ファンタジー何とか ~多分そんな感じのタイトル~

東中島北男

第1話

「やっと一段落ついたか……」


 両親がともに事故で亡くなったという知らせを受けてから、悲しむ間もなく通夜に葬式に各種手続きと目の回るような忙しさだった。

 兄弟も付き合いのある親戚もおらず、桐山課長があれこれと手助けしてくれなければ早々にパンクしていただろう。もう一生頭が上がる気がしない。

 そして残された一軒家、つまり実家をどうするかについても悩んだが、さすがに手放して取り壊されるのも忍びない。幸い職場からはさほど離れていなかったため、住んでいたアパートを引き払い引っ越すことを決意。

 それが済んだ今、久しぶりに一息つける状態になった。もう何もしたくない。


「あ~~~……あ、そうだ」


 床に寝そべって呆けていると、前々から実家に帰ったらやろうと思っていたことを思い出した。のそりと立ち上がって二階にある自室へと向かい、ゲームソフトが収納された棚を物色する。


「えーと、……あったあった。これが二万円ぐらいで売れるんだっけか」


 ネットで偶然目にしたプレミアがついた旧作ゲームソフト特集。その中の一つを所持していた俺は、いずれ実家に帰ることがあれば回収して売り払ってしまおうと目論んでいた。

 プレイしたのはかれこれ十五年以上前になるが、今でも鮮明に思い出せるほど当時は熱中したものだ。プレミアが付くのも頷ける。


「あー懐かしい。これも面白かった……ん? ……Fantasy Legend?」


 他のお宝が眠っていないかという期待と、懐かしのゲームの思い出に浸るという目的でさらに棚を漁っていると、パッと見ではピンとこないソフトを発見した。ファンタジーレジェンド。

 こんなゲームはやった覚えが無い……いや、ある。確かRPGだ。コマンド制のオーソドックスなRPGだったような気がする。

 パッケージには中央にいかにも主人公らしい少年と、その周りに七人もの女の子が描かれている。清々しいほどのハーレムパーティだ。

 ただシナリオは一切覚えていないし、キャラクターも綺麗さっぱり忘れている。プレミアが付くほどの名作と違って、これは……端的に言って面白くなかったんだろう。

 そう思って次のソフトを、と手を伸ばしかけたところで、主人公の隣に描かれた水色の髪の少女に目が留まる。


「……あれ、これミリーじゃん。同人界のレジェンドがこんな所に……」


 このミリーというキャラクターは、物語の中で悪役に攫われて監禁されるというエピソードを持つ。

 実際は確か……何かの生贄に捧げるとか何かしらの儀式のためだったはずだが、エロ同人作家達にかかれば当然そんな目的など二の次。

 数多くの作者にあんな事やこんな事をされている場面を長年に渡って描かれ続けてきた、まさに同人界のレジェンドキャラクターだ。

 特に同人誌に興味が無い俺がこの事を知ったのは、ゲームは知らないけどミリーだけは知っている人が多い、ということを揶揄するネットの記事か何かだったか。


 そんな望外の発見をした謎の感動の余韻に浸っていると、いつの間にか夜も更けて日付が変わっていることに気付く。

 散らかしてしまった部屋の片づけはまた今度。そう先送りして立ち上がったところで、床に転がしてあった円柱形の何かを踏んでしまう。


「お、おっと――がっ!? ……あ……」


 仰向けに転倒。後頭部に衝撃。意識が遠のく。これは……やってしまったか……。



「いてて……」


 意識が朦朧としているが、それ以上に頭の痛みで目が覚める。

 目を開けると白い……ベッドの上でうつ伏せに倒れていたらしい。

 ズキズキと痛む左耳の上を手で抑えると、べちゃっとした感触がする。


「ん~……? ……血だ。……え!? は!?」


 手を見るとベッタリと赤い液体がついていて、体を起こすとベッドにも大きい血痕があった。相当な出血だ。

 とにかく血を抑える布か何かがいる。あと救急車だ。

 慌てて周囲を見回すと、いつの間にか知らない部屋にいたらしく勝手が全くわからない。しかしメイドさんがいるので彼女に頼んで――


「すみません、ちょっとこの怪我を……うおおお!? なんだあんたは!?」

「ひっ!」


 全く意味のわからない状態につい声を上げると、なぜか青い顔をして震えていたメイドはさらに怯えて縮こまってしまった。

 というかやっと目が覚めてきた。なんで俺は知らない部屋にいるんだ?

 無意識で救急車を呼んで病院……ではないな。病院にしては部屋が煌びやかすぎる。それに頭の怪我を放置している意味がわからないしメイドがいる意味もわからない。

 大体怪我したのは後頭部だったはずが、今は側頭部からダラダラ血が流れている。


「ゲルド様! どうしましたか! 何かありましたか!?」

「ドアを開けますぞゲルド様! よろしいですな!?」

「ぁあ!?」


 今度はドアの向こうが何やら騒がしい。何か叫びながらドアをガンガン叩いている。

 どうなってるんだこれは、とメイドを見ても「あ……あ……」とうわ言の様に呟き震えるばかりでどうにもならない。

 全く理解が及ばず呆然としていると、ついに部屋のドアが甲冑を纏った大男の体当たりで破られ、更に燕尾服を着た爺さんやらメイドやらがゾロゾロと雪崩れ込んできた。


「ふんぬッ! ゲルド様、ご無事で……ゲルド様ァ!?」

「一体何が……な……なな……なんと……ち、治療じゃ! 早く治療を!」

「は、はいっ! ……『ペフ』」

「ぺふ?」


 燕尾服の爺さんが大慌てで治療じゃ治療じゃと騒いでいるので、どうやら俺は助けてもらえるらしいと安堵したのだが、その指示を受けたメイド二号は俺の頭に手を翳して「ぺふ」と言ったきり動かない。

 しかし何もしてくれないならもう自分で、と思ったところでメイド二号の手から淡い青色の光が灯り、その非現実的な光景に呆然としていると次第に頭の痛みも引いてきた。

 今のはまるで魔法……回復魔法のような……。それにペフ……何か覚えがあるような無いような……。


「よし、治りましたな。それで……シノ! 何があったんじゃ!」

「う……あの……私っ……」


 俺の傷が治ったと確認した爺さんは元から部屋にいたメイド一号に事態を問いただしている。どうやらシノという名前らしい。

 改めてシノを見ると怯えた様子が何ともそそる……というかとんでもない美少女だ。それにメイド服も乱れていて非常にえっちな状態になっている。

 ペフとやらについてあと少しで思い出せそうだったが、シノちゃんを見て全部吹き飛んでしまった。可愛い。


「ゲルド様に……その……無理矢理、乱暴されそうになって……それで、咄嗟に……っ」


 ふーむ、怯えているかと思えばそんな事があったとは。ゲルドとやらは許せない卑劣漢だ。あんな娘を目の前にすれば魔が差してしまう気持ちもわからなくはないが、やっぱり無理矢理は駄目、絶対。


「なんと……ゲ、ゲルド様! 今の話は本当なのですか!?」


 そういって爺さんは慌てた様子で振り返り、俺をじっと見ている。

 甲冑男も俺を見ている。メイド二号も俺を見ている。

 後ろを振り返っても誰もいない。


「…………え? ゲルド?」


 自分を指差して首を傾げる。俺がゲルドなのか?


「そ、そんな……馬鹿な……」

「なんという事だ……」


 爺さん達は呆然としてる。多分俺も呆然としている。

 どうしてこうなった。

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