第9話

「どうする……? どうすればいいんだ……?」


 駄目だ、全然考えがまとまらない。

 エミには一旦部屋の外で控えてもらっているが、そろそろ朝食の時間だろう。

 大抵は皆出払っていて俺一人で飯を食うことになるが、誰かが居合わせた場合いきなり大ピンチだ。

 前回は俺が記憶喪失ということもあって多少の齟齬は気にも留められなかったが、今回はそういうわけにもいかない。

 あまり不自然な受け答えをしてしまうと……どうなる? あれ? 別にいいのか?


 どう判断されてどういう処遇になるのかは不明だが、どうせここで安穏と暮らしても最期には悲惨な結末が待っているんだ。それならいっその事放逐でもされた方が、レベルも上げられて良いんじゃないだろうか。

 これが何度も続くループなのか、それともたった一度きりのやり直しなのかもわからないが、座して死を待つぐらいなら前のめりに斃れたい。


「決まりだな。ここを出よう」


 何よりこの屋敷に居たくない。メイドの視線が辛過ぎる。

 前回と同じ手順を踏めばそう遠くない内に関係改善は可能だろうが、どうせまたリセットされるかもしれないと思うと二の足を踏んでしまう。ここは思い切って距離を取ってしまった方が精神衛生上マシだろう。


 そうして決意を固めた直後、エミに呼ばれて食堂へ。三十人ほど座れそうなクソ長いテーブルの片隅にポツンといるのは父上と継母上か。兄上はどこぞへおでかけだな。


「ほう、ゲルドよ。今日は早いんだな」


 なんだ? 俺はいつも通り……じゃないのか。ゲルドは普段どんな生活をしていたんだ。


「ええまあ。思うところがありまして」

「そうか? まあ座れ。話したいこともある」

「はあ」


 父上に勧められていつもの席へ。話というのは何だろうか。

 そして継母は……この人は本当に、兄上の母とは思えないほど地味というか目立たないというか。前世はどうなったんだっけ……ワスレーンに残ったんだったか?


 この人とはほとんど話したことも無いんだよな、などとぼんやり考えながら飯を食っていると、父上がおもむろに話を切り出してきた。


「ときにゲルドよ。進学について結論は出たのか? そろそろ期限に間に合わなくなるぞ」

「え? ああ、進学ですか。なるほど……」


 たしかにそれも一つの手ではある。

 ハッキリ言ってもう原作のシナリオなど一切覚えていないのだが、主人公達と関わるとしたら進学する以外に無いだろう。

 恐らく本来は進学した先で見つけたミリーを誘拐して主人公に成敗されて死亡する、というのがゲルドの一生だ。

 ただ……多分ボスキャラクターだと思うのだが、このゲルドは明らかに弱すぎるんだよなあ。俺とは違って魔法に造詣が深いようだから、そっちでどうにか戦力を底上げするんだろうか。


「おい、考えておけと言ったはずだが……? というか元はお前から言い出した事だろう。なぜそんなすっかり忘れていたかのような……」

「それは……ええ、やはり進学はしないことにしました」


 現状のクソザコナメクジのまま進学して原作の流れに関わろうとしても何もできやしないだろう。今はとにかくレベル上げが第一だ。

 あとは三年後にワスレーン領へと帰参して戦場に駆けつけてもいいし、上がったレベルを活かしてどうにか生き延びてもいい。

 とにかくここを出て行けばどうとでもなる。それをどう説得するかだが……勢いで押し切ってみるか。駄目ならまた改めて考え直せばいい。


「そうなのか? しかしそれではこれからどうするんだ」

「僕は……剣の道で生きていくことにしました」

「…………」


 あれ、ちょっとカッコよく言ったつもりだったが反応が無い。父上も継母上も固まってしまっている。聞こえなかったか?


「剣の道で生きていくことにしました」

「…………」

「剣の道で―――」

「いや、何回も言わんでいい。……え? それは何だ? 賢く生きるということか?」

「は? ああいえ、そっちの賢ではなく、つるぎです。つるぎの剣です」


 これだけハッキリ言っても父上は話を呑み込めていない様子だ。まあたしかにゲルドは今までほとんど剣など振った事も無いだろうから無理もない話だが。


「つまり武器商人になるということか? あれは特にしがらみが多く、新規参入はなかなか難しいと思うが……」

「いえ、そうではなく……もう見て頂いた方が早いですね。おい、誰か剣を持ってこい」

「おいおい、こんなところで素人が剣を振り回そうなどと……おい、誰も持ってくるなよ!」


 むう、父上に止められてしまった。何て信頼の無さだ。


「振り回しはしませんよ。えーと……お、ガッソ! ちょっとこっち来い。抜きはしないから、ちょっと柄だけ持たせろ」

「え? は、はい。ですが何を……」


 困惑する護衛のガッソに構わず、腰に下げている剣の柄を握って技を発動。俺が覚えている中で剣を振らずに発動できるのはこの技だけだ。


『剣気開放』

 剣を持ってこの技を発動すると、何だかよくわからん紫色のオーラのようなものが体から吹きあがってくる。恐らく何かしらの良い効果があるんだろうが、具体的に何がどう変わるのかはさっぱりわからない技だ。


「おお! それは『剣気開放』ではないか! その技を覚えるためには相当な修練が必要なはずだが……一体いつの間に……」

「こう見えて僕も男ですからね。秘密の特訓ぐらいしますとも」


 実際のところ、前回の最後の方では秘密どころかメイド達に囲まれ黄色い声援を浴びながらの修練だったが……今では誰も知らないのだから実質秘密のようなものだ。


「これで急な思い付きで言っているわけではないことはご理解頂けましたね?」

「う、うむ。しかしゲルドよ……それでもやはり外は危険だが……」

「当然わかっています。長い期間修行に打ち込んできたのですから、安全性について考え無しに申し上げているわけではありません」


 実際のところ、何も考えずに剣を振っていたし何も考えずに出て行こうとしている。しかしどうせ考えても出て行くしかないのだから実質よく考えたようなものだ。


「しかしお前にはワスレーンの次期当主として……」

「僕が当主として不適格なことは父上が一番よくご存じでしょう。その点兄上に任せておけば間違いありません。継母上もそう思いませんか?」

「えっ!? ええ、まあ、そうですわね……いえ、そんな事も……」


 チッ、お前の息子がワスレーン領を継ぐって話なんだからビビってないで全力で乗ってきやがれってんだ。俺が出て行くって話をしているときに嬉しそうな顔をしているのをしっかり見ているんだぞ俺は。


「うーむ。とは言えなあ」

「なに、母方の実家が煩いようなら僕が直接乗り込んで話をつけてやりますよ。ご安心下さい」

「そ、そうか? しかし話をつけるといってもどうやって……」

「こいつが領主になったら逆にとんでもない被害を被る、と思わせればいいでしょう。どうとでもなりますよ」

「お、おお……」

「音信不通になるというわけではありませんから、そういったトラブルの際はご一報下さい」


 実際どうなるかはわからんが、駄目なら駄目で仕方ないんだから今はとにかく自信満々に主張し続けるしかない。

 父上は元々俺に後を継がせるのを不安に思っていたと、他ならぬ父上本人から直接聞いている。そのおかげもあってか、呆気ないほど簡単に折れてくれそうな気配だ。


「何というか……以前のままならともかく、今のお前になら後を任せてもいいような……」


 げ、何かいつか聞いたような事をまた言い出している。そういうわけにはいかんのだ。


「いえ、父上。僕は男一匹、己の武を世に問うてみたいのです。剣に生き、剣に死ぬと決めたのです。天下一の旗を掲げるまでは故郷の地を踏まない覚悟はもうできております」

「そこまでの覚悟が……ならばもう何も言うまい。好きに致せ」


 当然そんな覚悟は持ち合わせていない。適当にモンスターを倒してそこそこレベルが上がればそれでいいや、ぐらいの軽い気持ちで諸国を遊び歩くつもりだ。飽きたらさっさと切り上げて帰ってくることも辞さない所存である。




「さて……」


 長くタフな交渉を終えた俺は、自室に戻って早速途方に暮れていた。

 外に出ようと思いついてすぐに勢いに任せて交渉し許可を取ったはいいが、それはつまり何も考えていないという事だ。

 まず持っていくべき物すらわからないが……兎にも角にも剣だ。剣が無いと始まらない。

 チラリと部屋の隅に目を向ければ、そこにあるのは刃を潰した剣モドキ……つまり平たい鉄の棒と、軽さだけを追求した木剣……つまり木の棒だ。


「訓練所にはいっぱいあるだろうし、一本ぐらい減っても……いや、怒られるのは嫌だしな……」


 よし、鉄の棒でいこう。どうせ始まりの街だし何とかなるだろう。駄目ならそのときに改めて考えればいい。

 あとは……着替えとか寝袋とかテントとか……食糧と水もか。

 …………めんどくせえ。


「…………よし、まずは出発しよう。何かが足りなくて困ったら、そのときに改めて考えればいいな」


 こうして鉄の棒を一本持ってフラフラと軽い気持ちで街を出た俺は、十分後にあっけなく死亡した。

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