第6話

「来たぞ! これでダブルトマホーク発動だ!」

「うーん……あ、エンシェントドラゴンだ。じゃあここにセットして……はい、私の勝ちですー」

「馬鹿な!?」

「うわー、凄いの引いたねシェル」

「これでゲルド様、三連敗だ」


 俺がゲルドになってから一年が経過した。今日も今日とてメイド達とカードバトルだ。

 元のゲルドが貯め込んでいた金に物を言わせてカードパックを買い漁り、メイド達にバトルを吹っかけてはカードを毟られる日々を送っている。

 負けっ放しというわけではなく勝率は三割程度はあるんだが、それでもカモには違いないだろう。今では逆にメイド達が俺の部屋に押し掛けてきて勝負を挑んでくることもあるぐらいだ。


「じゃあこの怒りの死霊騎士を貰っていきますねー」

「俺から奪ったエンシェントドラゴンで俺から怒りの死霊騎士を奪うとは……何てヤツだ……!」


 新たなカードを手に入れてシェルはホクホク顔だが、俺は俺でメイドと遊べて内心ウキウキ。つまりWin-Winの関係である。カードを奪われるのは必要経費のようなものだ。


「ゲルド様、エレキテル先生がお見えになっています」

「む、もうそんな時間か。続きはまた今度だな」

「はーい」

「また遊びましょうねー」


 メイド達がぞろぞろ出て行くのを見送ると、部屋の中で俺とお付きのシノの二人きりとなった。

 さっきのメイド達に囲まれていたのもそうだったが、今のこれもゲルドに乗り移った当初では到底考えられなかった光景だ。

 シノは俺の記憶を消したことに罪悪感を抱き続けていたようで、その報いとして世話をするべくお付きに復帰したいと最初から申し出ていたらしい。

 それは俺がまた何か仕出かすかも、という懸念から父上が握りつぶし続けていたらしいのだが、シノ以外の全てのメイドとカードバトルに興じて遊び惚けている俺の姿を見て安全だと認識したらしく、半年ほど前にめでたくシノがまた俺のお付きに復帰する運びとなった。


 それだけで済めば良かったのだが、父上はメイド達に囲まれてデレデレしている俺の姿が癇に障ったのか、もう療養の必要は無いとして家庭教師のようなものを派遣し、俺の至福の時間を奪うという暴挙に打って出た。エレキテル先生はそんな家庭教師の一人だ。


「うーん……めんどい……なあシノ」

「ダメですよ。ほら、先生がお待ちになってますから」

「ぐぅ、まだ何も言ってないのに……」


 記憶が消えたんだからもう貴族の息子として使い物にならないだろうに……なぜ俺が勉強など……。

「記憶が消える前なら廃嫡もあり得たが、今のお前なら問題あるまい。しっかり励めよ」と父上に言われた時の絶望といったら……。

 記憶が戻ったらどうするんだという問いには苦虫を噛み潰したような表情をして唸っていた。色々と葛藤があるのかもしれない。

 その辺りを起点にして進学だけは回避したが、俺がワスレーン家を継ぐのはもう避けられない気がしてやまない。


『ウキャック王国の歴史』なる授業を聞き流した後は、日課となっている木剣の素振りだ。これに関しては未だ自発的に行っている。

 俺が剣術を修めたところで生かす機会は無いだろうが、ある程度は体を動かしておかないと健康面で不安がある。

 それに、レベルが上がったときの達成感は筆舌に尽くしがたいものがある。あれをまた味わいたくて剣を振り続けているのかもしれない。


「しっ!」


 『龍翔斬』なるこの技は、剣を下から振り上げると地面から白い半透明の龍が飛び出してくるというものだ。意味がわからない。


「ほっ!」


 次は『斬空波』だ。剣を振るとこれまた白い半透明の斬撃のようなものが剣から飛び出してくる。危ないので撃つときは空に向けないといけない。


「はっはっ!」


 最後に『二連斬り』だ。最初に覚えた技だが、なんでこれだけカッコイイ感じじゃないんだろう。シンプルでダサい。

 こうして一通り技を出してから普通の素振りを始めるのがゲルドスタイル。

 本当は延々と龍を打ち上げる遊びをしたいところだが、技はMPかSPのような何かを消費して放つらしい。二連斬りなら十回程度は繰り出せるのだが、龍翔斬は三発も出せば疲れ果ててしまう。


「ふぅ、こんなところか」

「お疲れ様でした、ゲルド様」

「ああ」


 鍛錬を終えると、いつの間にか傍にいたシノが冷たい水を渡してくれる。どうやってタイミングを計っているのやら。

 そしてゴクゴクと水を飲んでいる間、シノがせっせとタオルで俺の汗を拭ってくれる。

 最初はタオルも渡してくれるだけだったのだが、ある日冗談で拭いてくれと言ってみたら本当に拭かれてしまい、何故かその日以来こうすることが当然のようになってしまっていた。

 一言「これからは自分で拭く」と言えばそれで済む話なのだろうが、当然俺にそんな事を言う気は毛頭無い。

 今となってはこうしてシノに汗を拭いてもらうために汗をかいているようなものなのだ。レベルアップの達成感とか本当はどうでもいい。全てはこの瞬間のためだ。


「はい、終わりましたよ」

「んぐんぐ、んむ」


 もう拭き終わってしまったのか。鍛錬の時間を延ばしてもっと汗をかくようにするか……いや、鍛錬を小分けにして二回拭いてもらうというのはどうだ……?


「ゲルド様、この後のご予定は何かございますか?」

「いや、いつも通り後は少し休んで飯食って風呂入るぐらいだが……何かあるのか?」

「その……エミが最近ゲルド様が遊んでくれないとボヤくようになりまして」

「エミか。あいつ強過ぎるんだよなあ」


 メイド達と打ち解ける切っ掛けを作ってくれた恩人ではあるが、いかんせんあのカード狂いは強過ぎる。奴に対する勝率は一割にも満たないだろう。


「えっと、ではエミはまたしばらくお預けということでよろしいですか?」

「いや、勝負を挑まれたからには受けて立つ。今日はすぐに風呂に入って飯を食って、それからだな」

「わかりました。エミに伝えておきますね」


 よしよし。そのタイミングならば、ひょっとするとエミはメイド服ではなく寝間着になっているかもしれない。それを拝みに行くという利点がなければ、あいつとの勝負は割に合わない。


「そうだ、シノも余裕ができたら来てくれないか?」

「私もですか?」

「ああ。俺が勝てなかったら……というか多分勝てないから、俺の敵を討ってくれ……」

「ゲルド様……かしこまりました。このシノにお任せください」


 シノも余裕ができたら、というのは要するにシノが飯食って風呂入った後という事だ。つまりシノの寝間着まで一緒に拝んでしまおうという算段よ。我ながら恐ろしい智謀だ。

 シノはなんとこの屋敷ではエミに次ぐ実力者だ。きっと白熱した勝負を見せてくれることだろう。白熱しすぎてゆったり目の寝間着の胸元から中が見えたり見えなかったりといったアクシデントもあるかもしれない。いやはや、神懸った深慮遠謀よ。いやあ夜が楽しみだ。


 よく遊び、よく運動し、よく……そこそこ学び、そしてよく食べてよく寝る。

 なんと充実して幸せな生活だろうか。掴んでしまったな、サクセスを。

 こんな暮らしがいつまでも続けばいいな……。


 なお、このあとエミにボコボコにされた。

 さらにその二年後にはワスレーン領もボコボコにされて壊滅した。

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