第42話 幕間2 と 三つ目の命の危険

 ※    ※    ※ 


 幕間まくあい


 三日目が終わってからもっと未来の、荒野に旅立ってからのお話です。

 ウインがバノにこれまでのあらましを伝えています。


 静かな夜です。

 星々がおおきく荒野の天をおおってガラスのビーズをちりばめたみたいでした。きらめく星座たちがドンタン・ファミリーの旅を見つめています。

 夜風が二人のはだを優しくなでていました。

 ベルサームでのこと。

 ダッハ荒野に落ちてきてからのこと。その三日目の終わりまでの話。

 ウインは眠たげな目に何度もまたたきを重ねながら、熱心に話し続けています。

 バノはウインの話に耳をかたむけつづけました。

 やがて言葉はとぎれ、語るべきことは語りつくしたようでした。聞き終えたバノの顔には、満足感と、相手の疲れをおもんぱかるやわらかな表情が浮かんでいました。

「なるほど、私が合流するまでのことがよくわかったよ」

 とバノはうなずき、ウインに感謝の目をむけました。

「バノちゃん、私、わりと眠いかも……」

 ウインはあくびを一つもらしながら、話のあいまにおとずれた眠気ねむけえています。

「思いのほか遅くまで話しこんでしまったな。私のために、ありがとう、ウイン」

 とバノはやわらかい声で感謝をのべました。

 ウインは笑みをうかべた顔で答えます。

「なんのなんの……でも、もうようっか」

 明日もはるかな目的地に向かって移動しなければなりません。朝は早いのです。

「そうだね。下に降りて野営地にもぐりこませてもらおう」

 バノが大きな本、紫革紙面しかくしめんかわのベルトから手に取り、あたりに置きっぱなしにしておいた道具のいくつかをその中にしまいはじめます。

 ウインはバノに先立って立ち上がります。親しみのこもった声で

「うん。先に降りるね。おやすみなさい、バノちゃん」

 と言うと、バノは片づけの手を止めてウインに顔を向けて、

「ああ、おやすみ、ウイン。明日もいい日になる」

 と手を振りました。

 ウインは明るく、この日の最後の言葉を届けます。

「きっといい日になるよ。私たちにバノちゃんまで加わったんだもん」

 と、笑顔を残して寝床に降りてゆきました。

 ダッハ荒野は星空の下で静かに眠っていました。夜行性の生き物が獲物えものを探してうろついていましたが、目に見えない何かにはばまれるのか、仲間たちのいる場所には近寄ってきていません。

 ひと晩かぎりの野営地です。大きなドンキー・タンディリーのボディにしっかり守られて岩のかげに小さな砂のくぼみと、毛布をいただけの寝床をつくってあります。

 五人の子どもたちが寝息を立てる野営地に、バノがしずかに加わり、まもなく深い眠りに入ってゆきました。

 こうして、ウインからバノへ合流までの事情を伝え終わりました。


  ※     ※     ※


 荒野の四日目は「折りたたみの魔法」の話から始まります。

 この日はバノからいよいよ魔法の手ほどきをすることになっていました。

 そして同時に、巨大なモンスター、ヘクトアダーに最大の警戒をしていかなければなりません。この荒野のオアシスは、恐ろしい大蛇だいじゃ縄張なわばりなのです。

 けわしい大地と緑のオアシスを、朝日がやわらかくらします。

 今朝は、バノからは固いパンのほかに、新たにチーズが少し提供されました。

「うめー」

「にゃは、地球のより味が濃いにゃあ」

「こっちの世界にもウシがいるってこと? チーズはウシやヤギの乳から作るんだ」

「わたしバターなら、料理教室で作ったことあるんだよ」

「すごいじゃない、カヒ」

 というような会話が聞かれます。にぎやかで楽しい朝食でした。

 バノは、そこそこの量の食料を持ってきたようです。ただし、

「逃げ出すことは決めてあったが、準備の時間が足りなかった」

 ということのようです。六人で何日も食べるほどの量はないようでした。

 それでも誰も悲観する者はいません。理由があります。このダッハ荒野のオアシスには、食料が採れる場所があるからです。

 すでに昔に誰かが暮らした野営地が残されており、そこにいた顔も名前も知ることのできないセンパイが作っていた畑が残されていました。

 それに、食べられる木の実や貝があり、まだ食卓に上がったことはありませんが魚も湖にいるのです。

 木の実などの知識は、この世界の精霊、ピッチュのハートタマがいろいろと教えてくれました。ビーズクッションのような体で、自然のことならしっかり知識を持っています。

 食事を終えてやわらいだ雰囲気になりました。

 バノが仲間の五人を集めました。水場の木陰に全員がやってきます。

 みんなの注目を集めた上で、ゆっくりとした、しかし真剣な口調で話し始めました。

「今日一日の作業を始めるにあたって、全員に話を聞いてもらいたいんだ」

 五人の仲間たちは話題の見当がつく気がしています。

「ヘクトアダーをはじめとする、危険なモンスターのことと、その危険に対処するための魔法のことだ」

 予想のとおりでした。

 ヘクトアダーという言葉に、反応したのはウインとパルミでした。二人がカヒの方を心配そうにうかがいます。

 カヒは少しだけ緊張したようです。けれども、昨日の晩のように震えたりはしませんでした。

 嫌な予感に、少しだけ耐性がついたのかもしれません。

「ここは昨夜のうちに話したとおり、ヘクトアダーの縄張りだ。あまり長い間とどまると、全員の命の危険があるかもしれない。このことはくり返し伝えておきたい」

 ウインが激しく反応しました。警告にしても、だいぶ強い表現だと感じてウインは動揺したのです。

「ぜ、全員の命の危険? 食料も水も、とりあえず手に入ったよ? なるべく早くここを出発すれば安全なんだよね?」

 ウインたちの生まれ育った日本という国でも、野生のクマなどの被害がニュースになることがありました。そうした事故でも、命まで失うことは多くなかったはずです。

「ああ、君たちの働きはなみの子どもを超えるものだ」

 とバノはうなずきながら続けます。

「素直に感心するよ。でも、ヘクトアダーはヒトを食べることがあるとわかっている危険な生き物だ。それがいつやってくるか正確にはわからない。ハートタマが危険に気づいてくれることを期待するが、気づいてからでは遅い……なんてこともありうる」

 自分たちに起こるかもしれない話なんだと、心を落ち着かせて聞こうとするウインんでした。

「う、うん。命、が危険かもしれないんだね」

「ヘクトアダーだけではない。あまり気配が明らかではない獣人を、君たちが目撃している」

 トキトが言葉を発します。

「おう、獣人とは一度戦闘になったからな、俺たちも気をつけるようにしてきたんだ」

「襲われたのがトキトじゃなかったら危なかったよね」

 トキトとアスミチが言う言葉にうなずきを返してバノが続けます。

「獣人の気配はハートタマでも感知できないんだろう? 二つ目の危険というわけだな。さらに三つ目の危険について、これから話すよ」

 バノはためらうことなく危険を列挙していくつもりのようです。仲間たちの心はたちまちピインと緊張の糸を張りました。

「え、まだあるの……怖いな」

 カヒがぶるっと身を震わせました。

 ウインとパルミが両側から体を寄せて年下のカヒをかばうようにしました。


「三つ目の危険。ラダパスホルンから、近日中にヘクトアダー討伐隊とうばつたいがやってくる予定になっている」


 バノの言葉に、トキトがまゆをひそめながら口を開きます。

討伐隊とうばつたい? ゲームの世界みたいな騎士きしや魔法使いか?」

 バノは肩をすくめます。

「魔法使いはめったに出てこない。ほら、昨日説明しただろう、戦いに魔法使いが参加するのは制限が多いからさ」

 ともう一度説明しました。パルミは違和感を覚えたようで、こんなふうに言います。

討伐隊とうばつたいが来るんなら、ヘクトアダーをやっつけてくれるってことっしょ? 危険の逆じゃね?」

 そこにウインが訂正を加えます。

「パルミ、そうかもしれないけど、私たちもバノちゃんも、ここにいるのが見つかったらまずいんだよ?」

「あちゃー、そうだった。キケンキケン」

 そこにアスミチがここぞとばかりに言葉をはさみます。

「ぼくたちに魔法を教えることで、危険に立ち向かう、って言いたいんでしょ、バノ」

 いささか話を急ぎすぎています。アスミチの「魔法を知りたい」という願望が強く表れているのでしょう。

 バノは、一度にすべてを教えることはできないが、と前置きして、

「アスミチの言うとおり、魔法はたいへん役立つ。今日は魔法道具を一人ひとつずつ、仲間のみんなに渡しておこうと思う。いきなり魔法を使うのではなく、道具になじむところからだ」

「魔法道具! それって、自分では魔法の呪文をとなえたりしないの?」

 アスミチが食い下がると、バノはにが笑いして、

「呪文にあたる魔導まどうが、すでに品物の中に組み込まれているんだよ。だから一般の人間なら、誰でも使える。少しの魔力を消費しながらね」

 そう言うと、バノは腰の本を手に取りました。昨日はこの本のページを破って使ったのですが、今日は違う使い方のようです。

「この近世界で便利な道具として流通しているものといったら、なにを置いてもこれだろう。折りたたみ風呂敷ふろしき。折りたたみ魔法をかけた布だ」

 どこから取り出したのか、ハンカチの大きさにたたんだ布を手に乗せています。厚みがあるところを見ると、広げればハンカチの何倍も大きいのでしょう。バノは続けて説明します。

「どうやら過去に日本人が渡ってきていたようだね。近世界での発音もフロシキとなっている」

 ウインが異世界渡りには強い興味をしめします。

「やっぱり日本からも来た人がいたんだね。フロシキっていう名前はその証拠。私たちだけじゃなかったんだ……」

 その言葉は、家に帰る希望の光が強くなったことを感じているようでした。

 過去に異世界渡りをした人がいることを心強く感じる気持ちは、みんな同じでした。

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