第45話 魔法道具グランマガザン

 ※    ※    ※


 ダッハ荒野――

 トキトやウインたちのいるオアシスまで一日の距離に、旅人がいます。

 彼は乾燥かんそうした荒野に大きなターフを立てて広い日陰ひかげを作り、太陽の光と熱をさえぎっています。快適な日陰におり、スルーマ国製の高級な木の椅子いすをふたつ、並べています。

 腰をかけているのは身なりのいい若い男。

 名前をプンマースといい、移動商人です。

 ダッハ荒野を東へ西へとさまざまな国に移動しては商売をしています。彼はテーブルに金属のグラスを置いて、魔法で冷やした飲み物を口に運びます。グラスには折りたたみ消毒しょうどく装置そうちのフロシキ・リングがついていて、リングを上下するだけで安全な飲み物が手に入ります。

 プンマースは高価な持ち物をたくさん持っている男です。つまり、大金持ちです。

「なあ、グレンフェ・チカニコッコ」

 プンマースは無人の空間に話しかけました。

 グレンフェ・チカニコッコの本名はもっと長いものですが、誰もフルネームを言わず、そもそもほとんど知られていません。

 目の前に話し相手がいるような口ぶりですが、もう一方の椅子はからです。だれも腰かけていません。

「なんですか、プンマース・コデモド」

 声が返ってきました。声がしたのはプンマースの襟元えりもとあたりからです。そこの内側には小さな通信装置である「バイ通信機」が貼りつけてあるのです。彼らは魔法を使ったバイ通信でやりとりをしているのでした。

 グレンフェは、だいぶ遠いところに使いに出ています。プンマースは報告がほしいようです。

「なんだっけ、ホサラオアシスに大きな落下音と、ぺらぺらピンクの生き物と……あと、ソイギニスの子ども? 奇妙なことがいくつもあったんだろ。どれか調べられたことがあったかい?」

「……ありません」

 バイ通信の声はすまなさそうでした。

「悪かったね。なにかあるたびに見に行ってれ、戻ってきてくれ、また見に行ってくれのくりかえしで。それに第二オアシスのキジュまで足をのばしてもらってしまった。君の戦闘能力、隠密おんみつ能力を高く買っているからなんだけれどさ」

 プンマースは責めるつもりはないようです。部下のグレンフェをいたわりました。

「わかっています。仕事ですから。キジュには異状ありませんでしたが、ほかのどこかに、ベルサームの兵士がドミュッカからひそかに侵入してくる可能性があるんでしたよね。ほんとうなら一大事だ」

「いやあ、助かるね。君のようにまっすぐな人間と仕事ができて、プンマースという男は幸運なやつだ」

 言葉のうえでは穏便おんびんですが、プンマースは人を使い慣れた男です。部下に連絡をするだけで、プレッシャーになることをよくわかっています。だから言葉ではなにも圧力を感じさせる必要はないのでした。

 グレンフェの声はあからさまにほっとした空気をおびました。

「あなたこそ、約束はかならず守る、支払いはいい。グレンフェ・チカニコッコもそういう雇い主と契約けいやくできて幸運ですよ」

 プレッシャーをかけて、ほめて、はげましたなら、プンマースの業務は終了です。移動商人のほうも力を抜いてこんなふうに答えました。

「そいつは重畳ちょうじょうだ。つぎに戻ってきたらもう夜だ。ちょっとふんぱつして風呂をわかそうぜ。ダッハ荒野の乾いた大地でバスタブを出してぽかぽか入浴、なんとぜいたくな!」

「それ、俺へのいたわりってことですか?」

「商人らしくない言い方は好きじゃないな。コデモドの血筋はこう言うのさ。『ちょっとしたボーナスだ』」

 ふふふーと、いたずらっぽくプンマースは笑います。

「んじゃ、ボーナスを楽しみにしてますよ」

「うん。がコデモドの家宝、魔法道具グランマガザンの運搬力を君も知ることになる。その恩恵おんけい、ほっこりと浴してくれたまえ。じゃ、調査よろしく。あ、当初の目的の採取物もありそうだったかい?」

 あえてここまで聞かなかったことをプンマースは持ち出しました。

「採取物はまちがいなく。そっちはもう確認してあります」

 グレンフェの声がさらに明るくなりました。

「いいね、仕事が早いね。じゃあ今夜の一番風呂は君に空けとくから」

「……恐縮です」

 グレンフェは獣人の一族の出身です。純粋な人間種のプンマースのことは、「あまり出会ったことのないタイプの人間」と思っています。「この人とは仕事がしやすい」とも感じています。

「ベルサームの動きは奇妙すぎる。国境ではなく湖に軍隊を集めている……今までの常識では推しはかれないことが起こっている可能性がある」

 しかしその実態はまだなにも手がかりがありません。プンマースはこの話題を引き上げることにしました。

「商売人としてはさ。もうけを考えたいね。ホサラ・オアシスで仕入れたものは、必ず過去にないほどの高値でさばける」

「はい、毒はかならず手に入るかと」

 そこでプンマースはおもしろい空想をします。声が楽しげになってきました。

「いや、それどころかグレンフェ、もしオアシスでヤツの脱皮したばかりの抜けがらなんか、見つけたとしてみろ。魔力の残っているうろこが最高級の防具になる」

「抜け殻が見つかれば……そうですね」

「君は思っている。とらぬタヌキの皮算用かわざんようとはこのことだと。まあそのとおりだよ? けれど、現地におもむかなければ、取れる可能性はゼロだ」

「それ、どこに売るんです、皮算用を」

「皮算用を売るわけじゃないよ……でもまあ、ラダパスホルンは嫌だな。すると高く買ってくれそうなのは軍備を急いでいるらしいベルサームだ。ちょっと足を伸ばすことになるが」

「なぜラダパスホルンに売らないんです?」

 ここでプンマースはあからさまに気分を出しました。声に露骨ろこつに嫌そうな色が混じります。

「あそこさあー。最近になって厳しくなった。ものすごく細かく記録をとるんだ。商売人の身元やら、商品の仕入先やら、細かく細かく、調べて記録する。その調査に協力すると税率が低くなって儲かる。協力しないと税率が高くなってめ上げられる」

「プンマースは、どっちを選ぶんです? もしラダパスホルンで商売するとしたら」

「いやはや、チカニコッコ一族も、覚えておくといい。こういうとき、カネ以外のことを考えるんだ。税率を変えるのはそれ自体が目的ではない。『もうけを減らしてでも、身元や仕入先を知られたくない』人間をあぶりだす作戦なのさ。だからコデモドが選ぶのは、身元も仕入先もあきらかにして記録されるほう、それしかない」

「ははあ。そういう目的が……プンマースには見抜かれて、意味がないわけですね」

「そうさ。だが、でも、だけどさ、くおーっ、気に入らないだろ、右へいけと言われてイイデスヨと右に! なんてのはさ」

「怒っていますか、プンマース」

「くやしいだけさ、グレンフェ。なんでも、デンテファーグ王子ってのがそういうやり方を考えたって言われてるぜ」

 いかにもにがにがしげにプンマースは言いました。

「王宮のやつらがねたみ混じりに流しているうわさだが、それだけに信憑性しんぴょうせいがある。商売人をコントロールしようとしやがって、生意気な王子だ、デンテファーグのやつ、デンテファーグのやつが、俺は気に食わない」

「まあ、まあ。プンマースがさきに言ったとおり、ベルサームと商売すればいいわけですよ」

「そうだろう、そうなるだろう? 私たちは採取物をベルサームに売りつける。高値でだ。できれば抜け殻を見つけてもうけ倍増だ」

「とらぬ抜け殻の皮算用をのぞけば、きっとうまくいきますよ」

「言うね、グレンフェ・ワンタンタンタン・イッケンヤ・チカニコッコ。ということで、採取物をベルサームに売りたい理由はそんなとこだよ」

 プンマースはフルネームをすらすらと言いました。部下の血筋を連ねた長い名前を覚えていました。

「はい、よくわかりました」

 グレンフェのやる気が上がったらしく、声に力がこもりました。

「明日はホサラ・オアシス近くまで移動するが……ヘクトアダーのいる危険なあの場所に到着するのは午後遅くってことになるかな。夕方近くに着いて、とっとと用事をすませて暗くなる前に引き上げることにしたいね」

「うけたまわりました」

「じゃ、グランマガザンからいろいろ出しておくから。帰っておいで」

 プンマースはストローで飲み物をちゅーっと飲みました。

 会話しているあいだに、彼の家宝であるグランマガザンから、物を取り出していました。

 グランマガザンは折りたたみ風呂敷です。ただし、ほかの風呂敷とは一線を画す規格外の特徴をそなえています。それ自身の大きさを自在に変える特性と、さらに、取り込める物体の大きさが「無制限」であることでした。持ち主の魔法能力に応じてどんな巨大な物でも収納し、迅速に取り出すことができます。入れるのにも取り出すのにも腕力を使いません。命じればグランマガザンが取り込みも

取り出しもやってくれます。そういう魔法道具なのです。世界でもっともすぐれた折りたたみ風呂敷です。

 プンマースの張ったターフの下に、から風呂ぶろが出現していました。まるで王宮の大きな浴場のようです。プンマースはこぶし大の黒い石をいくつか取り出して、ゴリゴリと文字を書きつけます。それらはすぐに小さめのゴーレム、つまりゴダッチになりました。小さな働き手たちにプンマースは命じました。ゴダッチは、浴場を囲むように壁を作ります。材料は岩と土とで、あたりにいくらでもあります。

 たちまち、安全な野営地が出現しました。

「私に一週間の時間を与えよ。さすれば荒野に町をこしらえてみせよう」

 もうグレンフェとの通信は切れています。これは誰にも見せない自分だけの外連味けれんみを味わう言葉でした。自己陶酔じことうすいとも言います。

「コデモドの血筋につらなるプンマースと、このグランマガザンがあれば、荒野の開拓すらたやすいというものだ。商売のほうがおもしろいから、やらないがね。王子に命じられたとしても、断固としてこばむがね」

 まだデンテファーグ王子へのうらごとが止まらないようでした。

 椅子の上で長い脚を組んで天井をあおぎ、飲み物をちゅーっと吸いました。

 酸味と甘味をほどよくそなえた飲み物は、この荒野にありながら冷えていてのどごしが快適このうえないものでした。プンマースは自慢するだけの能力を持っているようです。

 これが、ホサラオアシス近くでの、前日の出来事でした。


  ※     ※     ※


 荒野のオアシスで、六人の仲間とハートタマは、今日の作業に取りかかりました。ここから脱出するためにも、ドンキー・タンディリーに木や石をたくさん食べさせなければなりません。エネルギーや体の材料にするのです。

 湖岸で、ウインが不安そうなまなざしをバノに向けます。

「さっきの話だけど、獣人にも、ヘクトアダーにも、出会う前に逃げ出すのがいちばんってことだね?」

「そういうことになる。今は無理だが、できるだけ早くここを出発して、安全な場所へ移動したい」

 水面から反射した陽光で顔をまだらにしながら、バノは答えます。

 ウインは何度も腰を伸ばしては、こぶしでトントンと叩きます。今日も腰の痛みがあるのでした。

 ――バノちゃんに魔法を教わるときには、あしを動かす魔法だけじゃなくて、腰の疲れを取る魔法もいるかも。

 そんな都合のいい魔法があればの話だけど、とウインは思っています。

 今日の作業ではウインだけではなくバノもドンキー・タンディリーの近くを担当することになりました。

 運んできてあった木や石を、ほかの子どもたちから受けとり、二人でドンの胸の開口部にどんどん入れていきます。

 二人で作業できるので、ウインは負担が減ってほっとしています。

 ドンキー・タンディリーはと言うと、今日はまだほとんど動いていません。ただ、がれ落ちた部品は、体に吸収することができたようです。

 ちょっとだけ動いて、開口部をほんの少し下げることができたようです。

 それ以上なにかしようとするドンを、仲間たちは止めました。また壊れたら困ります。もっと体を直してからにするべきです。

 やがて小休止になりました。

 石を運ぶ担当を続けていたトキトが、かまどのそばの倒木に腰を下ろしながら、バノに伝えます。

「逃げる先は、俺たち、ベルサームに近いところは避けたい。ベルサームに追われているからな。ごめんな、わけありで」

 いきさつはすでに伝えてありますが、どうしても気になるトキトのようです。

 バノはトキトの心配をやわらげようとします。トキトに向かいあうように倒木に腰かけて、

「わびなくていいよ。私もわけありという点では同じだ。ベルサーム、ラダパスホルン……どちらの国も東にある。よって西または北に向かうほうが安全だな。ドワーフの住むアウサイス地方は移動先にうってつけだ。北の海ぞいだからね」

 パルミがバノの横にやってきて、手を挙げながら、言います。

「ドワーフの国ってすごく遠いんっしょ? 人目につかないところを移動したいよね。あたしらも、バノっちも誰にも見つからないのが安全なんだからさ」

 バノも同意のようで

「ふむ、まさにそうするべきだな。人目につかずに移動したいね」

 そう答えましたが、パルミはなおも疑問があるようでした。

「だしょ? でもそれってどーすんの? 人目につかない方法ってある? 山の中を隠れて進むとか?」

 少し先のことになるでしょうが、荒野の移動方法を考えておくことはたしかに必要なことでした。

 そこでバノは、自分の考えをみんなに伝えることにしました。

「私がラダパスホルンからここまで移動するのにはハヤガケドリという野生の大きなトリに乗ってきた。これなら荒野の道なき土地を高速で移動できる。人はめったにいないが、もし見られても不審がられることもない」

 ウインが話の腰を折らないように小さな声でつぶやきます。

「ハヤガケドリ……いいなあ」

 アスミチがやはり小声で同調しています。

「ぼくも、ハヤガケドリを見たい。触れたい。乗ってみたい」

「ハヤガケドリは、呼び出すのも、乗るのもすこしむずかしい。かわりに、やさしい乗り物としては野牛がある。だが、これは想像してみてほしい。まさに牛歩、歩みが遅いんだ」

 トキトが声をひそめることなく反応して言います。

「ウシは力ならすげーあるけどな」

 カヒは小さい声で、

「牛乳も分けてもらえるかも。野牛、わたし、興味ある」

 と言葉をはさみました。

 バノは小さい声も大きい声も聞こえていましたが、今は説明を優先します。

「すでに話した通り、安全の面からも、ドンキー・タンディリーが乗り物になってくれるというのだから、ドンに乗って移動するのがベストだな」

 思念の声でハートタマが、

「だそうだぜ、よかったな、ドンベエ」

 と言い、ドンが嬉しそうに答えます。

「うん。一緒に旅に出よう。ウシよりはずっと速いよ。……たぶん」

 といくぶん頼りない返事でしたが。

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