第40話 成長魔法で青年になれ

「私の二年間については、またいずれ話していこう。ここで君たちに伝えるべきは、この近世界で生きるための知識だ」

 アスミチがすかさず口をはさみます。

「明日には、魔法を教えてくれるんだよね」

「ああ、もちろんだともアスミチ。魔法でこういうこともできる」

 バノは三度目の魔法を披露ひろうしました。

「さきほど話に出たものだ。成長魔法、と呼ぶことがあるよ」

 バノがぶかぶかのジャケットを着ている理由を、このとき仲間たちは理解しました。

 バノは自分の身体に魔法をかけ、みるみる背が伸びたのです。

「おおっ、バノっち、あたしよりかなーり高くなったじゃん。すっげー」

 パルミが自分の頭とバノの頭とを手を水平に当てて比べてみます。パルミよりかなり上です。大人の背の高さでした。

 ウインもバノの上から下までながめたあと、

「シークレットシューズとか、そういうのと違うんだね。ほんとうに、成長してる……」

 と感心しきりです。くつやボトムスも、このために余裕のあるものを着用していたのがわかりました。

 ちなみにシークレットシューズというのは底を厚くして人知れず背を高く見せる靴ですね。

「顔つきも、大人っぽいよね、バノ」

 とカヒが正面からバノを見すえて、目を見開いています。

「そうだよ、カヒ。自分の成長しようとしている体に自分の意思を伝えるレット魔法だからね。顔つきも体つきも、それなりに希望の通りに……いっ、パルミ? なになに?」

 パルミがバノの周りをうろうろ回っています。しきりに、ふむふむとか、はーんとかつぶやいています。アスミチがぐるぐる動くパルミを首で追って、

「なにしてるの?」

 とたずねると、

「この魔法、いいじゃん、いいじゃん?」

 ひとりごとのような返事で、なにがいいのかは言いません。

「気に入ってもらえたならよかったが……パルミが魔法が好きとは気づかなかったよ」

 とバノもよくわかっていないようすです。そこでパルミは自分の行動を説明します。

「いやさあ、女子が四人いるわけじゃん? で、ウインちゃんは、顔もかわいいし、女子っぽい体つきなわけ。あたしと、カヒっちは、顔は悪くないと思うけどね、でも、体つきは男子と変わらないっしょ、こう、ずどーんとね?」

 両手を肩幅かたはばよりせまいくらいに開くパルミ。上から下までストンと下ろす動きををして見せます。たぶん自分の胴体どうたいを表しているのでしょう。

 バノが苦笑しました。旅の安全の話のはずが、外見の変化を気にしているのです。でもパルミの気持ちもわかります。

「パルミはそういうところが気になるお年ごろか。そうだね。今、私は正体も明かしたので女っぽい成長を選んだ。でも、論より証拠しょうこ百聞ひゃくぶんは一見にしかず、女っぽさをおさえてやってみよう」

「選べるの? それはすごいね」

 おどろくウインの目の前で、バノは魔法を解除かいじょして、そしてもう一度成長魔法をつかいます。

 今度は、高校生男子みたいな印象に成長しました。もともと中性的な顔立ちのバノは、これなら男子として暮らしてきたことも無理なさそうに思えました。アスミチが思い当たって

「旅をするときにはこの姿で交易をするつもりなんだね」

 と言うのにバノが「そうさ」と短く答えました。

「なるー。理解した。バノっちがダボ服を羽織はおってんのは、成長魔法を使ったときにジャストサイズになる計算なんねー」

 パルミが何度もぐるぐる回っていたのは、そういうことを考えていたためのようでした。

 カヒが、自分もバノのように高校生くらいになれるかと質問すると、バノは

「あまり年齢が上がると体の負担も大きいし、無理がある。せいぜい五歳くらいの成長が限度だと思ってくれ」

 と答えました。それだけでもカヒは満足できるようです。

「うん、五歳上がると十四歳だ。わたしも、パルミより背が高くなれるよ」

「にゃにぃー。カヒっち、あたしは十五歳になるんだよ。ばっちし高校一年生」

 と張り合います。

「そうだね。パルミが高校生になったら、すっごく美人になるんだろうな。今も美人だもん。早く魔法を教わって、見てみたいよ」

 カヒは素直に受け取るのでした。パルミはまっすぐ受け取られてかえって反応に困ったようで、口を二、三度パクパクしました。

 アスミチものどに片手を当て、

「十四歳になると、声も変わったりするのかなー。あー、あー、あー」

 と声のトーンを下げて声変わりした自分を想像しています。

「俺も十六歳になるのかー。ベルサームの奴らより強くなれそうだぜ」

 トキトの想像力は、ほかの仲間と少し違う方を向いているようでした。

「トキトの期待には沿えそうにない。形が変わるだけで筋肉などはほとんどもとのままだ。はりぼてボディーではむしろ戦いにくいはずだ」

 バノが留意点りゅういてんを告げたのでした。さらに続けて、

「まとめると、成長魔法は、今の自分が成長する方向をある程度、選べるだけだからね。しかも外見だけだ。ウインの場合は、パルミの言うように、すでに女性っぽい丸みが出ているから、私のようにずどーんとした胴体に……ずどーんには、ならないし、なれないヨ。よかったネ」

 なんだか暗いトーンの声になり、ウインがあわてます。

「バノちゃん、なんで暗くなるのー! バノちゃんすっごく美人だった、ちっともずどーんとしてなかったよ! 未来はセクシー美人だよ、確定だよ」

「じつのところ、魔法でわりと無理してさっきの体型を作っていたんだヨ。今の男っぽいのは、あんまり調整していない、本来の私の未来像……」

「可能性をあきらめないでー!」

 落ちこむバノを、ウインがなぐさめることになりました。

「今の、男っぽいバノのほうが、でっぱり少なくて動きやすいから便利じゃねえ?」

 とトキトがつぶやいて、またもパルミに

「これだからトキトっちはデリカシーがないって言うの! はいはい、男子は作業に戻って。女子の体型の話に入るのは禁止ですぅー」

 とアスミチともども戸口に押しやられてしまいました。

 そのまま野営地の外まで追い出されてしまいそうでしたが、バノが引き止めます。

「いや、パルミ。お気遣いありがたいが、まだ今のうちに話しておきたいことがある。トキトとアスミチ、ハートタマも、もうちょっとだけ残っていてくれないか」

 ふたたび全員を集めました。パルミが「バノっち、大人ぁー」と言ったのはトキトに対する広い心のことでしょう。

 それで、またもとの位置に戻っての情報交換が再開されました。

 アスミチが

「だいたい情報は行きわたったんじゃない?」

 と言ったのですが、バノが制します。

「悪いが、きわめて重大な、危険の話なんだ」

 と前置きして、みんなに聞きました。

「この森、なにか危険な生き物を見かけなかったかい?」

 残りの五人とハートタマはおたがいの顔を見合わせます。どの顔も心当たりはなさそうでした。

「獣人が一人いるって話は、さっき伝えたよな? それのことじゃなくてか?」

 バノにトキトが答えます。

 バノは「獣人以外でだ」と言ってから、ついにその話におよぶのです。

「いるはずだ。水場をテリトリーにしている凶暴なのが……だが、君たちはまだ目撃も接触もしていないのだな。ある種のヘビ……」

 説明をしかけたところで、カヒが大きく体をびくりと反応させました。なにか怖いことを感じ取ったような仕草です。続いてウインも「ヘビ」とつぶやくと、両腕で自分を抱えました。

 カヒが体を震わせています。

 熱病にかかったように青ざめた顔色になっているカヒは、ひたいや首筋に汗を浮かべています。

 アスミチとトキトが彼女のそばで肩を支えようとしています。今にもカヒが倒れそうに思ったのです。

 しかし、病気ではない、おびえです。ほかの子どもよりずっと感じやすいカヒのなにかが、危険を告げているのでした。

 バノが茶色い小瓶こびんをカヒに渡します。

「カヒ、これを飲むと落ち着くから。ドリンク剤みたいな薬だが」

 バノから渡された薬をカヒはためらわず飲み、「苦いよ」と小さく言ってバノに笑顔を向けました。強がりがにじみ出ていました。

 カヒは小さく、

「ごめんね、でも、痛いとか苦しいとかじゃなくて……なんか、ここ、怖いの。昨日からずっと怖かったんだけど、それが急に強くなって……」

 と仲間に伝えました。

 アスミチがカヒに優しく問いかけます。まだカヒの肩にふれるかふれないかのところで手をそえています。

「なにが怖いか、言えるかい、カヒ?」

 カヒは首を小さく横に振り、

「ううん。自分でもわかんない。でも音が聞こえるみたいな気がするの」

 と、あまり歯切れがよくありません。カヒ自身も説明できないことをもどかしく思っているようすでした。

 カヒに続けてウインが自分の心当たりのようなものを言います。

「私も、少し悪寒おかんっていうのかな、怖いようなぞくぞくした感じを受けてるよ。バノちゃんがヘビ、って言ったときだよ」

 カヒが脈絡みゃくらくなく、こんなことを聞きます。トキトとアスミチの顔を交互に見ながら、

「ヘビって、鳴き声を出したりしないよね?」

 これにはトキトが、

「俺の知っているヘビは鳴かない。世界のヘビにはガラガラヘビみたいに抜けがらを使って音を出すヘビはいるっていうよな」

 と答えます。

「なんかね、大きな荷物を引きずるみたいな音だよ。ほんとに耳に聞こえるわけじゃないんだけど」

 カヒが言うと、ウインは自分にはそこまではっきりわからない、と言いそえました。音となって聞こえるのはカヒだけのようです。

 バノの視線が真剣そのものです。

「カヒの反応は過敏かびんとも言えるね。ねえ、みんな、カヒは普段からこういう……そうだな、こういう言い方をして申し訳ないが、不安定なことを言うことがあったのかい?」

 状況をつかむだけではなく、カヒやウインへの理解を深める意味もある問いでした。

 カヒといちばん長く過ごしてきたアスミチが応答することになります。

「こんなふうになったのは僕が知っている限りでは初めてだ。でも、カヒはすごくかんがするどいんだ。だからバノも、みんなも、カヒの言うこと、気をつけて聞いてよ」

 カヒがぼそりとつけ加えました。

「今は、まだ何もわからない。怖いものがいるっていうだけ」

 バノの薬が効いてきたのか、声の調子も落ち着き、寒さに耐えるように震えていた体も動きを止めています。

 バノがしっかりした口調で、警告を口にします。

「近世界は、思念を伝えやすい、感覚を敏感にする世界なんだ。カヒはたぶん、感じ取っている。ウインもね。もう近くにいるのだろう。ぬし

 彼女の声はあせりもなく、やわらかいトーンでした。しかし、大きな危険への警鐘けいしょうを鳴らすものに違いありませんでした。

「ダッハ荒野の大地を割ってオアシスを作り出したのが、おそらくカヒとウインが感知しているオアシスの主だ」

 アスミチが怪訝けげんそうな顔をします。

「大地を、割る? オアシスそのものを、作る? そんな生き物が……」

 バノがすかさず言い切りました。

「六十メートルもの長さを持つ、ドラゴンの亜種、ヒトでも牛でも食べる巨大なヘビがここにはいる。名前はヘクトアダー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る