第15話
「それで、どうするんだ? いい加減決めないと今年の入学に間に合わんぞ」
「はい。僕はウキャック学園に進学しようと思います」
「ほう……ウキャック学園か。もう対策はできているのか?」
「ええ、バッチリです。三年間勉強してきましたから」
もう何度目になるかわからない父上との進路相談を終えて自室に戻る。いや、もう一人誰かいたか? ……いや父上だけだったか。
「ふぅ……さすがに今度は合格しないとな」
前回当然のように入試に落ちた俺は、ワスレーン領に戻ると勉強道具一式と全ての現金を持ち出して再び王都に舞い戻り、宿屋に大量の一エン硬貨を叩きつけて三年契約を結んだ。
当然それは実家から逃げるという甘え故の行動ではなく、王都にある学園を張り込むことが目的だった。そこで主人公を発見して進学先を確定してしまえば、次のループでハズレを引く確率がなくなるという先を見据えた一手というわけだ。
物陰からチラチラと学園を覗き見る怪しげな変態、という不名誉なレッテルを貼られ衛兵にしつこくマークされたせいで、進学先を確定する前に学校へ近づけなくなってしまったが……それは裏を返せば勉強時間が確保できたということに他ならない。
とは言えさすがに三年間は長すぎたので、大抵は盛り場に繰り出して放蕩の限りを尽くしていたわけだが、並行して少しずつ勉強も進めていたので丁度良い塩梅になったんじゃないだろうか。
現金は使い果たしてしまったが、リセットされてしまえばこうして元通りに―――無い。
「あれ? 俺の金は?」
確かループが始まったらここに入っている筈なんだが。あと引継ぎで袋ごと持ち越したときはあっちのテーブルの上に……引継ぎ?
「あ。……そういう事ね……」
増えた分を引き継ぐなら減った分も引き継ぐという事で……つまり今の俺の所持金はほとんどスッカラカン。
これはやってしまった……。
「…………まあいいか、俺が貯めた金じゃないし」
幼いゲルド少年がこつこつ貯めてきた金で飲む酒は美味かった。それで十分じゃないか。シノを襲おうとするような奴の金なんかパーッと使ってしまった方が世のため人の為というやつだ。
そうして余裕綽々で挑んだ入学試験をギリギリで通過し、俺は晴れて名門ウキャック学園の新入生となった。
そんなこんなでいよいよ入学の日。新品の制服に身を包み、準備は万端だ。
「じゃあシノ、後は任せた」
「かしこまりました」
前回前々回に引き続き、俺を王都へ送る護衛兼御者はシノが務めている。
入試のタイミングで王都へ来て、各種手続きを済ませている間ずっと同じ宿であれこれ世話を焼いていてくれたわけだが、入学するに当たって俺は何故か男子寮へ入ることになっていたらしい。
当然そんなところに超絶美少女メイドを連れ込むわけにもいかず、シノとはここでお別れという運びになってしまった。
「……うーむ」
「ゲルド様? まだ何か」
「いっその事男装してみるのはどうだろうか」
「ゲルド様、そろそろお時間ですので」
「はい」
駄目か。どうしてもシノと離れ難くてウダウダとやって、もうかれこれ一時間ぐらい経過している。さすがにそろそろ出ないとマズいか。
「じゃあ今度こそ行ってくる。次に会うのは……三年後か。長いなあ……」
「三年ぐらいあっという間ですよ。では、行ってらっしゃいませ」
三年後とは言ってもそのシノは今のシノとは別人なんだよなあ。
ただ、どうやら俺とシノは非常に相性が良いらしいと判明したことは救いと言えなくもない。
前々回だけでなく前回も今回も、初日は険しい表情をして俺から極力距離を取っていたシノが、王都へ到着する頃には表情が柔らかくなって俺の世話を焼くようになっている。これはもう自惚れではない……と信じたい。
もちろん最初のシノじゃないんだと頭をよぎる度、胸にチクりとした痛みがあるのだが……それはそれとしてシノは可愛くて優しいので、できれば三年間一緒にいたかった。
そんなシノに無情にも見送られて宿を出た俺は、トボトボと力ない足取りでウキャック学園へ向かう。
ウキャック学園はさすがに国の名を冠する随一の名門校だけあって、王都の中でも最もハイソな北東区画にある。さらにその上なんと王城がすぐ近くという立地だ。
街並み自体が他の区画と比べてカッチリしているし、時折衛兵が巡回しているのが心臓に悪い。もうリセットされているから気にする必要は無いとわかってはいるのだが、前回散々に追い回されたトラウマはそう簡単には払拭されないだろう。
「入学おめでとう!」
「ご入学おめでとうございます」
校門の脇で通りがかる新入生全てに祝福の言葉を投げかけている謎の先輩の間を通って校舎内へ。あれは生徒会か何かだろうか。
案内によると一年生の教室は四階にあるらしい。そこから学年が上がる度に一階下へ移っていく方式らしく、こういった形で年功序列を足腰から叩き込む方針なんだろう。
上級生の偉さを十分にわからされた後に指定されたクラスの教室に入ると、既に半数ほど席が埋まった状態でそれぞれが若干緊張したような、或いは高揚したような様子を見せている。
周囲の様子をさりげなく窺う者や、頑張って周りの生徒に話しかけている者などがいて、早速方針の差が表れているようだ。ここでスタートダッシュを怠ると大変なことになるぞ、そこの寝ている少年よ。
それにしてもなんというか、いかにも、こう……新入生って感じだ。
彼らは俺と同じ十五歳前後なわけで、それはつまり青春ド真ん中。教室中に若々しさがこれでもかと解き放たれている。
俺も彼らに負けじと期待と不安に胸がいっぱいで、これからは勉強に友情に恋に部活動に、全力で青春を謳歌…………とはならない。
さすがにキツい。
もう若さで胸焼けしそう。
個人と個人で話すぐらいなら構わないし、それが可愛い女の子なら大歓迎だ。しかし同じ学生としてこの集団の輪に入れるかというと、できればご勘弁願いたいというのが本音だ。
さっさと主人公を見つけて様子を窺って、隙があれば……誰だっけ。なんか女の子を誘拐するんだったような……あれ、まずいぞ。
誰を誘拐すればいいのかわからないのはちょっと致命的じゃないか? まさか手当たり次第試すわけにもいかないし。
というか主人公もどういう奴なんだ? 主人公っぽい奴を見つけようにも、人相がわからないと探しようが無い。
原作のゲームの……何とかファンタジー? とにかくあのゲームの事を何でもいいから思い出さないと。髪の毛の色はわからんし、体型も知らんし、顔なんか覚えてない上にそもそも絵と実物じゃ違いがありすぎるだろうし……。
それ以外の特徴と言えば……ハーレムだ。確か主人公はハーレム野郎だったはず。そしてヒロインは全員美少女に違いない。
つまり美少女を何人も侍らせているいけ好かない奴がいたら、それが主人公だ。
あとはその美少女の中から一人誘拐すればいいわけだから、さすがに確率は十分の一よりマシだろう。それぐらいならやってやれない事は無い。少なくとも全女生徒を手当たり次第に誘拐するなどという暴挙に及ばなくて済むのは素直に助かる。
「ふぅ…………あれ?」
ようやく考えがまとまったところで俯いていた顔を上げると、他の生徒が全員いなくなっていた。
荷物が残っていることから、最初からいなかったというわけではない。突然そこにいたはずの生徒が消え去ったのだ。
「……ッ!」
慌てて廊下に飛び出しても人気は無く、隣の教室を見ても誰もいない。あまりにも静かな空間に怖気が走る。
「俺以外が……異世界に連れ去られた……?」
俺は元々別の世界から来たから被害を免れたのかもしれない。そうなると……あれ? 廊下の窓から外を見ると、なんかゾロゾロ歩く生徒の列が見える。彼らが向かう先には体育館か講堂のような大きい建物があるようだが、そんなところで集まって一体何を……。
「あ、入学式か」
異世界ではなく入学式に連れ去られているようだ。きっとあそこで怪しげなお偉いさんに勤勉たれなどと理不尽な命令を強制され、学生としての規律がどうのこうのと制限を課されるんだろう。なんて残酷な仕打ちだ……。
「おい、そこのお前。何してるんだ?」
「はい?」
声のした方を振り向くと、そこには妙にスポーティーな服を身に纏った豪傑が立っていた。三十代半ばぐらいで筋骨隆々。肌は精悍に焼けていて、髪は荒々しく逆立っている。
こいつはきっと体育教師に違いない。それも武闘系のやつだ。
「新入生だろう? もう入学式が始まるぞ。こんなところで何をしている」
「あー……いえ、教室で考え事をしていたら、いつの間にか皆いなくなってまして」
「はあ? 放送があっただろう。何を考えていたらあれを聞き逃すんだ」
放送だと……そんなものがあったのか。しかしここで女生徒を誘拐することを考えていたなどと馬鹿正直に答えては、入学早々に退学する羽目になりかねない。適当にそれっぽいことを言ってこの場を切り抜けなければ。
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