を瞬時に切り返して斬り上げる。これが二連斬りだ。今までの俺なら絶対にできないほどの鋭い剣捌きである。
「あー……ゲームだったな。うん、こりゃゲームだわ……」
最初はあまりの違和感に困惑してしまったが、この現象には心当たりがある。レベルだ。
剣を振るという動作以外に何も変わった気がしないので、ひょっとすると剣のスキルレベルとかそういう類のものかもしれないが、とにかく俺の何かしらのレベルが上がったことは間違いないだろう。
あくまでもゲームを模したような世界だとばかり思い込んでいたが、こうまではっきり体感してしまっては認識を改めざるを得ない。これはゲームそのものだ。
……これは一旦鍛錬は中止だ。今はそれどころじゃない。
「あの、どうかされましたか?」
「少し考えたいことができた。部屋に戻る」
いつもなら暗くなるまで剣を振っている俺が、日が高い内に切り上げたことで不審に思ったのだろう。珍しくメイド側から話しかけてきた。
エミを引き連れて屋敷を歩く。時折掃除をしているメイドを見かけるが、俺が通り過ぎる時にはしずしずと頭を下げて見送ってくる。
いやはや、とんでもない身分になったものだ。
「ふーい」
部屋に戻り、とりあえずベッドに横になって一息つく。エミは部屋の外で待機だ。あれ以降メイドと俺が室内で二人きりになることはない。
「ふーむ……」
考えたいことができた、などとカッコつけてみたはいいものの、庭から部屋へ歩いている間に考え事は終わってしまった。
ゲームらしいレベル等があるなら今後の方針を練り直そうと思ったが、特に何も変える必要は無かったのだ。
別にレベルを上げて最強を目指すような向上心は無い。前世でもそこそこ勉強して近所のそこそこの大学に行けるならそれで十分、というスタンスだった。東大や京大なんかを目指すような人間じゃあない。
生活が苦しいなら剣でのし上がる、という道もなくはないが、幸いなことに十分すぎるほど恵まれた暮らしをしている。頑張る理由が何一つなかった。
世界のシステムに気付いた、というのは大きな転機ではあるが、転機はあくまでも機会。機会が訪れたからといって必ずしも方針を転換する必要は無いだろう。
「さて、困ったぞ……」
うっかり部屋に戻ったせいでとんでもなく暇になってしまった。考え事をすると言って部屋に戻っておいて一分かそこらで出てきてまた剣を振り始めると馬鹿みたいだし、かといって部屋にいてもやる事が無い。
「やる事が無い。ならやりたい事は……」
決まっている。メイドだ。もう一人で黙々と剣を振り続けるだけの毎日は限界だ。心に潤いが欲しい。
しかしメイドはどいつもこいつも俺に対する警戒心がハンパない。とんでもなく高くて分厚い壁がある。
何なら俺に対して一番警戒心が無さそうなのがシノかもしれない。しかしそのシノが俺のお付きになる事は無い。八方塞がりだ。
「いっその事、誰かに泣きつくか? 暇だから遊んでくれーつって」
そんな事をすればここまで築き上げてきたクールでカッコいいイメージが崩れ去るが背に腹は……いや、このイメージが悪いのか?
クールなんてのは恐いのと紙一重だ。むしろ腑抜けて馬鹿っぽい感じにした方が親しみやすいかもしれない。
あとは話しかける話題が何かあれば……いや、ちょうど良いのがある。これでいこう。
ドアを開けて部屋を出ると、すぐ近くに控えていたエミがいる。まずは貴様からだ。
「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「はい。何でしょう」
さりげなく距離を取りながらの返事。俺が鋼のメンタルの持ち主じゃなければもう泣いているところだ。
「俺が記憶を失う前なんだが、普段何をしていたか知ってるか?」
「記憶を失う前、ですか……」
あれ、なんか少し顔が険しくなった気がする。まだ本題にも入ってないのに。
「ゲルド様。それは記憶を取り戻したい、という事でしょうか」
そういう事か。メイド的には記憶を取り戻されると困る、という事だな。
「ああいや、違う違う。そうじゃなくて、何というか……時間を持て余していてな。端的に言うと、まあ、暇なんだ」
「暇、ですか……」
「そうそう。それで記憶を失う前の自分が何をしていたかわかれば、暇を潰す参考になるんじゃないかと思ってな」
「そういう事でしたら……うーん……」
これは困っている。困っているなエミよ。聞かれたら答えないわけにはいかない。しかし答えると記憶を取り戻すことに繋がる。そういう事だな?
「その、ゲルド様のプライベートに関してはあまり……。シノなら知っていると思うのですが」
「むっ。シノか……それは、アレだな。俺から聞くのは良くないな」
エミは何も答えない。「そうですね」とは言い辛いか。そのせいで会話のキャッチボールが終わってしまった。また何かこっちからボールを投げないといけない。
「じゃあそうだな……それほど期待してるわけでも急ぎというわけでもないから、シノを見かけた時に覚えていたら聞いといてくれるか」
「かしこまりました」
……うむ。またキャッチボールが止まった。そしてもう攻め手も残されていない。
かくなる上は玉砕覚悟でいくか。嫌がられるかもしれんがもう知らん。
「因みにエミは休みの日とか、暇なときはどうしてるんだ?」
「私ですか……」
まずいか? 思いっきりプライベートに踏み込んだ質問だが、俺に何も無い以上は相手に切っ掛けを求めるしかない。
「私はやはり、これでしょうか」
そう言ってエミが懐から取り出したのは……カード? 何かのカードらしきものの束だ。
「ふむ。それは何かのゲームに使うのか?」
「え? ……あ、記憶が……申し訳御座いません」
知ってて当然のような口ぶりだし、やはりというぐらい定番となれば、このゲームは相当流行っているのだろう。
「いや、いい。記憶を失う前の俺は知っていたんだろうか」
「そうですね。積極的にプレイされていたかは存じ上げませんが、少なくとも知らないという事は無かったかと」
「そんなにか……。それで、どうやって遊ぶんだ?」
「ええっと、まずカードを並べるのですが……」
エミが周囲を見回しているのは……カードを並べるテーブルがいるのか。どこか良い場所があっただろうか。
「ゲルド様、お部屋を使わせて頂いてもよろしいですか?」
「え? あ、ああ。もちろん構わないが……」
ドアを開けたままになっていた俺の部屋の中にあるテーブルを見つけたのだろう。エミは躊躇なく俺の部屋に入ることを提案してきた。二人きりになってしまうがいいんだろうか。
「今回はゲルド様は私の予備のデッキを使っていただくとして、まずはカードをこのように……」
テーブルの向かい側に座ったエミは心なしか楽しそうにカードを並べている。というか若干我を忘れているように見える。
「手番が来たら山から一枚カードを引いて……これでターンエンドで相手の手番に……そうですそうです」
「ほうほう……なるほど……これでこうか」
シンプルではあるものの多少の戦略性があり、カード自体のパワーとデッキの組み方も大事と。それなりに面白そうではあるが……何か見覚えがあるような無いような……いや、やっぱあるぞ……。
あ、これはアレだ。エターナル……じゃなくて、レジェンド……レジェンドなんたらのゲームの中のゲームだ。つまらない本編はそっちのけでこのカードゲームばっかりやってた事があった気がする。
確か登場人物の全員にこのカードバトルを仕掛けることができたはず。この記憶が確かならそりゃ流行ってるわけだ。
「これで私の手番で、サラマンダーですね。これをここにセットして……はい、私の勝ちです」
「うごごごご、つ、強い……」
「本来だとここで勝った側が相手のカードを一枚貰えるんですが、私のデッキですしそれは無しにするとして……」
初心者に教えるための模擬試合みたいなものでコテンパンにしてくる奴があるか。それも主家に対して……忖度だとか接待だとかちょっとぐらい無いのか。
「どうします? もう一戦やってみますか?」
「上等だ……!」
この後めちゃくちゃ負けた。
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