第63話 動かないウィルミーダ

 トキトの問いかけは、ウインだけではなく、ハートタマを通じて会話を聞いていた仲間たち全員の注意を引きつけました。

 アスミチが興味を隠せず、トキトの疑問を繰り返します。

「ほんとに何百年、何千年も前の人間なの? パイロットのミッケンは?」

 その問いには、アスミチらしい期待や不安がこめられていました。これまで想像もしなかった不思議な魔法や技術があるのではないかと考えたのです。

 ――だって、もしそうなら、不老不死とか、そういうことになるじゃないか。

 とアスミチは胸のざわめきを覚えます。仲間のみんなにも伝わり共感を呼びました。

 しかし、そのざわめきは肩透かしに終わります。

 バノの返答はあっさりとしたものでした。

「ああ、違うよ。ミッケンに限らず、パイロットはみな現代の人間だ」

 トキト、アスミチをはじめ仲間たちはちょっと残念に思う気持ちになりました。

 バノは戦いを見守りつつ、つづけて解説をしてくれました。

「彼らの新部隊は、身寄りのない子どもや、貧民の出身が多いんだ。貴族もいるにはいるが、末っ子だとかになるな。古い体制では生きるだけで困難だったり、腕のふるう場に恵まれなかった者たちだ。だが、才能がある。そういう埋もれた才能を募って、パイロットとして育成している」

 その言葉には、ある種の強い思いがこもっている感じがします。すぐ近くでバノの顔を見ているアスミチは、

 ――バノは、ラダパスホルンで王子をしていたんだ。今のパイロットの話についても、考えたり行動したりしてきたんだろうな。

 と思いました。バノは地球ではない世界で厳しい現実を見つめてきたに違いないのです。

 今は目の前の戦いとミッケンのことでした。いくぶんほっとした声でトキトが答えます。

「そうなんだな。ミッケンも、現代の人間なんだな」

 そこへウインが割りこみをかけてきました。怒ったような口調です。

「ちょっとトキト、バノちゃんにあんまりラダパスホルンの情報を言わせないほうがいいんじゃないの?」

 ハートタマを通じて伝わるウインの感情は、はっきりと警戒と不安をあらわすものでした。

 トキトもその意図に気づき、「そうだったな」と反省の言葉を口にします。

 バノがラダパスホルンの秘密を話しすぎることで、危険がさらに増す可能性があることを思い出したのです。

 バノも、肩をすくめて、反省の弁を述べます。

「今のは私が軽率だったよ、ウイン。パイロットの素性まで言うことはなかったな。今さら気にしても仕方がないかもしれないが……」

 しかし、ウインは食い下がります。

「だめだからね! 気にしてほしいよ!」

 その強い言葉に、バノは胸に手を当てて答えます。

「……うん。気をつけるよ」

 注意されたバノの表情がゆるんでいました。まぶたを閉じて、あたたかい微笑みの顔です。

 その姿を見て、アスミチは感じます。

 ――もしかするとバノは異世界に渡ってからの二年間、こうして自分のことを真剣に心配してくれる人がいなかったのかもしれない。

 アスミチは自分だけでひっそりを思ったのですが、仲間たちにも、彼を通じてバノのさびしい心の一面にたしかに触れた、という感じが伝わりました。

 ウインの真剣さが、その怒りが、バノの心の空気をむしろ和らげたのでした。


「ミッケン、見えてないな」

 トキトの短い声が仲間たちの耳に届きます。その瞬間、心の中に不安が広がりました。

 ヘクトアダーは頭部をかばうようにしながら、体をでたらめに動かしてウィルミーダを遠ざけようとしています。

 ウィルミーダが優勢で、ヘクトアダーはかなりのダメージを負っています。

「このままでいけばウィルミーダが勝ちそうに見えるけど……トキト?」

 アスミチの見方はごく当たり前のものでした。今ウィルミーダに搭乗して戦っているミッケンとて同じ考えだったでしょう。

 しかし、トキトには違うものが見えていました。

「尾の先端が、ずっとねらいをつけている」

 ヘクトアダーは尾をウィルミーダの視界から隠し、胴体の陰でひそかに先端を鉤形かぎがたに曲げています。、何かを狙っている動きが明らかでした。その予測はすぐに現実となります。

 狙いすました一瞬で、ヘクトアダーの長い尾が、ウィルミーダを目がけて突き出されました。鋭く宙を走る尾は稲妻のようです。

「危ねえ、ミケの字!」

 ハートタマが警告の声を発します。もちろん、ミッケンにはその声が届くはずがありません。それでも、ウィルミーダのパイロットであるミッケンは冷静でした。

 彼は声を張り上げ、乗機に命じます。

「ウィルミーダ、ウイングディフェンサー!」

 その声に、背中の翼が即座に反応しました。両翼が腕のように動き、防御のカーテンを形成します。尾を受け止めました。

 ヘクトアダーの鋭い尾が繰り返し突きを試みるものの、翼の防御は崩れませんでした。翼のガードは、ウィルミーダを守り続けました。

 アスミチが興奮を抑えきれず声をあげます。

「今、技の名前を叫んだ! 英語っぽかった!」

 それを聞いて、バノが説明を始めました。

「そうだ。メルヴァトールはものすごく扱いづらい機械なんだ。レバーやペダルだけでは、腕の立つパイロットでも操縦しきれないからね」

 アスミチは扱いづらいという言葉に何度もうなずきます。彼は自分も機械を操縦しようとしてうまくいかなかった体験を思い出していました。わずか三日前の出来事です。

 バノは続けます。

「魔法と同じで、音声命令があるほうが効率がいい。。メルヴァトールには、音声を伝達する補助系があるんだ。さらにピッチュを搭載とうさいして思念波を補えば、ようやく実用になる仕組みさ」

 ここまで言ったとき、ウインが怒ったような声でさえぎります。

「バノちゃん! 言っているそばから秘密を……しかも『私デンテファーグが』って……正体がばれたら危険……だよ……!」

「うわああ、ごめん、ウイン!」

 謝るバノの声にかぶさるように、パルミがなだめ役に回りました。

「まあまあ、ウインちゃん。バノっちはあたしたちを助けるために説明してくれてるんだから。わかるっしょ?」

 パルミがなだめ役をするのは珍しい事態でした。

「わ、わかるけど……バノちゃんばっかり危ないことしたら……ダメだよ」

 ウインは真剣な顔で言います。彼女の心配する気持ちは、ハートタマの中継によって全員に伝わりました。

「オイラみたいなピッチュが、メルヴァトールにも乗っていて、ミケミケを補助補助してるってーことか」

 ハートタマが少し誇らしげに言います。大きさはバスケットボールくらいのサイズの精霊であるピッチュにも、ヒトと同じに誇りがあるのでした。

 バノは動揺をおさえながら答えました。

「そうなんだ。ウイン、これ以上言わないから、心配しないでいいからね?」

 ウインは肩の力を抜いて呼吸を整えました。心を落ち着かせつつ、静かに頼みます。

「……うん。とにかく、助けてくれるのは嬉しいの。だから、秘密をらすのは最小限にしてね」

 バノはその言葉を真摯に受け止め、「わかった」と返しました。

 こくこくうなずきながら、バノ自身、自分の説明好きな性格を自覚していたのです。

 ウインに止められていなければ、バノはさらにラダパスホルンの秘密を語り続けていたでしょう。

 たとえば、ラダパスホルンが使役しているピッチュの種類や数、そしてウィルミーダに同乗しているのが「しゃべらないタイプのピッチュ」であることなどなど――。

 しかし、そんな会話を続けている余裕はありませんでした。

 ヘクトアダーは尾の攻撃を少しも緩めることなく、執拗しつようにウィルミーダへ突きを繰り返していました。

 ウィルミーダによって胴への殴打は続いています。それでもヘクトアダーは自分からも攻撃を試みているのです。

 その攻撃の激しさに、ウィルミーダは背中の翼で防御しながらも、しだいに攻撃をかわすのに意識を向け始めています。

 トキトの真剣な声が響きます。

「ウィルミーダの優勢だけど、尾がもしも翼を貫通したらどうなるか。パイロット本人に届くようなことになったら、逆転もあると思うぜ……」

「うわ、トキト、真顔で怖いことを言うよね」

 アスミチはその率直な感想を隠せませんでした。

 ウィルミーダは堅固な城壁のように防御を崩しません。

 ヘクトアダーは尾の攻撃を少しもゆるめることなく続けていました。ウィルミーダは翼をたくみに盾のように使いながら、回避と防御を繰り返していました。

 その合間を縫って、打撃をヘクトアダーに叩きこみ続けています。

 ヘクトアダーのほうも自分の胴体へのダメージには構わずに、ウィルミーダの頭部や胴を突き刺そうとしているように見えました。背中の翼の防御をかいくぐって、尾の刺突を一撃みまってやろうという意図があるようです。

「格闘戦っつったけど、翼を使うのはアリなんだな……あれは反則にならないわけだ」

 アスミチが隣から自分の考えを重ねました。

「翼も体の一部だから、アリなんだろうね」

 この会話は、すべてバノがもたらした情報を踏まえてのものです。

 のちに彼らは、他の何機ものメルヴァトールを知ることになります。ここでのウィルミーダの翼を使った戦い方は、決して反則ではなく、むしろフェアな「格闘戦」だと感じることになります。なにしろほかのメルヴァトールの「格闘戦」と言ったら――このことはもう少しあとで、語られることでしょう。


「おい、あぶねえって、ミケの字がやられるかもしれねえ!」

 ハートタマの警戒の声が響きます。


 ハートタマは、戦いにくわしいわけではありません。

「アダーのやつ、心の中で笑ってるぞ、今」

 このとき、ヘクトアダーの嗜虐的しぎゃくてきよろこびを読み取っていたのです。

 ハートタマの警告が正しかったことは、すぐに明らかになりました。

 ヘクトアダーが大きく体勢を崩し、ウィルミーダがさらに前に出て追撃するかに見えました。

 そこで怪物は恐るべき竜の息を吐き出したのです。

 紫色の毒霧が、戦場を邪悪な色合いで染め上げていきました。

 トキトが、懸念を言葉にします。

「ロボットは毒にやられたりしないよな。操縦席は大丈夫なのか?」

 バノは険しい顔を見せ、苦々しい声で答えました。

「メルヴァトールは気密状態にすることは可能だが、今はそうなっていない可能性が高い」

 トキトがその説明にうなずきます。

「バノでさえヘクトアダーがブレス攻撃をすることを知らなかったもんな……ミッケンが知っていなくても仕方がないぜ」

 トキトの声には沈んだ響きがありました。

 トキトの目はウィルミーダの動きを見つめ、判断の時を待ちました。毒のブレスがウィルミーダに通じないなら、それがいちばん望ましいのです。

「気密になってないなら……毒、すごくまずいんじゃないの?」

 アスミチがトキトのとなりでつぶやきます。その言葉は、ほとんど予言のようでした。

 彼らが恐れていた事態が、ついに現実となります。

 ウィルミーダの動きが、止まってしまったのです。

 毒のブレスを浴びせられて、金属の体が動きません。おそらくパイロットのミッケンが毒を受けたのです。

 その場の空気が一気に凍りつきました。

 トキトは心の中だけで考えています。

 ――もしミッケンがやられてしまったら……。

 あるのはふたつの選択肢でした。

 ――ミッケンを助けるか? 助ける方法はあるか?

 ――バノとアスミチをかついで、ドンのもとまで走るか? 逃げて、どうなる?

 時間はありません。

 ――どっちも手詰まりにしか思えねえ。くそっ。

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