第12話

「というか平原でもモンスター出るのかよ」


 じゃあ昨日のあれは何だったんだ。

 人に見つかったら確実にぶっ殺されるのにわざわざ人の街の傍まで近づくわけがない、という事か。

 或いは街から一定の距離までは街の中と同じ扱いでモンスターがポップしない、というゲーム的な仕様か。

 何にせよ一日で気付けて良かったということにしておこう。


 さて、平原でモンスターが出ることがわかったが……それでもやはり森だ。可能な限り効率を追求すべきだろう。

 一日一匹モンスターを倒す生活を百日続けるより、一日百匹モンスターを倒して九十九日休みたい。


 そしてあわよくば森に着くまでにもう一匹ぐらい……というささやかな願いも虚しく、そろそろ平原といっていいエリアではなくなってきた。

 この辺りからまばらに木が生えてくるようになり、ここから先は進めば進むほど木の密度が高くなっていく。奥の方は密集し過ぎてかなり暗くなっていそうだ。


「……あっちはやめとこう」


 木々の間隔が狭いと剣の取り回しにも苦労しそうだし、何より歩き辛いだろう。そこそこ木が生えていてそこそこ歩きやすい外縁部を、舐めるように移動してモンスターを狩っていくことにする。


 まずは東に向かって二時間ほど歩き昼飯を食い、あんまり街から離れるのも良くないかと折り返して西へ今度は三時間ほど。この時点で赤い球体を四匹……いや、四個倒した。

 これで今日だけで合計五個。つまり三十エンの収入だ。宿に三日も泊まれる。因みにパンなら二個だ。やっぱ物価おかしいよ。


「……む?」


 拾ったエンを数えて虚しい気持ちになっていると、近くの茂みが微かに揺れていることに気付いた。……モンスターか?


「ハァッ!」


 そこへすかさず『斬空波』を叩き込む。人である可能性は考慮しない非情なる一撃だ。


「ブギイイィィィィ!」

「ひえっ!?」


 茂みからイノシシのような……いやイノシシだこれ。イノシシが飛び出してきた。『斬空波』が当たったのか、頭から少し血を流しているようだ。

 おかげでイノシシさんは怒り心頭だ。その目はどす黒い殺意に塗れている。

 たしかイノシシは可愛らしいイメージとは裏腹に、実は狂暴で危険な野生動物だったはずだ。力強い突進であの鋭い牙を突き立てられてはタダでは済まないだろう。


「くっ……!」


 俺が今まで倒してきたモンスターは、ただの赤い球体だけだった。ふわふわ浮いているだけのよくわからんボールで、それも斬空波一発で倒せる相手だ。

 それに対してこのイノシシからは「お前を殺す」という意思がはっきり伝わってくる。こんな剥き出しの殺意を感じたことは当然今まで一度も無かった。


 俺は今、初めて命の奪い合いという狂気の世界に足を踏み入れたのかもしれない。


 怯えそうになる心を叱咤して剣を正眼に構え、竦みそうな足にグッと力を入れて震えを止める。

 そうしてジリジリと間合いを計っていると、イノシシが後ろ足で土を蹴り上げ俺目がけて突進してきた。


「―――ッ!」


 それに合わせて横っ跳びで転がりながら回避し、素早く起き上がり体勢を整える。こうして躱し続ければいつか―――いない。いや、いた。イノシシは思ったより大分後ろをトコトコと走っている。


「…………?」


 空振りに終わったことに気付いたらしいイノシシは、俺の方に向き直りまたしても突進してきた。今度は横っ跳びではなくイノシシを視界に入れたまま横に回り込んで……遅い。このイノシシ遅い。


 隙だらけの横っ腹に『斬空波』を叩き込んでやると、イノシシは一発でひっくり返って煙になって消えた。その場には十エン硬貨が一枚落ちている。


「…………そういや最初の街だったな」


 クソ強いザリガニがいるように、クソ弱いイノシシもいるということか。最初の斬空波は掠っただけだったんだろう。

 歩き通してクタクタになっていたところに強敵との死闘かと緊張し、それがアホみたいな雑魚だったことで一気に力が抜けて―――力が沸いてくる!


「これは……レベルアップか!」


 うおおおおお、俺の中の何かが活性化している!

 ステータスを閲覧する手段は見つかっていないため詳細はわからないが、多分力はかなり上がったんじゃないだろうか。

 四から六とか、五から七とか。感覚的にそれぐらいの上昇率はあるような気がする。


 試しにそこらの木で懸垂してみると……途中までしか身体が持ち上がらない。

 次は反復横跳びを……うむ? どうだろう。思ったよりは素早く動けてるのか、全然変わってないのか……ステータスはもういいや。


 そんな事より、俺はなんと魔法を覚えてしまった。

 魔法の本を読んでも何が何やらさっぱりわからなかったのに、ある日突然魔法を使えるようになる。実際体験するとかなり気持ち悪い現象のような気もするが、こればっかりはもう慣れるしかないだろう。


「よし。ぺ、『ペフ』」


 おおお、光った。手が光った。これが『ペフ』、癒しの光だ。

 森の中で足に怪我を負ってしまうと、街へ帰れずそのまま死亡してしまうというリスクがあった。しかしこの『ペフ』さえあればそんな心配は必要なくなる。今後のレベル上げがますます捗るだろう。


「…………はぁ」


 レベルアップの興奮が落ち着くと、なんだか肉体的にも精神的にもドッと疲れがやってきた。いや、溜まっていた疲労を自覚してしまったと言った方が近いか。


 木々の間から空を見上げると、思いのほか日が傾いてきていた。時刻で表すと午後三時から四時の間といったところか。

 森から街までは二時間かかるため、そろそろ戻っておかないと途中で夜になってしまう。


「………………」


 そろそろ戻らないと。夜は危ないんだから。

 わかっちゃいる。重々承知している。それでもしかし。


「めんどくせぇ……」


 俺はもう既に昨日の比じゃないほど疲れ果てている。

 今にして思えば、ただ平らな地面を歩くだけで疲れるなんてとんだ甘ちゃんだった。

 ここは森の外縁部とはいえ足場は多少の凹凸があり、平原と違って死角が存在するため常に気を張っておく必要がある。それに加えて実際に戦闘をするとなると、その疲労度合いは推して知るべしだ。


「……いっそここで……? 木の上とかで寝れば……」


 無理か? さすがに無理だな。飯も水も無い。ただ今回ではなく次回ならば一考の余地はある。

 例えば朝に街を出て森で一泊して次の夕方に街へ帰る。それだけであの面倒臭い平原の往復を一回分省略できるんだ。

 その時間を森の探索に当てれば大幅な効率の上昇が期待できるだろう。


 また、光源さえ確保できるなら少しぐらい夜に行動してもいいかもしれない。ゲーム的には夜の方がエンカウント率が高い場合が多いはずだ。


「そうなると……逆か?」


 そうだ。何もわざわざエンカウント率の低い昼に行動する必要は無いんだ。昼前に寝て夕方に起きる方が効率が良いに決まっている。

 あとは水場だな。森の中に川が流れていれば長期滞在も夢ではないぞ。よっぽど水質が悪くなければ煮沸すれば何とかなる。


 いやあ、明るい未来を想像すると街に帰る気力が湧いてきたな。

 三年の予定だったが、上手くいけば一年ぐらいでレベルがカンストしてしまうんじゃないか?

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