第55話 ドラゴンの攻撃手段

 くしゃみをしたヘクトアダーの口から真横に飛び出したのは、幸運なことでした。

 トキトはいちばん近くの樹木のてっぺんあたりに吹き飛ばされた形になります。

「つかめ、トキト! 木に飛び移るんだ!」

 バノが力のかぎりの声を張り上げます。

 トキトが腕をぐっと伸ばして木の枝をつかみました。けれども、直後に手を離してしまいます。勢いに引っ張られてしまったのです。

 ハラハラしながらみんなが見ましたが、心配もつかの間のことでした。

 トキトは木から木へと飛び移っていきます。足で木のみきってまた別の木へ。

 そうして何度か木を蹴ったり、ときに枝をつかんだりしながら勢いをいでいき、手ごろな幹をかかえるようにしてするすると地上へと下りてきました。

 距離の離れたカヒやパルミからもその様子は見えて、

「すごいね、トキト!」

「これだからトキトっちは!」

 とたたえる声が浴びせられました。

「トキトの元からの運動能力は相当高いものだ。それに加えて、この近世界での事情もある」

 バノがトキトの頑丈がんじょうさの解説を加えます。

「近世界において、人類の体は能力向上している」

 バノがいるおかげで五人の仲間たちにも、この世界の謎がわかるのです。これもひとつの謎の答えでした。

「ここで生まれた人間も、渡ってきた地球人も、怪我をしにくいし、疲れにくいんだよ」

 バノの解説で、やっと、わかりました。

 大怪我おおけがをしていてもおかしくない場面がこれまで何度もありました。なぜか毎回、ほとんど傷らしい傷もつかなかったのです。地球にいたころより、体が丈夫じょうぶになっていたのでした。

 子どもたちは喜びあいますが、それもすぐに背後からの音で破られます。

 トキトといっしょに、ヘクトアダーの牙が一本、折れて飛び出しました。長さだけでトキトの背丈を上回っています。白い真珠色に輝く刃が、ブーメランのように回転しながら飛んできました。仲間の体には当たることなく、勢いよく樹木の根本に突き刺さり、そこで固定しました。

 バノは牙の大きさに目をみはり、「あの牙を折るとは……!」と言ってからトキトにあらためて顔を向けます。感嘆かんたんを声にこめて声をかけました。

「さすが武士だな。金属棒の太刀たちさばき、見事でござった!」

 おどけた調子の中に素直な賞賛の色が、含まれていました。

「まあな」

 短くトキトが答えました。肩で大きく息をしています。異世界で強くなったとしても今のとんでもない体験で体力をかなり削られたのは間違いありません。

 喜んでばかりいるわけにはゆきません。

 今はくしゃみで苦しんでいるアダーがまた襲ってくるでしょう。

「ひとまず、アダーから離れないと。ドンのそばか、野営地か、どちらかだが……」

 バノがつかの間、ためらうように考えます。

「パルミ、カヒ。ドンはどうだろう?」

 二人にバノが意識を向けました。ハートタマが思念を中継しています。

 カヒがドンにたずねます。

「食べさせてるけど。ドン、どうかな、動けるかな?」

 ドンの返事は頼りないものでした。

「一度だけ腕を動かすくらいなら……ボク、動けるかもしれないよ」

 パルミが考えをみんなに伝えます。

「ヘクトアダーのほうも怪我したじゃん? ドンのほうが今は強いかもっしょ」

 パルミの希望的観測に過ぎるかもしれません。しかし、この言葉に仲間の心は明るいほうへぐっと引きつけられる気がしました。

 ただし、一度だけ腕を振るっても、アダーの攻撃をやめさせることができるでしょうか。大いに疑問でした。

 それでも野営地よりは、いいでしょう。

 岩山には身を守るものはありません。

 仲間たちはドンの後ろに避難することにしました。動き出した直後にウインが気づきます。

「あれっ、トキト、金属棒、変だよ。さっきより細くなってない?」

 ウインはトキトを心配して話しかけようとしたようです。そこで金属棒がちょっと様子を変えているのに気づいたのでした。

 ウインの指摘に、アスミチも

「変といえは、そうだよ。金属棒はつっかえ棒に使っていたんでしょ? でも、金属棒でアダーの牙をへし折った? 足りないでしょ」

 つっかえ棒を外したはずがありません。もしそうしたのなら、すぐにトキト自身がみこまれてしまったでしょう。

 答えはすぐにわかりました。アスミチが推理しました。

「トキトの金属棒がけて二本に分かれた……ってこと?」

「そうだぜ」

 ヘクトアダーが口を開けてはなにかをしきりに吐き捨てようとしています。今や子どもたちにもすっかり事情がわかりました。

 一本はアダーの上顎うわあごの先端に近いところに突き刺さっています。

 アダーは地面に頭を突き刺すように力を込めて苦しんでいます。

 くしゃみは収まったようですが、口の中の痛みに耐え難い苦しみを受けているのです。

「思ったんだよ。金属棒が二本あれば、もう一本で口の中をぶん殴って攻撃できるのに、って」

 ドンキー・タンディリーと合流するために移動中です。トキトは両手を広げてパフォーマンスしました。

「思ったら、そのとおりにピシッと裂けて二本になった。ガンリュウジマー!」

 たしかに、太さが半分になっているように見えます。

「八つ裂きチーズおやつみたい!」

 会話を思念で聞いたカヒが、トキトの金属棒の感想を言いました。そういう名前の食べ物がカヒのもといた地球にあるのです。

「金属棒って、もとはドンの外装板っしょ? なんかおもしろいね、ドンの体って」

 パルミが素直にドンへの興味を言葉にしました。

 ドンキー・タンディリーの体の秘密もいずれ子どもたちは一つずつ知っていくことになります。ですが、今はただ不思議な性質の金属です。

 トキトはつかれはいるものの、満足げな声で、言います。

「俺、さすがに限界近かったよ。魔法のサポートしてくれてほんと助かった、バノ、サンキューな」

 トキトの言葉には心からの感謝がこめられていました。バノが答えます。

「私より、アスミチとカヒが、妙手みょうしゅを考えてくれたおかげだな。そしてトキト、君が魔法を見事に使ってくれたからだ」

 バノの言葉に、ウインも賛同して、

「そうだよトキト。ぶっつけ本番で魔法を使うなんてすごい」

 アスミチが称賛しょうさんしまず、

「魔法だけじゃなくて、ヘクトアダーの牙をへし折ったのもすごいよ」

 と言うのを聞いて、トキトが事情を明かします。

「俺が殴っただけじゃ、折れなかっただろうな。あいつのむ力を利用して、牙の隙間にもう一本の金属棒をはさんでやったらヒビが入る音がしたからさ。そこを殴ってダメージを入れた」

「ドンの外装板がアダーの牙よりかたいことは証明されたね」

 とアスミチの言い、続けて

「アダーの攻撃を受けてもおそらく大丈夫だよ」

 と確信のこもった調子で言うのでした。

「アスミチの言う通りだと思う。ドンキー・タンディリーの胴体の下に隠れて、ドンに腕を動かして威嚇いかくしてもらう……今はそれで考える時間を稼ごう」

 バノの提案にみながうなずきました。

 根本的な解決ではありません。

 けれども仕方がありません。

 ――ねえトキト、逃げる体力はまだ残ってる?

 心配そうにカヒが尋ねます。

 トキトは力強く、

「カヒををおんぶして、そっからだっこしてでも走れるぜ」

 と答えました。

 ――わたしは一人しかいないからおんぶとだっこ同時にはできません! あと、そっちにいるのはバノとアスミチでしょ。

 律儀りちぎにカヒがトキトの冗談に受け答えしました。

 その時、パルミの警告の声が思念と音声で響きました。

「ぎゃあー、アダーがこっちを見てるよ! 早く逃げてきて!」

 ヘクトアダーは、口の中の異物を取りのぞくことをあきらめたようでした。今は怒りに任せて子どもたちを攻撃することに切り替えたようです。

 四人がパルミとカヒのいる方向へ走り始めます。


 ここで事情がふたたび大きく変わります。悪い方へ、です。

 次のヘクトアダーの攻撃は、仲間たち全員に対して致命的なものでした。

 誰も予期しなかった、バノでさえ知らなかった恐ろしい攻撃をしてこようとしていたのです。

 ヘクトアダーは追いかけてこず、その場に止まっていました。あきらめたようには見えません。視線はしっかりとヒトの子どもたちにえられています。

 移動に使う筋肉を動かすのは、やめています。

 べつの部分を動かし始めていたのです。

 口でした。

 金属棒が刺さったままの口を子どもたちに向けて開き始めています。

 ヘビ類のあごは非常に大きく開きます。あまり大きくない種類のヘビでも、胴の太さよりずっと大きいトリの卵を丸呑まるおnみにしてしまうこともあるのです。

 あごを大きく開いて、ヘクトアダーの次の攻撃が始まろうとしているのです。

 異様なのはその姿勢だけではありません。

 開いた口から、体内の音が聞こえ始めています。

 液体と気体が混じったまま、圧縮されているような音。

 または、えたぎった油をなべに閉じこめてどんどん加熱を続けているような音。

 グツグツと、シュワシュワとを混ぜてオクターブを徐々に上げていくような、不愉快ふゆかいな音の混じり合い。

 ウインが、気づきました。

「ドラゴンの息、なの? まさか」

 アスミチも同時に思いいたったようです。

「ブレス攻撃だ!」

 広範囲に致死性の息を吐き出してヒトも動物も殺しつくす攻撃でした。

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