第46話 騎乗生物

「人目を避けることにあまり神経質にならなくてもいいさ。そもそも人が少ないし」

 と言ってから、言葉を区切るバノでした。こんなふうに続けます。

も、少ないが、この近世界に存在しないでもない」

 ほかの子どもたちにとって意外なことに、機械の乗り物があるというのです。

 ウインが声を大きくして

「えーっ、バノちゃん、機械の乗り物って? ファンタジーみたいな飛行する船とか?」

 アスミチまで食いついてきます。

「オーパーツとか、伝説の方舟とかみたいなのかも? バノ、どんな乗り物なの?」

 バノは苦笑して答えます。

「アマンサ時代に造られた魔法道具を修復して使っている例がほとんどさ。ラダパスホルンのリュストゴーレムも、アマンサ時代の工業的な遺構いこうを利用して生産している。ベルサームの甲冑かっちゅうゴーレムとて同じだろう。自力で発明とはいかないが、この世界にも機械があるのさ」

 ウインとアスミチの想像のつばさは一気にどこまでも飛翔ひしょうしてしまうようで、二人で「あんなものいいな」「あったらいいな」と小声で話し始めました。

 トキトが二人の頭にげんこつを落とすまねをして、

「おい、こら、二人とも。バノの話を聞くんだろ」

 とたしなめました。二人は素直に「はーい」「ごめんなさい」と、意識を空想から戻します。

「地球のように機械を作るのは、まだちょっとむずかしいからね、珍しい。ドンはかなり目立つことになる。パルミが言ったように、人目につきにくいコースを選ぶのは、いいことだと思う。さらに、大きい都市を避ける。小さな集落で食料なんかを調達しつつ、北へ移動すればいいだろう」

 カヒが昨日のできごとを思い出します。

「うん、わかるよ。バノだって大きいドンキー・タンディリーを見ておどろいてたもんね」

 ほかの仲間も「そういえば」と思い出しました。バノはさらに続けます。

「ドンばかりじゃないぞ。私たちが地球人だと知られたらあれこれ質問されたり、噂になってしまうかもしれない。この世界の人間のふりをしながら旅をするんだ」

 バノの話すべて、もっともなことでした。

 ドンを目撃されにくようにすること。

 地球人だとさとられないようにすること。

 ダッハ荒野に人が少ないことが、この点では有利だと思えました。

 理解の早かったウインが、補います。

「ベルサームやラダパスホルンに、いつまで秘密にできるかわからない。いつか、私たちやドンのことを知られることを避けられないかもしれない。でも、だとしても、できるだけ遠くに行ってからのほうがいいに決まっているよね」

 ウインのまとめたこの考えが、全員が共有する認識になりした。

 ここでアスミチが疑問があるようで、

「言葉は通じるし、バノがこの世界にくわしいから、ぼくが心配するようなことはないと思うんだけど……でも聞いていいかな」

 と言ってから、質問をしました。

「集落は地図にってたりするの? バノは地図を持っているんだよね?」

 そこにトキトが発言を重ねます。

「もし地図があるなら、全員で見ておいたほうがいいぜ」

 もっともな疑問です。バノは想定していたようでした。落ち着いて答えます。

「地図はある。しかし国や大きな集落しか載っていない。小さな集落は、探しながら、そして、現地の人に聞きながらだな」

 地球のようにコンピュータでルートを計算させて……なんていうことは無理だとわかっていました。今は大きな集落が載っている地図があるだけでも、満足するべきでしょう。

 ハートタマがそこに割って入ります。

「小さな集落を探すのか? ある程度なら、オイラがヒトの気配を感知できるぜ」

 ありがたい申し出でした。ハートタマもついてきてくれるようです。大いに当てにさせてもらいたいと子どもたちは思いました。

 ウインが小さな生き物に向けて言います。

「ハートタマは空にふわふわ浮いて遠くまで見られそう……離れたところの村なんかも見つけられるかも」

「それもできると思うぜ」

 さらに心強いことでした。

 みんなの目や耳として優秀なはたらきのできるハートタマのようです。

 トキトが今後の行動をまとめます。

「人目につかないように、小さな集落を転々としながら、北のアウサイスにいってドワーフと会う、でいいか?」

 バノが計画をもう少し具体的に言い直します。

「いいと思う。が、ダッハ荒野は大きな山脈に東西をはさまれている。アウサイスには直進できないので、大きく山々を回り込んでいくコースになるだろう」

 その時、ウインが小さな声で、

「あ、ごめん、ちょっといい?」

 と発言の許可を取りました。

「私もここを離れてドワーフの国に向かって旅をすることは賛成なの。でも旅をするとなると……ドンの上にずっと乗っていくわけじゃないよね? ごめん、私、足手まといになるかも……」

 パルミがウインの事情を思い出して言います。

「あ、そっか。ウインちゃん、あしがあんまし動かないんだ……」

「うん。今はバノちゃんの魔法で動いているけど、もっと悪くなるかもしれない……」

 ウインの目は地面に落ちていました。

 カヒは知らず知らず、自分の髪の毛を触っていました。ウインと同じ理由で色が真っ白に変わっている自分の髪を。

 異世界渡りの影響だとバノが説明してくれた現象です。

 ウインの悩みは仲間に十分に伝わってきました。

 アスミチは、自分自身の小さな体を見つめながら、ウインの言葉につけ加えます。

「ウインの脚の心配はわかるよ。それにね、たぶんぼくとカヒも、長旅はきついかも。体が小さいからかなりみんなより遅れる気がする……」

 カヒも、足元を見やり、息をきながら

「そうだね……わたし、体力あんまり自信ないよ」

 と言ってから、アスミチにおさえた声で

「言ってくれて、ありがと」

 と小さく感謝しました。

 バノが三人を見つめて、自分の見立てをべます。

「君たちの懸念けねんは、もっともだね。ドンを降りて行動する場面はいくらでもあるだろう。そうなると、移動するのに不安が残る……」

 バノは小さいあごに指をそえてほんの数秒間、考えました。

「それなら、当初の私のプランを取り入れるとしよう。ドンキー・タンディリーだけではなく、べつの乗り物、つまり騎乗きじょう生物だ。いくつか種類がいることは教えたよね? 明日は魔法の初日だ。少しだけ難易度は高めだが、できるだろう。乗り物となる生き物を呼ぶ魔法を練習しようか。ベターな案だと思うよ」

 別の乗り物があれば、便利そうです。

 ウインが急に声を明るい調子にして続けます。

 今のバノの発言に、またウインの心の琴線きんせんに触れる部分があったようです。

「ドン以外の乗り物? あ、だったらバノちゃんがラダパスホルンからここまで来るのに乗ってきたハヤガケドリ? 明日もう見られるの?」

 地球ではない世界での乗り物。いったいどんなのがあるんだろうとウインは考えているのでしょう。

 バノは自分がここまで乗ってきた騎乗生物ハヤガケドリについて説明します。

「ああ。私はハヤガケドリと、ほかに数種類の生き物を呼び出して使役しえきすることができる術者だよ」

  仲間の目がまたしてもキラキラと輝きを帯びました。バノにとっては二年間慣れ親しんだ近世界のことが、ここに渡ってきたばかりの子どもたちには、新鮮なおどろきに満ちているのでした。

 アスミチがもっとも劇的に反応します。図鑑大好き少年らしくこんなふうに言いました。

「ハヤガケドリって、名前から推理すると、ダチョウみたいな鳥?」

 動物好きなカヒも続きます。

「ウマみたいに乗るのかな?」

「ダチョウやウマに似ているね。そんな生き物が荒野にいる。野生の生き物を魔法で呼ぶのが一般的なんだ。大きい都市では飼っているところもあるよ」

 その時点で、バノがウインを見て思い出したことがあるようです。魔法の練習という言葉で思い至ったのでしょう。

「それと、ウインには自分の脚にウイン自身が魔法をかけられるように練習してもらうのがいいね」

 まさにウインがお願いしようと思っていたことでした。続けてバノはほかの仲間に向けても言います。

「あとは、ウインだけでなく、みんなに成長魔法も近いうちに伝授でんじゅしたい」

「おお、成長魔法! 俺はそっちを教わりたいな」

 トキトが勇んで言いました。そこに釘をさすのはパルミです。

「トキトっち、覚えてる? ほんものの大人になるわけじゃないから、強くなれるわけじゃないっしょ」

「効果はあると思うぜ。リーチの差はでかいからな」

「そ、そーゆーもんなん?」

 バノが補助します。

「筋肉の量が変わらなくても、大きな結果を得ることはある。トキトなら大人の体の使い方にすぐなじみそうだな」

 そのあと口を開いたのはウインでした。

「バノちゃんに脚の治療ができる魔法を教えてもらえたら、すごく嬉しい。でもね、バノちゃん……」

 ウインは不安があるようです。心配そうにまゆを寄せ、バノに顔を近づけます。声を低くして、気になることを質問しました。

「魔法を使うと、バノちゃんに大きな負担になったりしない? 疲れたり、もしかして命を、縮めたり……」

 とウインは顔をくもらせます。

 物語のなかには、命を代償だいしょうとする魔法だってあるのです。

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