第14話
父上が執事に持ってこさせた資料には、様々な学園がリストアップされていた。
ここワスレーン領が誇る学園から、王都や他領の名高い学園。さらには隣国にあるらしい学園まで進学先の候補になっているらしい。
「へえ、外国の学校にも行けるんですね」
「今まで何度も説明しただろうが……! 何を聞いていたんだお前!」
「え? いや、まあ……ハハハ」
「何がハハハだこのクソガキ……!」
父上はかなりトサカに来ているようだが、俺自身は初めて説明を受けるんだから仕方ない。とりあえずさっさと決めてこの場を速やかに離脱しよう。
「はあ、もういい。それで? どこにするんだ?」
「そうですねえ」
原作に関わるという目的がある以上、進学先は多分王都でいいだろう。そして王都にある学園は二つ。
王立デザロア学園。魔法学と医学の大家であるデザロア師が設立に尽力した学園らしい。
王立ウキャック学園。国の名を冠した国を代表する学園らしい。
この二つの内、主人公がいる方を選べばいいわけなんだが、これがさっぱりわからん。
そもそもこの資料に書いてあることが浅すぎる。もうちょっと方針とか校風とか書いてもいいと思うんだが。
ただ主人公の生い立ちや性格も全く知らないため、その辺がわかったところで何の参考にもならないかもしれない。
あとは視点を変えて、元のゲルドが選びそうな学園にするという手もある。
そうなると高慢ちきで見栄っ張りなゲルドは、国を代表するという言葉に釣られてウキャック学園を……いや、ゲルドは魔法に興味がある。となるとデザロアを選ぶ可能性も無くはないか。
よし、全然わからんということがわかった。適当に選ぼう。
「ん、決まったか?」
「ええ。この王都にある学園の内、凄い方はどっちですか? 僕は凄い方に行きたいと思います」
「…………」
あ、呆れの割合がかなり多くなった。父上の顔はもうほとんど呆れ一色だ。
いやまあ、たしかに「凄い学校に行きたい」というのは凄い学校に行く奴のセリフではないかもしれない。深刻なレベルで馬鹿丸出しだ。
ただ本当に判断材料が何も無かったんだから、あとはもう主人公は凄いヤツ。だから主人公が通う学校も凄い学校。という理屈でちょっとでも当たりを引く可能性を上げるしかなかったんだ。わかってくれ父上!
「…………」
「…………」
わかってくれなかった。なら仕方ないか。
「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な」
「…………」
「い、う、と、お、り……決まりました。僕はウキャック学園に行きます」
「そうか……あまりワスレーンの恥を晒さないようにな」
「もちろんです。家を、いや、領を代表するつもりで行って参ります」
ごめんよ父上、多分僕は女の子を誘拐して監禁すると思うんだ。どうかわかってくれ父上。
草臥れて一気に五歳ぐらい老けてしまったように見える父上を置いて食堂から立ち去る。あの場に残っていればどんな言いがかりを付けられるかわかったものではない。
しかし食堂を出ても安心するのはまだ早い。あまりのんびり屋敷をウロついていてはどこでメイドに遭遇するかわかったもんじゃないため、足早に真っ直ぐ自室へと避難する。安住の地はここしかない。
未だに壁と屋根のある部屋で寝泊まりするということに対する違和感は拭えないが……あれ、何か色々あるぞ。
元々置いていた鉄の棒と木の棒。それに加えて前回かっぱらった鉄の剣と、解体用に買ったナイフだ。
それにこの大きい袋は……金か。森に篭って全然使わないから貯まり続けたエンがぎっしり詰まった袋だ。おそらくかなりの金額になると思うが、一エン硬貨と十エン硬貨ばかりで非常に使い辛い。どうせゲルドは元々十分金は持ってるからこのエンは放置でいいや。
というかモンスターが金を落とすって経済は大丈夫なんだろうか。国が色々考えて発行するもんだと思うんだが……まあゲームだし細かい事を気にしても仕方ないか。
そしてあとはカードの束だが……駄目だ。メイド達と楽しく遊んでいた日々を思い出すと胸が締め付けられるような気分になる。やっぱ関係性リセットは鬼のような所業だ。
「はぁ…………それにしてもまた王都か」
よくわからん学園に行くことになって少々不安な気持ちもあるが、勝手知ったる王都だと思えば幾分気が楽になるな。
「王都と言えば……あれ、どんなとこだっけ」
よく考えると全然勝手を知らないかもしれない。俺が知ってるのは王都の南の森だ。あそこなら世界一詳しい自信があるが、王都の街なんか何一つ覚えてない。
「うーむ……まあ困ったことがあれば森に逃げよう。そこで三年暮らせばまたリセットだ」
いざという時に逃げ込める場所があると思うと心強い……いや、違う。森なんかに行ってどうするんだ。ダメならさっさと死んでリセットした方が良いに決まっている。駄目だ、思考が森に浸食されてしまっている。
というか森で誰とも会わない生活を三年も続けていたからか、どうも独り言が多くなった気がする。
あまり一人でブツブツ言ってると危ない人に見えかねないので自重しなければ。
さて、春からピカピカの新一年生になることが決まったわけだが、その入学はおそらく一ヶ月以上は先だろう。
それまでの間……どうしよう。メイド達とも顔を合わせたくないし、かといって部屋に篭っていても暇だし……。
そうだ、先に王都に行っておいても良いんじゃないか? 後から行っても先に行っても何も変わらんだろう。何なら森に篭ってしまえば一ヶ月ぐらいはすぐ……違う違う。もう森から離れないと。
大体今は二月の下旬だからまだ森の寒さは厳しいはずだ。小動物の毛皮や鳥の羽、あとそこら辺の蔦等を寄せ集めて作った俺の防寒寝具セットがあればいいんだが、あいにくこの場に見当たらない。あれは多分ゴミと判別されて引継ぎはされなかったんだろう。
「いや、今の俺ならもっと良いものが作れるんじゃないか? 前回の不満点を改良して…………作ってどうするんだ」
駄目だ、一人で考え事をしているとどうしても思考が森に引っ張られる。
とにかく今は考えるより先に動いてしまおう。何を考えても最終的に森へと帰結する脳になってしまった以上は考えるだけ無駄だ。
早速部屋を飛び出して再び食堂へ向かい、優雅に食後のコーヒーか何かを飲んでいる父上を発見。突撃だ。
「父上」
「ゲルドか。どうした?」
「入学の手続きで誰かが王都へ行きますよね?」
「ん? まあそうだな。明日にでも出発させる予定だが」
「その際に僕も同行して王都へ行きたいのですが」
「…………ん? どういう事なんだ? 何のためにそんな早くに行くんだ」
父上はシンプルに困惑している様子だ。たしかに早過ぎるとは思うが……メイドと顔を合わせるのが辛いからなどとは言い辛い。適当に言い繕おう。
「何と言いますか、新しい学び舎に対する期待と興奮でこう、学業へ対する熱意のあまり気が逸ってしまって、一刻も早く現地入りして慣れておきたいなと」
「さっき適当に決めた奴がよく言うわ……。まだ入学できるかも決まっとらんだろうに」
「いやあ、あれは不幸なド忘れが…………決まってない?」
どういう事だ。俺は入学する学校を決めたんだからもう決まりじゃないのか。
そんな疑問が俺の顔に浮かんでいることを読み取ったのだろう。また父上の表情は呆れ一色になってしまった。
「入試があるだろうが。対策はできているのか?」
「乳歯? いや、入試か。…………入試!?」
そんな馬鹿な……入学試験だと……? かつて家庭教師から色々と授業を受けてはいたが、当然そんな記憶は全て消え去っている。
最悪リセットしてしまえばいいから期限自体は無限にあるとはいえ、国を代表するレベルの学校の入試に受かる程度の学力を身に着けないといけないというのか。冗談じゃないぞ。
「ゲルドよ……あれほど口を酸っぱくして入試について……いや、対策できていないのはまだいいわ。よくはないけど今は置いておこう。それより入試があること自体を忘れるとはどうなっとるんだお前の頭は……」
「あー、それはほら、あれですよ。なんだかんだ言いつつワスレーンなら顔パスで通るかなと思ってまして」
「お前はワスレーンを何だと思ってるんだ?」
危ない危ない。さすがに入試の存在自体を忘れるのは不自然すぎるな。別にバレてもリセットすればいいだけだから問題無いんだが、自殺はやっぱ恐いし三年待つのは長い。誤魔化せるに越したことはないだろう。
「では父上、顔パスが駄目なら……こう、裏金的なもので入試をパスできたりしませんかね?」
「言うに事欠いて裏金だと……! 大体さっき学業の熱意がどうこう言ってたのはどうしたんだ!」
裏金は良いアイデアだと思ったのだが、うっかり父上の逆鱗に触れてしまったらしい。どうやらこの父は金も権力もある大貴族のくせに、清廉潔白な人柄のようだ。
「いやまあ、あれはあくまでも未来の熱意の話であって、過去の熱意が問われる入試はできれば回避したいなと」
「回避する手段など無いわ。諦めて勉強しろ。それか進学先を変えるか? 入試無しで入れる学校もあるぞ」
「いえ、僕はウキャック学園に決めましたから。どんな困難があってもこれだけは曲げるつもりはありません」
「……そうか」
主人公達に接触するための進学だからな。他の学校では意味が無い。……いや、待てよ?
「あ。デ、デ、デ何とか学園はどうなんでしょう。あっちは入試が楽なんですかね?」
「…………ウキャックとさほど変わらん」
「そうですか。じゃあやっぱりウキャック学園で。では失礼します」
すっかり項垂れてしまった父を置いて食堂を後にする。早速部屋に戻って勉強……したくないなあ。
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