第69話 鉄の右腕、銀の巨人

 地面すれすれを飛んできたのは、ドンキー・タンディリーの右腕でした。

 ドン自身がちぎり取り、投げたものです。

 ひじから先だけのその腕は、弾丸のように宙を移動し、ヘクトアダーの頭部に激突しました。

 ガアンという大音響とともに、ドンの腕はアダーの頭部に深く食いこみました。

 ドンは、ほんの少しですが、動けるようになっていました。パルミ、ウイン、カヒが大切なものをドンに与えた結果です。

 ドンはかすかに思念をみんなに伝えることができるようです。

「やった……よ!」

 アダーの頭の上半分は、ドンの腕でおおわれました。まるで目隠しの布をつけられたかのようです。両目が完全にふさがっています。

 視界をさえぎられ、さらに脳に大きな衝撃を受けたことで、アダーの動きが一時的に止まりました。

 トキトは、走りながらふり返り、その光景を目にしました。

「助かったぜ、ドン。それからありがとな、パルミ、ウイン、カヒ」

 しかし、彼は茂みに隠れることなく、まっすぐに走り続けます。

 ヘクトアダーは、トキトを追うことをあきらめていませんでした。

 たとえ目が使えなくても、アダーにはピット器官という熱を探知する感覚器があります。地球のヘビ類も持つ感覚器官で、獲物の体温をとらえる能力です。

 ハートタマが強い警告の声をあげます。

「危ねえ、トキト、ヘクトアダーはなにかしてくるぜ!」

 全員の目が、再び緊迫きんぱくした戦いに向けられました。

 ヘクトアダーは新たな一手を放とうとしているのです。

 バノがその動きを伝えます。

「上から尻尾だ、トキト!」

 アスミチも叫びます。

「熱で見えてる!」

 その声が届くか届かないかの間に、ヘクトアダーは尻尾を上から振り下ろしました。

 尻尾と岩場との間に熱源をはさみこみます。熱源とはトキトです。

 バリバリと音を立てて尻尾が根本から先端まで地面に叩きつけられました。

 ヘクトアダーの心には愉悦ゆえつの感情が満ちていました。「小さいやつを頭から胴までぺしゃんこにしてやった」と思っているのでしょう。

「うわああああ、トキトぉおおぉ」

 ハートタマが叫びました。

 トキトはつぶれてしまった――。

 しかし、次の瞬間、思念が仲間たちに伝わります。

「バノ、教えてもらった魔法、うまくいったぜ!」

 生きている――トキトは生きていました。

「おげえ、トキト、なんで、トキトなんで」

 ハートタマがきもをつぶしたような声で叫んでいます。

 バノが仲間全員に説明します。

「冷却魔法と同じ原理をトキトに教えておいたんだ。加熱魔法だよ」

 たしかに冷却と加熱は似た作用です。

「トキトの細胞の一部を粒子りゅうし化して分離し、熱源として残したのさ」

「そうだぜ。魔法で熱だけを置いてきた。これで時間によゆうができただろ」

 トキトは魔法でヘクトアダーをあざむいたというのです。

 アスミチも大きな声で伝えます。

「すごい、トキト。また新しい魔法だ」

「おう、さっき教えてもらった魔法と同じ感じだったぜ」

 トキトの思念が答えました。

「必ずできると思っていたよ」

 バノのコメントは満足そうでした。

 仲間の理解がまだ追いついていません。

 パルミが言いました。

「なに、じゃあ、熱を持った粉みたいのだけ、トキトっちの代わりにアダーのおとりにしたってことなん?」

「そうだ。髪の毛を刺激物に変えたのとほとんど同じだよ」

 バノが答えました。

 アスミチがSF特撮やアニメで聞いたような表現で言い換えました。

「ヘクトアダーに、『熱の残像』を作って見せた……ってことだよね」

 カヒが冷やかします。

「なんか、かっこいい言い方してる、アスミチ」

 そのやりとりに、仲間たちの緊張がわずかにゆるみます。

 トキトはその間も走り続け、バノとアスミチに追いつきました。

「ヘクトアダーがもう復活してる。悪いけど、このまま抱っこで走るからな」

 トキトはそう言い、バノとアスミチをそれぞれ肩の上に持ち上げます。

 腹ばいの姿勢で荷物のようにかつぎ上げられたバノは、あわてて声を上げます。

「おあっ、また、これ!? 怖い、トキト、ちょっとまっ」

 トキトは耳を貸さずに疾走しっそうします。

 バノはさらに言いますが、トキトは冷静でした。

「やっ、走れるから、ブレスも来ないし、うぎゃあ」

 あれだけ冷静沈着だったバノが、年相応としそうおうのリアクションを見せているのを見て、アスミチは笑いがこみ上げました。

「ぷっ」

 自分も同じように担ぎ上げられているのですが、年下かつトキトと同性とあって、バノほど気になりません。

「なに笑ってるの、アスミチ。ねえ、トキト、せめて姿勢を変えさせてくれ。これじゃ地面と真後ろしか見えない」

 担がれたもこれで二度目です。バノも言葉で抗議する余裕が生まれているようです。トキトは軽く笑って告げます。

ねるぞ、したむなよ、ほいっ」

 言葉通り、と気をくと、走りながら上にぴょんとジャンプします。二人を空中に放り上げ落ちる直前にキャッチして肩に腰掛ける姿勢に変えます。

 アスミチは感心し、

「わっ、すごいトキト。曲芸師みたいだ」

 バノもようやく落ち着きます。

「だいぶマシになったな。これなら周りも見えるし、魔法も使える。意外と理にかなってるじゃないか」

 茶色の中に赤みを帯びているトキトの頭髪を、手綱たづなのように握りしめて、ふり返ります。

 ヘクトアダーの様子が、よく見えました。

 それと同時に、ヘクトアダーの背後でも変化が起こっています。白銀の巨体が動き始めたのです。ミシミシと木の枝を砕いて散らす音がします。

 ウィルミーダの四肢に力がみなぎっているのです。関節にはさまったり、体にからみついた植物がちぎれて散っていきました。

 ウィルミーダの機体全体が、今、目覚め動き出していました。


 走るトキトたちの背後では、ドンキー・タンディリーの右腕がまだ動いていました。

 ドンの右腕はちぎられた状態でヘクトアダーの頭部に攻撃しています。

「ありがとう。トキトおにいちゃんを助けるよ。そのために、ボクに大切なものをくれたんだもんね」

 ドンは貴金属を受け取り、すぐさま右腕を武器として使用したのでした。

 ヘクトアダーの頭部にめり込んだドンの右腕は、まるで生きているように指を動かしています。ひしゃげた腕が動いて指がヘクトアダーの頭に食い込み、力をこめてつかんでいるのです。

 アダーは暴れ回り、頭を地面や樹木にこすりつけてがそうとしますが、右腕はびくともしません。

 ドンの本体は、肘から先のない右腕を向け続けています。分離した右腕に力を送り続けているのです。

「危ねえ、キョーダイたち、離れようぜ」

 ハートタマにうながされ、ウインたちはドンから距離を取ります。

 アダーを押さえ込むドンの右腕が時間を稼ぐ間に、ウィルミーダの四肢ししが動き始めます。

 からみついた植物を砕き、音を立てて立ち上がる巨体。白銀の機体が戦場に戻ろうとしています。

 カヒがトキトたちに伝えます。

「ウィルミーダ、動いてるよ。よかった。ミッケンが立ち直ったんだね」

 子どもたちとハートタマは、ドンの腕の動きを見つめていました。

「ちぎって投げたのに……ドンの腕が……」

 アスミチはそう言ったまま言葉を失っていました。

「まだ動いてるじゃん」

 とパルミもおどろきを隠せず言いました。

 トキトは担いだ二人を支えながら走り続け、ヘクトアダーとドンキー・タンディリーの戦場を離れつつあります。

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