第62話 ミッケンは古代人なのか

 ウィルミーダの攻撃が続きます。

 バノの言う通り、ウィルミーダの能力はヘクトアダーの戦闘能力を上回ることが見ているだけでわかりました。

 拳をガードする部品を使っています。衣服でいうところのそでが伸びるように変形していました。伸びたビーム(はり、横板)を使って殴りを繰り返しているのです。

 ウィルミーダの巨大な拳が、ヘクトアダーの頭をめがけて打ち下ろされ続けます。

 殴る、殴る、殴る。

 音の調べを刻むように、攻撃を当て続けました。

 ヘクトアダーは体をくねらせます。逃れるよりも、糸玉のように丸くなって耐えることを選んだようです。ダメージを負った頭部をかばうための体勢なのでしょう。

 丸くなることには成功して、背中側の丈夫な鱗で受け止めています。しかし、殴られるたびに鱗の下で筋肉がびくびくと痙攣して、明らかに大きなダメージを被っています、

 その一部始終を、子どもたちは神妙な顔で見守っていました。

 ウインとパルミとカヒ、ハートタマは、水辺近くに倒れているドンキー・タンディリーに到達することができました。

 一度、三人とハートタマは身を寄せ合うようにドンの側に集まります。ハートタマとパルミはあたりを警戒します、ウインとカヒは特にドンの状態に気を配って話しかけます。

「ドン、お話、できる?」

「ドンキー・タンディリー、なにかわたしたちにできること……ない?」

 ドンはただ声をらすだけでした。

 けれども言葉の上では、前向きなことを言います。

「動けないけど……壊れてないよ。もっと、根性、出す」

 パルミが目ではあたりの気配を探りながら言いました。

「いや、さっきど派手に壊れたっしょ」

 ドンは珍しく、言い返すような態度を見せました。

「少し、部品ががれ落ちちゃった、だけさ、パルミおねえちゃん」

 「少し」などではないのは見てわかるのに、きっとパルミを安心させるためにわざと逆らっているのだと、みんなにはわかりました。ますます、ドンのことをただのロボットとは思えなくなってきます。

 ウインはドンの不自然に曲がった腕を指摘します。

「腕の関節が逆に曲がってたけど……」

「すぐに修復、できるから大丈夫だよ、ウインおねえちゃん。あの……いい食べ物があれば、だけど……」

 ドンの声は少し弱々しく聞こえました。

 カヒは自分に拾い上げられる大きさの石を倒れたドンの胸の開口部に入れてやりながらつぶやきます。

「いい食べ物……」


 トキト、アスミチ、バノの三人は、目の前で繰り広げられる激闘に夢中になっていました。

 メルヴァトールの一機、白銀の巨人ウィルミーダが、無慈悲にヘクトアダーへ攻撃を加えています。その様子をじっと見つめながら、バノはほれぼれと感嘆の声を漏らしました。

「さすが亜竜だな、ヘクトアダー。骨格もメルヴァトールの攻撃に耐える頑丈さだ。鱗の硬さを見ろ、あれだけ殴られても鱗には傷がついていない」

 バノの言葉に、アスミチは不安を隠せず問いかけます。

「無傷ってことじゃない……よね?」

 もしもヘクトアダーがメルヴァトールによっても傷がつかないとしたら、彼ら自身の安全も大きく揺らぐことになるのです。

 トキトがアスミチの不安を引き継ぐように続けます。

「鱗と骨は魚でも、かなり硬いからな。身はどうなんだ、バノ?」

 おそらくトキトは、自分の経験の中で魚や動物の構造を知っており、それを思い出しているのでしょう。

 バノは目を細め、冷静な声で答えます。

「あれほどの耐久力を見せるヘクトアダーでも、筋肉や血管は、攻撃に耐えられないだろう。先ほども言ったが、メルヴァトールはドラゴンを殺すことができる機械だよ、アスミチ、トキト」

 バノの意見は揺るぎないようです。メルヴァトールへの信頼が深いことがうかがえました。

 その言葉を聞いたアスミチの声が小さく震えます。

「ほんとうのことなんだね……ドラゴンを殺す機械、大昔に作られた機械……」

 恐れの対象がメルヴァトールに移っていました。

 アスミチは、自分でも気づかないうちに言葉をつないでいました。その視線は、メルヴァトールとヘクトアダーの戦いの行方を見つめたまま。

「人間って、恐ろしいね」

 その一言に、トキトも、バノも、何も答えませんでした。


 ヘクトアダーとウィルミーダの戦いは、ますます激しさを増していました。

 ヘクトアダーは必死に身をよじり、ウィルミーダの猛攻をかわそうとしますが、動きが大きすぎて隙が生まれています。

 一方のウィルミーダは、アダーの逃げようとする動きを読んで、鋭いタイミングで自ら体を回転させて攻撃を重ねます。その姿は、小鳥を追い詰める猛禽もうきんのようでした。

 ヘクトアダーの防御が崩れる瞬間が訪れました。逃げに必死になるあまり、頭部の守りがおろそかになってしまったのです。

 それを見逃すウィルミーダではありません。おそらくパイロットは非常に優秀なのでしょう。そのわずかな隙を突いて、次の一撃を狙います。

 トキトがするどくつぶやきます。

「胴が空いて頭部が見えた……!」

 その瞬間、ウィルミーダの右腕が光のようにひらめきました。

 鋭く、そして重い打撃が、ヘクトアダーの左側頭部に容赦なく叩きこまれます。

 その一撃はウィルミーダの自重を乗せた力をともなっていました。衝撃で、ヘクトアダーの動きは目に見えて鈍ります。

 戦いの趨勢すうせいがウィルミーダに傾いたのを目の当たりにしたアスミチは、目を輝かせてつぶやきます。

「ウィルミーダ……武装はないの? ビームとかミサイルとか……」

 その問いは純粋な興味からくるものでした。目の前の巨人が放つ力強い一撃に感動し、さらに武器があればもっとすごいのではと考えたのでしょう。

「ああ。飛び道具はない。そもそものメルヴァトールの用途は兵器ではない」

 今度はトキトが刺激されたようです。 戦いを見守る中、トキトが口にしました。

「兵器じゃないって、あの腕についた袖ビームはどう見ても殴るための形に見えるぞ」

 彼はヘクトアダーとウィルミーダの激闘に心を奪われながらも、観察を続けています。そしてその間も、周囲の安全確認を忘れない姿勢は、彼の責任感を物語っていました。

 バノはトキトの気づきをめるようにうなずき返します。

「二人とも、いい目の付け所をしている。アニメやゲームが豊富な日本で育ったからかな」

 バノは続けます。

「何百年か、何千年かの昔にメルヴァトールを作ったのは誰かは知らない。だが、おそらく闘技場のようなところで格闘戦をするための機械だよ、あれは」

 格闘戦をするための機械――。

 その言葉に、トキトとアスミチは、地球の格闘技やロボット競技を思い浮かべます。彼らの知る世界でも、人間同士が競う大会や、ロボット同士の競技会が行われています。この世界の高度な文明を築いた者たちが同じ用途のために巨大ロボットを生み出したとしても、そう不思議ではないと感じたのでした。

「なるほどなー。格闘だけでドラゴンより強いんだな」

 トキトのつぶやきには、熱っぽい感心がにじんでいました。

 アスミチは少しの時間を理解するために使ったあとで、疑問をぶつけます。

「兵器じゃないけど、今のこの世界では兵器として使うことができるってことだよね? すごく強いから、ヘクトアダーを倒すのに使うことにした?」

 その問いに、バノは記憶からラダパスホルンでの体験を引き出して答えます。

「ヘクトアダーを討伐とうばつする計画はもともとあった。そして、メルヴァトールはこれまでにない機械で、戦闘能力に試験が必要だ」

 バノの説明はこれまでの話の繰り返しでしたが、アスミチの疑念を否定するものではありませんでした。

 トキトはまたひとつ新たに浮かんだ疑問をバノに問いかけます。

「なあ、バノ」

「なんだ?」

 トキトはわずかの沈黙をおいて話し出しました。

「メルヴァトールっていうのは古い機械で、その古いロボが動かなくなっていたのをバノが修復したってことだったよな」

「そうだ。今では新たに作ることも、直すこともできなくなっていた機械だ」

 バノの答えは簡潔です。しかしトキトがたしかめたかったことは別のことでした。彼は続けて核心に迫るように問いを重ねました。

「パイロットはどうなんだ? ミッケンって名乗っていたやつは、その昔の人間の生き残りとかなのか?」

 トキトの意識は、ウィルミーダの中にいるであろうパイロットの姿に向けられていました。

 思念で会話を聞いていたウインの胸にも、なにか予感めいたものが走る気がしました。

 ――今のトキトの問いの答え次第で、私たちが目にしている光景の意味が大きく変わるかもしれない――

 そんな感じがした、と思ったのです。

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