第13話

「シッ!」


 木の枝に留まっている野鳥に石礫を投げる。貴重なタンパク源は逃すわけにはいかない。


「よっしゃ! 今晩は肉だ!」


 撃ち落とした鳥をさっと締めて首から血を抜いておく。これが正しい対処なのかはわからんが、経験上こうした方が美味い。

 久しぶりのご馳走にウキウキしながら帰路につく。途中でイノシシらしき影が遠くに見えたが当然放置だ。今は一刻も早くタンパク質と脂質を摂取しろと全身の細胞が訴えかけている。煙になって消えるモンスターに用は無い。


 家の近くの川で鳥を捌き、ついでに仕掛けをチェックする。魚は……残念、掛かっていない。

 切り替えて家の下に設置した竈へ。まずは火熾しだ。


 格闘スキルのレベル二で覚えた『真炎凰掌』で手から火を出し、そのまま薪の中に突っ込んで着火する。連日の雨模様で薪が湿気ているが、こいつの火力なら多少の水分ぐらいなんてことは無い。

 これを覚えてからは森での生活がグッと楽になった。間違いなく今最も愛用している技だろう。

 険しい森の中でいちいち剣を持って歩くのが邪魔臭くて手ぶらで徘徊していたのが功を奏した形だ。


 ある日モンスターを踏み潰すようにして倒すと『二連突き』なるパンチの技を覚えたことで格闘スキルだと確信し、その次に覚えたのがこの『真炎凰掌』だ。

 これはただ手から火が出るだけのスキルで、多分火に弱いモンスターをパンチするときにこれを使えば効果があるんだろうが、今のところ火熾し以外では使ったことがない。


 薪に火が移ったので、しっかり技を解除したことを確認して次の工程へ移る。これを怠ると大変な事になるので気を付けないといけない。全身火だるまになったときは死を覚悟したものだ。


 肉に串を刺して遠火でじっくり焼いていく。香ばしい匂いがたまらなく食欲をそそり、逸る気持ちを抑え切れない。


「まだか……? いや、もういいな。うん、もう食おう」


 薪に軽く水をかけて消化し、焼けた肉を木の葉で包んで持ってスルスルと家の隣の木を登る。

 そして枝を伝って隣の大木にサッと飛び移れば、そこが住み慣れた我が家だ。

 良い感じに横に伸びた太い枝の上に木の板を設置しただけの簡素な家だが、これでなかなか住み心地は悪くなかったりする。


 雨はこの大木の葉が防いでくれるし、この辺りに生息するモンスターはこんな所にはまず登ってこれない。

 最初の年は冬の寒さに辟易としていたが、今となっては防寒もバッチリで、一年中快適に過ごせるようになっている。


「んむんむんむ……あぁ、美味い……美味過ぎる……」


 焼いて軽く塩を振っただけでも、自分で仕留めて自分で捌いて自分で焼いた肉はやはり格別だ。しかも肉を食うのが久しぶりで、さらに屋外の開放的なロケーションとくればもう言葉にならない。


「ふーい、食った食った」


 やはり肉は偉大だ。

 近頃は段々暖かくなってきているし野草の類も見つかるようになってきた。つまり春の訪れだ。

 そうなると動物たちも活動を始めるということで、俺の食生活にも大いに期待が持て―――




「―――ん?」


 あれ? なんだ? たしかに家にいたはずなのに、気付けば知らない部屋にいる。なんだ?

 いや、違う。見覚えがあるぞこの部屋は。なんだか懐かしいような……。


「……ああ、ワスレーン邸だ」


 これはループしたのか。確か……三年だったか? それぐらい経つとループするんだった。

 そうだ、三年間をレベル上げに費やす予定だったんだ。で、それが終わって…………何だっけ。その次のループで何かしようとしてたはずだ。


 とにかくループを終わらせようと考えていたはずだから、やるべき事は……本編か。原作に絡んでいこうとしたんだった。

 レベルを上げたのもその為か。レベルが一のままじゃ何をするにも大変だからレベルを上げたんだったな。


「そうかそうか。なるほどなるほど……」


 あまりレベルが上がっていない、という点に目を瞑れば計画は順調に推移していると言っていいだろう。

 今は……どれくらいだっけ? 十以降ははっきり数えてないんだが……二十はまず無い。多分十七か八ぐらいか。

 ずーっと雑魚モンスターしか出てこない王都の近くの森に篭っていたし、途中からはモンスターそっちのけで野鳥とか狩ってたし……。まあレベルなんか上がらんわな。


「んんん……」


 それにしても落ち着かない。かつては住み慣れた部屋だったはずなんだが、俺は三年間も野生児のような暮らしをしていたんだ。それを急にこんな文明的な部屋に放り込まれてしまっては、どうにも居心地が悪いというかソワソワするというか。


 まあいいや、とにかく今はもう寝て明日に……明日に何をするんだっけ。何かあったかな……うーん。


 うーん。


 うーん。


「ゲルド様。朝です、ゲルド様」

「うーん?」

「お疲れのところ申し訳ありません。本日はウカリ様から起こしてくるように申し付けられましたので……」

「うーん」


 なぜメイドが……? そんなサービスを頼んだ覚えは……いや、そもそも俺の家に人が来ている……?

 ……あー、そうか。こっちの家で……あ、こいつエミだ。カード狂いのエミだ。


「エミ……?」

「はい。本日はシノが体調不良なので、私が代わりにお傍に控えさせていただきます」

「はあ……シノの代わり……」


 そういやそんな事もあったような気がするが寝起きで頭が回らん。それにクッソ眠たい。

 ふかふかのベッドがどうにも気持ち悪くて、ようやく眠れたのが明け方近く。そして今はまだ朝。そりゃ眠たいわけだ。


 それにしてもエミが何かおかしいような……ああ、リセットされたんだったな。俺という存在をとにかく警戒して、なんとか自然に見える範囲内で距離を取ろうとしている。俺を油断なく見据える眼光は鋭く、まるで睨みつけているかのようだ。


「きっついなあ」

「申し訳ありません。ですがウカリ様がもうお待ちですので」


 あ? ああ、眠たくて言ったと思ったのか。そうじゃないんだな、君の態度がきついんだ。

 ただ元とのギャップという意味ではやはりシェルやシノほどのダメージは無い分まだマシか。他にも何人かやたらとベタベタしてきたメイド達と会わなければ余計な傷を負わなくて済むだろう。


 いや、待てよ? 確かシノとは前回馬車の旅で少し打ち解けて……それもリセットされて元通りだわ。

 ああ、駄目だ。朝っぱらからとんでもなく憂鬱だ。二度寝したい。不貞寝したい。


「ゲルド様、そろそろ……」

「ああ、すぐ行く」


 くそ、こんな気分の時に何なんだ一体。大体ウカリ様ってどこのどいつなんだ。つまらない用事だったらタダじゃおかないぞ……。


「来たか。ゲルドよ、その夜型生活はなんとかならんのか? そんな事では学園でやっていけんぞ」

「あー……ええ、はい。気を付けます……」


 エミに連れられてやってきた食堂にいたのは父上と、あともう一人は誰だ? 見知らぬオバサンがいるが……まあいいや。

 それで……学園? 学園……そうか、進学だ。

 というかそうだ、どこかの学園でヒロインを誘拐して監禁する必要があるんだった。……多分そうだよな?

 しかし前回も前々回も進学を中止して、天下一の剣客になるとかそんな法螺話をぶち上げた気がする。

 父上、あなたが信じて送り出した息子は森で野生児になってしまいましたよ。ねえ、今どのようなお気持ちですか? どのような……いや、全然信じてなかったな。すっごい雑に追い出された記憶があるぞ。


「それで、どうするんだ? いい加減決めないと今年の入学に間に合わんぞ」

「そうですね。進学しようと思います」

「それはわかっとるわ。どこに進学するのか聞いているんだ」

「…………え? どこに?」


 なに? どういう事だ? 学校って一つじゃないのか?

 決めろというのは進学するかどうか決めろではなく、どこに進学するのか決めろという話だったのか。


「ゲ、ゲルドよ……お前、まさかとは思うが……」


 いけない、父上が怒りと悲しみと呆れをない交ぜにしたような複雑な表情で震えている。


「ご安心下さい父上。今この場で決断してご覧に入れましょう」

「む」

「なのでどんな学校があるのか教えて下さい。パパッと決めちゃいますので」


 あれ、怒りの割合が増えたぞ。

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