第11話

 結局王都へは合計六日間という日程で到着した。

 あのストレス発散を見られて以降シノの態度が若干柔らかくなり、馬車のペースも平常といっていい速度に落ち着いた。

 俺はこの原因を、嫌な奴からアホな奴へと認識を改められた結果だと睨んでいる。


「王都の宿はどこも一泊十エンほどと、何故か妙に安価なのでお好きなところに泊まっていいと思います」

「ふむふむ」

「ただお食事の方は一食百エン前後でしょうか。お高く感じるかもしれませんが、しっかり食べるように心掛けて下さい」

「百……え、飯を一回食う金で十日も泊まれんの?」


 微妙な時間に到着し時間を持て余してしまったので、シノに案内されながら色々教えてもらっているのだが……なんか全体的に物価がチグハグのような気がする。

 特に宿が安いのはRPGあるあるかもしれない。初期の方の街の宿は後半のそれと比べて異常なほど安いというアレだ。


 王都の街並みはいかにもファンタジーRPGらしく、中世のような、それでいてどことなく洗練されている箇所もあるようなよくわからないものだった。

 グルっと巨大な円を描くように高い城壁で囲われた街は広大で、おそらく一日や二日では到底回り切れないだろう。

 縦横に太い幹線道路が通っており、そこから碁盤の目状になった……何だっけ、方格設計というやつだったか。とにかくかっちりとした区画割だ。


 今は大通り沿いを見物し終えて宿に戻り、晩飯を食べながら最後のレクチャーを受けているところなのだが……シノは少々過保護のような気がする。

 へーお金はエンっていうんだな、などと言ってしまった俺にも責任があるとは思うが……いや、改めて考えるとヤバいな。十五歳にしてこの発言は世間知らずどころの話じゃない。


「知らない人についていってはいけませんからね。あとお金も腰にぶら下げたりせずに、ちゃんと分けて隠し持つようにしないといけません。いえ、そもそもお金を持ってる事をあまり他の人には―――」

「わ、わかったわかった。大丈夫だから。な?」

「うーん……」


 こんな世間知らずのボンボンを一人で放り出したら、三日と経たずに有り金全部毟られて野垂れ死ぬんじゃないか……などと言いたげな目線だ。そんなにヤバそうに見えるかね俺は。


 結局この日は最後までシノを安心させることができず、翌朝になっても心配そうな顔をして出発を渋るシノを無理矢理送り出し、ついに俺の男一匹の大冒険が幕を開けた。


「うーし、行くか」


 バチンと両手で頬を叩いて気合を入れる。待ち受けているのは命のやり取りだ。ほんのわずかな油断も許されない。

 装備は普通の綿のシャツとズボン。あと革の靴。ちょっと舐めすぎな気もするがまあいいだろう。所詮は最初の街だ。

 それに武器はちゃんと訓練所からかっぱらってきた剣を持っている。なんとこの剣は今まで使ってきた剣とは違って、何かを切断するという機能が備わっている。あまりにも危険すぎて振る際には少々腰が引けてしまうのがネックだが、それを差し引いても余りある殺傷能力だ。


 ……とは言え巨大ザリガニに体を真っ二つにされたことは記憶に新しい。ここは安全性を考慮して、伝統に則った街の周りをひたすらグルグル回る方法を採用することにする。

 街を囲む城壁に沿ってただひたすら歩いてエンカウントを待つというRPGでは割とお馴染みの作業なのだが、大国ウキャックの首都のような街だけあってか一周するのにどれだけの時間がかかるのか見当も付かない。

 そしてダラダラと休憩しながら歩いていたせいか、一日中歩いても一周すらできず……おまけになんとその時点でエンカウントは未だ無し。

 俺はこの方法が間違いであると悟った。



「…………うーむ」


 すごすごと宿に戻り、一階の食堂らしきスペースで飯を食う。

 しかしせっかくのお高い飯だというのになんとも味気ない。

 何らかの成果があればまだしも、丸一日を徒労に費やしたとあっては飯も不味くなるというものだ。


 一応今日の結果に関しては理解できる部分もあると言えばある。

 このウキャック王都はだだっ広い平原のど真ん中に建てられた街なだけあって、その外周部分はもれなく見晴らしのいい平原となる。


 RPG的に言えば、このロケーションはエンカウント率が低い。

 原作がランダムエンカウントなのかシンボルエンカウントなのか、ワールドマップのようなものがあるのかどうか。その辺りは一切不明だが、やはりモンスターとのエンカウントを求めるなら森や山といった険しいフィールドへ向かった方が効率が良いだろう。


 こういうときに同業者がいれば酒の一杯でも奢って色々と聞き出すんだが、あいにくとこの宿には俺以外には観光客らしきカップルが一組いるのみ。ここは高級宿で一泊二十エンだから収入は合計六十エンだ。経営は大丈夫なのだろうか。



 一人の寂しさに早くも参ってきた翌朝。そのままゴロゴロして一日を過ごしたいところだが、バチンと頬を叩いて気合を注入しなんとかベッドから這い出る。

 朝飯を食って装備を整え街を出れば、そこは極僅かにモンスターが闊歩しているかもしれない危険な平原だ。


「よーし、今日こそやるぞ」


 バチンバチンと両手で頬を二回叩いてたっぷり気合を入れる。待ち受けているのはおそらく徒労だ。ほんのわずかでも気の緩みがあれば心が折れかねない。

 今日向かうのは王都の南側に広がる大森林だ。およそ二時間ほど歩けば到着するらしい。


 昨日のように途中で一旦街に入って飯を食ったりはできないため、森へ行くには相当な覚悟と準備が必要になる。剣一本だけ持って向かうのはあまりにも無謀だろう。

 よって麻っぽい繊維で編まれた頑丈な袋を購入し、その中に昼飯と水筒を入れてきた。万全の態勢だ。


 ちょっとした小高い丘の上から南側を見れば、遥か彼方に見える山の麓に鬱蒼と生い茂る森が見える。あの様子ならさすがに一日歩き回ってエンカウント無しということにはならないだろう。


「………………遠いなあ」


 二時間歩けば、というと八~十㎞ほどだろうか。果てしない道のりだ。

 バチンと両手で頬を叩いて折れそうになった心を立て直す。この調子では一日が終わる頃には頬がパンパンに腫れ上がっているかもしれない。


 そうしてレベルを上げるためのモンスターを倒すための森に行くための平原を歩いていると、大体半分ほど歩いた辺りで奇妙な赤い物体を発見した。

 少し離れているため赤くて丸いということしかわからない。


「……よし」


 意を決して近づいてみると、赤くて丸いということがわかった。なんだこれ。


 バスケットボールほどのサイズの赤くて丸い物体がふわふわと宙に浮いている。俺の腰の辺りの高さで漂っているので手が届かないということはないが……手を出していいものなのかさっぱりわからない。いきなり爆発とかしないだろうか。

 多分これはモンスターだと思うんだが、もし違ったら……いや、もう知らん。やってやる。


「やっぱここは『斬空波』だな。遠距離攻撃は偉大だ。……ハッ!」


 白い斬撃が直撃すると赤い球体は真っ二つになって地面に落ち、すぐに煙の様に消えてなくなった。そしてその場所に何かのコインらしきものがぱらぱらと落ちる。これは……一エン硬貨だ。それが六枚、つまり六エンある。


「……………エンか」


 これはアレだな、モンスターを倒すと金が貰えるやつだ。となると赤い球体はやはりモンスターだったらしい。


「ふーむ……もう変なもん見っけたら全部ぶった斬るか」


 スライムやゴブリンといった有名どころのモンスターをパクってくれていたら楽だったのだが、このゲームは無駄なオリジナリティを発揮してしまっているようだ。

 今後出てくるであろう変なモンスターを相手に躊躇していては先手を取られる危険がある。間違っていたら謝ればいいという軽い気持ちでバンバン斬りかかっていくとしよう。

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