第41話 安らぎの終わり ダロダツデーニは数千キロメートルの彼方に
バノと出会ってもう何度目なのか、数えることをあきらめた子どもたちですが、それでもなお、おどろきと
六十メートルあるヒト食いのヘビ。
ヘクトアダー。
そんなものが
「君たちが目撃していない。ということは、別の土地にいるのだろう。ヘクトアダーは縄張りを何十日もかけてめぐる習性がある」
「でも、バノちゃん。今夜とか、すぐにでも現れるかもしれないんじゃないの?」
ウインの問いにバノが答えます。
「いつ現れるか、それともずっと現れないか、わからない。君たちがまだ出会っていなくて幸いだったよ」
ハートタマが忘れてしまっていた恐ろしいものの正体も、どうやらヘクトアダーのようで、こんなふうにハートタマは言います。
「オイラ、ヘクトアダーを見たことがたぶんあるぜ。怖いでっかいもんが湖のまわりにいたのを、ほとんど忘れてるんだが、見た気がする」
そして、自分を頼ってくれる仲間たちに役立てないことをわびるのです。
「すまねえ。オイラたちピッチュの頭は、ヒトよりか虫とか鳥とかに近いかもしれねえ。三歩歩けばもう忘れる
話している言語は日本語ではないのに、日本語で表せる言い回しをします。ぬいぐるみかビーズクッションみたいな姿なのに、すごく人間っぽい、ちぐはぐなハートタマなのでした。そんなところがおもしろいとウインは思うのですが、今はそのことを言っているときではありません。
カヒが「そんなことないよ」と言い、アスミチとパルミも、ハートタマに助けてもらったことを言葉にして伝えました。ハートタマは涙をこぶしでぬぐう仕草をして、「ありがてえ」と答えました。
バノが話を進めていきます。
「最大級の警戒をしながら、このオアシスを離れる
これにはカヒがおどろきました。
「えっ、バノ、ここはセンパイの野営地も、センパイの畑もあるのに」
自分の恐ろしい予感と、ここでの生活の安心感との
「オアシスを離れる……たしかにヘクトアダーというモンスターは危険みたいだから、わかるんだけど……今、急にはイメージできないよ」
ウインには、自分の
アスミチが「明日、もうここから離れるの?」と聞くと
「いきなり旅立つなんてことは無理だ。ヘクトアダーが現れないかぎりは、準備に時間をかけたほうがいい」
ということのようです。トキトがバノを補足します。
「野営地を離れたくない気持ちもわかるけどさ」
と理解を示したところで、息をひとつ入れて続けます。
「バノとハートタマがいてくれれば、俺たちだけで旅することは、たぶんできると思うぜ」
カヒやウインとは違って、トキトはバノと同じく、オアシスを離れて安全を取ることを考えているようでした。
パルミが反応します
「うえっ、トキトっち、どこまで本気なん? 旅? バノっちは魔法も使えて頭もいいし、ハートタマは食べ物知ってて感応の不思議なパワーがもりもりだけどさあ……」
そこでトキトが片手をあげてパルミを制しました。こことばかりに班長の頼もしさみたいなものを感じさせる仕草でした。
トキトには、一点ここで考えに入れるべきだと思っているのです。ドンのことでした。間をおかずにそのことをみんなに告げます。
「すぐに旅に出ないとしたらさ、ドンを連れていく場合だよな。ドンが動けるまでに時間がかかるんだろ?」
ドンの声が、頭の中に響きます。おどろき、そして心外だ、というような気持ちのようです。
「えっ、一緒に行きたいよ! ここに残ってもボク、どうしたらいいかわからないし……みんなと一緒がいいよ」
トキトは、仲間たちの顔を見ています。ウインは思います。
――ドンを連れていくか。それとも連れていかないで野営地を離れるか。みんなの気持ちが聞きたいんだね、トキト。
カヒがまっさきに答えます。野営地を離れることよりもドンと別れることのほうが嫌なのでしょう。
「わたしも、ドンと一緒がいいよ。たぶんトキトもそう言いたかったんだと思うよ、ドン」
ほかの仲間たちも、うなずきながらカヒとトキトを見ています。トキトもその反応を見て、こう言いました。
「そうだな。俺も準備したほうがいいって思ってる。準備ってのは、ドンにたっぷり食べさせて、体の修復をすることだ。な、そうだろ、バノ」
バノは肯定の答えを返します。気持ちはバノも同じだったようです。
「トキトの言うとおりだ。ドンキー・タンディリーの存在は、私にとっても計算外だった。けれど、いい方の予想外だよ。ドンは乗り物になってくれると言ってくれた。荒野の旅に、ドンに乗っていければいいと思う」
トキトとバノの言葉で、ドンがうれしそうな声色になりました。
「乗り物に、なれるよ! なるよ! 喜んで!」
仲間たちは笑って、なごやかな気分になりました。命を助けてくれたドンがこれほど望んでくれるのに、置いていくことなどできない。そう思っているのです。
ドンを修理することをこれからも優先していくことにしました。
アスミチが話の整理をします。
「ヘクトアダーや獣人が、今のところ、わかっている危険だね。そして、荒野に出たあと、ぼくたちはできればドワーフのいる土地を目指したいって思っている。そういう話だったよね、みんな」
「それ、バノちゃんに伝えておかないと」
とウインが言い、アスミチがドワーフの土地を目指す理由を説明します。
「エルフのエトバリルが言ったんだ。ドワーフに、ゲートをコントロールする装置、ダロダツデーニが伝わっているって。だから、ドワーフにその装置を使わせてもらって地球へ帰れるかもしれないって、ぼくたちは考えているんだよ」
バノはほう、と大きく息をつきました。
「ダロダツデーニ」
と一度くりかえして記憶に刻むと、感想を言います。
「君たちはすごいな。そこまで具体的な
ウインが気になることを聞きます。
「ハートタマにもドワーフの土地のことは少し教えてもらったの。そこってどれくらい遠いの?」
「数千キロメートルある。日本列島の、沖縄から北海道までより遠い」
「えっ、そんなに遠いの……」
カヒが
「カヒっち、だからバノっちがさ、ドンちーが乗り物になると助かるって言ってたんじゃん。日本の南から北まで移動するのだってさー、飛行機なら数時間じゃん、たぶん」
「パルミー、ドンは飛行機には変形できないだろ、いくらなんでも」
とトキトがツッコミを入れました。
「じゃ、自動車。あたし、東京と大阪をうちの自家用車で移動したことあるよ」
そう言ったパルミにカヒがたずねます。
「自動車だと東京から大阪までどれくらい時間がかかるの?」
「高速道路を夜のうちに走ったら、夜中に出発して、朝のうちに到着しちゃった」
聞いたカヒが顔を輝かせます。
「すごいじゃない。ドンが乗り物になってくれたらすっごくいいよね」
カヒがパルミに身を乗り出してもっとくわしく聞きたがっていたようでした。すっかり寒気もなくなってきたようです。
が、そこでバノが注意をうながします。
「喜んでいるところに水を差すようだが、高速道路のように素早く移動することはできないぞ」
その指摘にはカヒもわかっていたようで、
「うん、道路、ないもんね。一日なんていうのは無理だよね」
カヒの関心がドンに乗って荒野を北に向かうことに移ったのはいいことでした。バノも、ほかの仲間も、前向きの話題を続けようとします。
「ドンの性能にもよるが、ほかの移動手段より、ドンに乗れるほうがおそらくいいだろうと私も思っているよ」
バノに同調してトキトが、
「だよな。日本でも、自動車に乗っていればヒグマからだって逃げられる。乗り物は重要だぜ」
そう言うと、バノがふたたび答えて、
「ヒグマより危険な生き物も、この近世界にはいる。乗り物の重要度もそれだけ高いと考える」
どうやらドンキー・タンディリーはバノからもとても役に立つと期待されているようです。カヒはそれがうれしいようで、
「バノがそう言うのなら、そうだよね!」
こんなふうにカヒがすっかり調子を取り戻したので、仲間たちはほっとしました。
危険の話。そしてこれからの旅の話。
重要な相談が終わりました。
午後は、決められた予定を、みんなでモリモリとこなしました。
やがて
作業の中心はドンにたくさん食べさせること。
ドンが乗り物になってくれたら、いよいよダッハ荒野を北に向かい、ドワーフのいる土地を目指すのです。旅の途中でさらに物資を補充してドンを修復していければいいでしょう。
ドワーフが持つというダロダツデーニの力を使うこと。それが目標となります。
地球から来たばかりの五人と、今日あらたに仲間に加わったバノと合わせて六人で地球へ帰るのです。ハートタマとドンキー・タンディリーもそれまで協力してくれると言ってくれました。
バノが与えた貴金属ルテニウムはだいぶ役立ったようで、ドンキー・タンディリーの体の中で、この日はたくさんの物質が作られたようです。思ったより早く、スクラップヤードまでの移動ができるかもしれないと、仲間たちは期待をふくらませました。
こうして六人の人間とハートタマ、ドンキー・タンディリーが仲間になり、荒野の三日目が終わります。バノをあらたに迎えて、センパイの野営地で夜を越します。
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