第25話 ヒカリムシ、デンテファーグ
はじめての雨は大粒でした。夏の夕立のようにぼつぼつと子どもたちの体を打ち、小石の浜を黒いまだらもように変えていきます。
「
パルミがふざけて悲鳴をあげました。じっさいにそこまで痛いわけではありませんが、だいぶ大雨になりそうです。
アスミチが理屈っぽい感想を言います。
「気温が高いおかげかな、冷たくないね。助かる」
「だな。けど、早く野営地に戻ったほうがいいぜ。昨日のうちに燃料を入れといてよかった」
ウインもうなずきます。
「トキトのナイス判断だったね」
みんなで足早に野営地に向かいました。カヒがウインに、
「もう頭の痛いの、治ったの?」
と聞きました。薬を飲んでまだ数分しか
「すぐ効くんだよ。もう大丈夫、ありがとう、カヒ」
と答えます。ウインはカバンや服のポケットに頭痛薬を入れています。
五人の子どもたちとハートタマは、センパイの野営地に引っこみました。
おそらく雨のまま、夜をむかえることになるでしょう。野営地の小さなかまどには大きめの火を
「獣人が心配だけど、雨の中をあっちもうろついたりしないだろうぜ」
トキトが楽天的な意見を言うと、アスミチもうなずき、
「決めつけるのは危険だけど、ぼくも基本的に同じ意見」
と言い、続いてパルミがトキトにお願いをします。
「でもさー、心配だから、トキトっち、なるべく金属棒を持って
「もちろん、そうするぜ」
カヒはドンのことも気になるようで、
「ハートタマ、ドンはあの場所で一人になっちゃったけど、大丈夫かな? 不安になてないかな?」
とハートタマに話しかけると、ハートタマは空中でくるくると回って、思念を受信するような仕草をします。
「聞いてみたが、今はお腹の中のものを消化するのでいっぱいいいっぱいだってさ。この距離くらいにフレンズがいてくれればちっともさびしくないよ、って言ってるぜ」
カヒだけではなく全員が、ほっと胸をなでおろしたい気分になりました。すっかりドンキー・タンディリーを仲間だと感じていたので、一人だけ雨ざらしのままで放っておくのは申しわけなく、胸が痛い気持ちだったのです。
「雨に当たってつらくないかな、ドンキー・タンディリー」
とかさねて心配するカヒに
「ドンちーなら、平気じゃね? だって昨日まで湖に沈んでたじゃん。下手したら
とパルミが答えます。
「気分ってものも、人間にはあるよ。一人で雨に打たれたらさびしくなることもあるかもしれない。カヒはそういうことを心配してるんでしょ?」
ウインが二人の間で通訳のような仕事をします。
ハートタマによってたちまちドンに伝えられたその会話には、
「今日はフレンズといっしょに過ごせて、うれしくてしょうがない、心がぽかぽかに温まってる、ってドンの字が言ってるぜ」
とドンから返事がありました。
「うすうすそうじゃないかなって思ってたけど、心、あるんだ……」
というアスミチの一言で、小さな笑いがみんなからこぼれました。機械のドンにあらためて本人から心があると言われると、なにか奇妙な感じがしたからです。からかいの気持ちではなく、うれしい気持ちをこめての笑いでした。
雨の中、雲の向こうでは太陽が沈んだようで、すっかり暗くなっています。
野営地となっている岩山のくぼみは、小さなかまどの火のおかげで、明るく暖かい家となっています。
この夜は、眠りにつく前に、不思議な現象をまのあたりにすることになりました。
カヒが気づきました。ドンキー・タンディリーのことが気になるのか、たびたび湖のほうを見ていたからでしょう。
「ねえ、外が明るいよ。なんだろう、あれ」
野営地の外が明るいのです。
雨が小ぶりになったものの、まだ月は見えません。しかし、たしかに明るい光が外に見えます。
子どもたちが野営地の外に出ると、まるで夢のなかのような光景が見えました。
湖の水面から、たくさんの白い光の
光の帯は、身をくねらせて天を目指してゆきます。
何百という光の帯が上昇してゆくさまは、光の
ハートタマが教えてくれました。
「ヒカリムシの季節だな」
生き物の名前らしきものを、アスミチがくり返しました。
「ヒカリムシ……」
「地面の下で一生を過ごして、最後だけああやって天空に昇っていくっつー話だぜ……きれいだよな」
ハートタマも人間と同じ「きれい」と感じる心があるのでした。
カヒがおそるおそる聞いてたしかめます。
「人間に害は……ないよね?」
「ああ。ほかの生き物に害はねえよ。きれいなだけの無害な生き物さ」
アスミチは思いを口に出します。
「あれが生き物だとすれば、ホタルと同じで、成虫になってパートナーを探すためにあの姿になって光るのかもしれない」
トキトはホタルを見たことがありました。その光景と比べているかもしれません。
「ホタルより、一匹一匹が何十倍も明るいぜ。すげえ」
と言葉を失います。ホタルのはかなさもいいものですが、ヒカリムシはもっと強い光です。
パルミがほほをうすく染めながら、見つめています。
「いいもん見ちゃった……これほんものの景色なんだしょー……あたし、この世界、好きになってきたかも……」
ウインも、目が離せません。
「こんなの物語の世界で想像するしかなかった景色だよ……この世界でも、たぶん、大自然の中でしか見られないんだと思う。都会では、こんなにヒカリムシが生きられないと思うから」
こちらの世界であってもヒカリムシの幻想的な風景を見られる人は、多くない。ほかの仲間も、そう感じました。
次から次へと昇り続けるヒカリムシの群れをおそらく何十分間もながめていた子どもたちでしたが、それが
荒野に落ちて二日目のおしまいに、幻想的な風景に触れ、そしてハートタマとドンキー・タンディリーという、ちょっと頼りないような、でもこれから協力していけそうな仲間と出会いました。
ようやく心の中に安心という気持ちがじわじわと広がってきています。
「あふ……」
というカヒのあくびに、ウインがくすりとほほえんで、彼女の肩にそっと手をやって、寝床まで歩かせていきます。
五人とハートタマ、ドンキー・タンディリーという仲間たちは、こうしてダッハ荒野の野営二日目を終えました。
ここで、みなさまには、それ以外の人物のようすを少しお話ししておきましょう。
ダッハ荒野のオアシスの近くに、二人の人物がいました。
一人は獣人です。西の方に数キロメートルの位置。トキトと
彼はワンタン・タンタン族のグレンフェ・チカニコッコという獣人です。ふだんはヒトの姿をしています。街で暮らすときには変身などしませんが、荒野の旅ではこうしてしばしば
彼はプンマース・コデモドという旅の商人に
商人プンマースに命じられて、
三日前にも、グレンフェはオアシスに一度やってきています。そのときは謎の生き物ハートタマといきなり出会ってあわてて逃げ帰りました。その後、おそらく無害なピッチュだったと判断して、もう一度オアシスを偵察しに行っていたのです。
子どもが入りこんでいたのはピッチュ以上に意外なことでした。大人が近くにいたのでしょうか。もしそうなら、大人ではなく子どもがあのように武器を手に
「服装は、この近くの国のものではなかったな。文化の国ソイギニスの衣服に近いか?」
獣人はトキトとアスミチを記憶から思い返しています。そして、
「仮に近くに大人がいたとしても、あの危険なオアシスに子どもを連れてくるなど……やはり不可解に過ぎる。ヘクトアダーの縄張りだぞ」
と自分自身との会話を続けます。
獣人グレンフェ・チカニコッコは、商人プンマースによってあの場所がヘクトアダーという
「プンマースに報告してからだな、考えるのは」
雨の中、獣人の脚で、雇い主のいる場所まで荒野をかけぬけてゆくのでした。純粋なヒト種ではなしえない速度でした。
もう一人、東の岩場に旅人がいます。
小さな人影です。旅人は雨宿りの場所をさがしているようです。
「今夜はここで野宿するのがいいだろう。もうヘクトアダーのオアシスにかなり近いし。岩場のかげに
オアシスまで半日と離れていない距離に、こちらはたった一人です。ただし乗り物としてハヤガケドリという、ウマのように背に乗れる大型のトリを連れています。
「雨も降ってきてしまったからね。岩陰で火を
旅人には大人の
深く頭からかぶった
「ヒカリムシの昇天、地球にいた頃には見たこともない、このバニアアースならではの幻想的風景だな……あの光のもとに、わが故郷から渡ってきた五人の子どもたちがいるのだな……」
謎の旅人は、地球人なのでした。そして、まだ誰も知るはずのない、ウインたち五人の存在と、そこにいることを知っています。
手ごろな場所を見つけて、上着の裏から大きな布を取り出しました。広げるとちょっとした魔法の力がはたらき、天幕になりました。旅人はそこに身をすべりこませ、さらに上着からランプを取り出して火をともします。ランプに魔力をこめるとひとりでに火がつきました。
「二年ぶりだな、ぶっつけ本番で自分の人生を
ちょっとのあいだ、二年前のできごとを思い出すように、ヒカリムシより遠い空を見やりました。
危険よけの魔法をとなえ、野生動物などが近寄らないようにしました。子どもに見える旅人ですが、危険と隣り合わせの旅にすっかり慣れているようです。
軽装の旅人です。印象に残る装備としては、腰にぎっちりとゆわいつけた
――わが『
腰の本の表紙ををぽんぽん叩くと、ひとりでに本は旅人の手におさまりました。そこからページを開きます。紙であるはずの本から、革袋が取り出されました。魔法で収納してあったのです。
「お近づきのしるしには、やはり食べ物を
革袋に入れてあった焼き菓子を口に放り込みました。
「どんな子たちか、楽しみにしよう」
腰を下ろしたまま、西の空をながめます。
「待っていたよ。二年間は、思えばあっという間だったかもしれないな……」
ヒカリムシの立ち昇る光が、
過去の思い出を未来へとをつなぐ光のようでした。
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