第61話 メルヴァトールの戦闘能力


「今は、メルヴァトールの動きに注目しようぜ」

 トキトのその一言でまたみんなが空を見上げました。

 走ったばかりで乱れる呼吸をととのえ、かたずをのんで見つめます。

 地面すれすれまで来たところで、ウィルミーダが降下をやめて空中で停止しました。

「まさか俺たちを先におそったりしないよな?」

 というトキトの言葉にカヒの体がびくっと震えました。

 そのときウィルミーダの機体から若い人間の声が発せられました。地球の学校でよく聞いた拡声器かくせいきを通した音に似ています。

 空気を震わせて響いたのは、声変わり前の少年または少女の声でした。 トキトたちとそれほど歳が違わないと思われます。

「旅人たち、かくれていなさい」

 その言葉と同時に、ウィルミーダが片手をすっと持ち上げて近くの茂みを指し示しました。

 どうやら人間より先にヘクトアダー退治にとりかかろうとしているようです。その確信が持てたことで、仲間たちの心は一気に軽くなりました。

 仲間たちはすぐさま移動を始めます。

 バノに張りつかれて動きにくいのか、トキトの動きがぎくしゃくしています。

「トキト、まるで非常口にある緑のピクトグラムみたいに見える……」

 カヒが素直すぎる感想をもらしました。気持ちが楽になったとたんにおもしろい発見を知らせずにいられなかったのでしょう。

「はぶっ」

 今度はウインが吹き出してしまいました。バノがすぐさまフォローの言葉を入れます。

「ごめん、トキト、私のせいだ。魔法で君の動きを自動的にトレースしているから、いつものように動いてかまわないぞ」

 トキトはとっさには対応できないようで、なかなかスムーズに動けません。口でほかのみんなに、

「次に笑ったやつがいたら、さっき教わった魔法で髪の毛の針まんぼん食らわせるからなー」

 と、おどけて言いました。

「せめて九千本に減らしてー」

「毛針バリヤー、ばりばりばりー」

「トキト、君の頭髪が一割ほど消し飛ぶな」

「つるつるトキトになったらやだよ」

「毛生えの魔法は、ないの?」

 と愉快な反応を引き出します。

 子どもたちおよびハートタマが茂みに飛びこみます。

 ヘクトアダーに向かい合うウィルミーダが名乗りを上げます。

「われこそはラダパスホルンのメルヴァトール部隊、カンパニー・シーズが一人、ミッケンである」

 堂々としたものでした。

「ヘクトアダー、民に害する悪竜め。竜退治の英雄ラダパスホルンにならい、このミッケンと乗機ウィルミーダが退治してくれるぞ」

 仲間たちは、空に浮かぶウィルミーダに目をらします。

 操縦者はミッケン。それが判明しました。

 わずかな言葉を聞いただけですが、五人の子どもたちは彼に好印象を持ちました。なんとなく、ここで出会うパイロットとしては最悪の人物ではないような気がします。

 ハートタマが「トキトくらいの男の子どもだな」と言いました。どうやら聞いた声から感知できたようです。

「男か女か、先に知っておいたほうがいいんだよな、フレンズ」

 と追加します。たぶんバノのときには重要なことだとわかっていなかったのでしょう。

 ミッケンを知るバノは、ほかの五人とはうらはらに、いらいらした口調でつぶやきました。

「ミッケン、ばか、名乗っちゃだめなタイミングだろ、今は! まあ、だからミッケンを人の少ないここにつかわしたんだろう。わかる」

 ほぼ一人言ひとりごとでした。

 もうトキトに張りつくのはやめています。茂みに入ることができたからです。

 どうやら若い少年と思われるミッケンというパイロットは、少しそそっかしい性格のようでした。

 とりあえず、バノが緊張を解いたことはたしかです。ということは、パイロットがミッケンだったことは、やはり悪いことではないのではないかとウインたちは考えるのでした。

「みんな、作戦変更だ」

 バノが考えを伝えます。

「ドンキー・タンディリーが動くことができると知られるのはどう考えてもまずい。このまま、ドンは見知らぬ壊れた機械、君たちは原住民と思わせる。そうしたまま、ウィルミーダをやり過ごして、にこやかにラダパスホルンに帰還してもらうのがベストだと私は考える」

 バノの言葉に、みんながうなずきます。

 その案は、考えたとおりにいく可能性が低いもののように思えましたが、今は時間もありません。とりあえず目指す方向はそちらにしておくべきでしょう。

 アスミチが今の自分たちをテレビ番組にたとえます。

「テレビの特撮ヒーロー物だったら、バノが司令長官、トキトがヒーロー戦隊のリーダーって感じだね、ぼくたち」

 カヒが「わかる気がする」と返事をしてくれました。

 トキトは、

「ヒーローにしては、俺たちは今はウィルミーダの戦いを見ている立場だけどな。でも応援しようぜ」

 という感想を仲間に伝えました。

 パルミが「ひさびさに呼吸したー」と大げさに言いながら、大きく息をつきながらつづけます。

「ミケっちが、ヘクトアダーを退治して帰ってくれれば、いいよね。こっちはドンにスクラップを食べさせて明日にでもここからバイチャできるもんね」

 そうなれば、もともと考えていたとおりの旅立ちです。

「ミッケン、あいつ、ヘクトアダーを前にしても自信満々だったよな。きっと強いんだろうな、ウィルミーダは」

 そう言うトキトに、ウインがとりなし気味に言います。

「気になるところがちょっとずれている気もする……けど、うん、ウィルミーダのほうが強いのなら、私たちも助かるからね」

 バノが即答します。

「間違いなく強い。ヘクトアダーといえどウィルミーダを傷つけることは難しいだろう」

 そこで反応するのはアスミチです。

「そんなに頑丈がんじょうなの?」

「アスっちの気になる部分も、トキトっちと同じで、ちょいズレしてるよねー」

「そう言ってやるな、パルミ。今は有用なことだよ。メルヴァトールの装甲はドラゴンのうろこよりもかたい。周囲に危険がないか気をつけつつ、見守ろう」

 今度はウインが、「ドラゴンの鱗」という単語に反応して目を輝かせました。

「ドラゴンの鱗より硬い……バリスタさえやすやすとはじくドラゴンの鱗よりも……」

 ウインの「バリスタを弾く」というのは、彼女が地球で読んだ物語や、見た映画のことなのでしょう。

 ウィルミーダの攻勢が開始されました。

 ミッケンの操る金属の巨人は、大地を片足で踏みつけて勢いをつけました。

 ヘクトアダーに向かって大きくジャンプをします。人間となんら変わらぬ動きでかかとを支点として体側たいそくをひねった姿勢です。

 宙に浮いていたとはいえ、金属の体は重さがない物質というわけではないのでした。大地をその自重でえぐり、下半身の力で左足を破城槌はじょうついのように押し出しました。

 左足の蹴りをぶつけるつもりです。暴風のような速さです。

 なめらかにしなる体を左足の一点に乗せています。重さを集中させています。つま先はヘクトアダーの胴の中央を狙います。

 ヘクトアダーは動きません。

 反応できないのではないようでした。受け止めるつもりのように見えます。

 ウィルミーダの攻撃が到達する前に、ヘクトアダーはわずかに体をくねらせます。

 胴のいちばん太い中央部を馬蹄形ばていけいに曲げてウィルミーダに向けて突き出しました。

「ヘクトアダーは、背中をたてにするようだ」

 バノが、姿勢を低くしました。

 トキトがちらちらと周囲に警戒の目を配っています。ウィルミーダ以外にも地上から近づく者がいないかをたしかめているのでしょう。さいわい、メルヴァトール以外に物体も人もなく、今は警戒の必要はないのでした。

「ヘクトアダーは、硬いドラゴンの鱗で攻撃を受けるつもりなんだね」

 ウインがそう言って息を飲みました。

 もしかすると、今いちばん冷静なのは、パルミだったのかもしれません。ファンタジーの生き物や、メルヴァトールにあまり関心が強くないのがさいわいしています。

「ねえ、みんな。あたしら全員ここにいるよりもさ、手分けしてドンの字に食べさせておいたほうが安心じゃない?」

 そう言ったパルミに、誰もがはっとさせられました。ドンが動けるまでの手助けは、今できるたったひとつのことです。ドンはまだ離れたところで倒れたままです。

「パルミの言う通りだぜ」

 トキトが即座に言いました。そこで、二手に分かれることになりました。食べさせる組と、戦いを近くで見張る組です。もちろん後者のほうが危険です。

 ウイン、パルミ、カヒ、そしてハートタマがドンのそばに移動する組になります。少しでもドンの修復の手伝いをすることになりました。

 トキト、バノ、アスミチがこの場に残り見張る組となります。バノがここにいることで、ミッケンに見つかる事態になると困るのですが、バノが近くにいるほうが有益なのも事実でした。バノはメルヴァトールにくわしく、ほかにもさまざまな情報を知っています。

 バノの位置取りは悩むところでしたが、バノが

「いざというときには変装魔法でごまかせるかもしれん」

 と言って、戦闘の近くにとどまることになりました。

 ウィルミーダの蹴りがヘクトアダーの頑丈がんじょうな鱗にヒットしました。

 バノとウインは、硬い鱗を盾にして防御すると考えていました。けれどもそれは半分しか当たっていません。

 ギインと、金属と岩がぶつかったような大音響が空気を揺るがせました。トキトが言います。

「アダーが体を跳ね上げるぞ」

 彼には亜竜の考えがわかっているようです。

 ヘクトアダーは大きな鱗をにしてウィルミーダの蹴りに当てました。ただ踏ん張って耐えるだけのつもりではありませんでした。異様な力が体にこもっています。

 アスミチもわかったようです。

「Uの字型にした胴体でキックを受け流すってことだね」

 予想はあたっていました。馬蹄形ばていけいにふくらませた胴の中央部を、ぐん、と突き上げました。ウィルミーダの左足を上に持ち上げさせるつもりです。

 足をすくって転倒させる、という動きになります。

 かかとが上にそれて、ウィルミーダの体全体が浮き上がります。

 トキトが危惧きぐを口に出します。

「跳ね上がる。ウィルミーダはガラ空きの背中をさらすことになっちまうぜ」

 トキトの言う通り、怪物はそれを狙っているようでした。

 ウィルミーダは逆立ちした姿勢に近づいているようでした。

 ヘクトアダーが低く蹴り込んできたウィルミーダの背中を見ています。翼のある背中や腰を攻撃しようとするようです。無防備と見ているのでしょう。首を敵対する機械の体の下に突き出します。にゅるっと頭が突出しました。

 ウィルミーダの攻撃の届かない背中がわで、ヘクトアダーが首を前に出しました。

 アスミチが短く言います。

「やられちゃうよ!」

 ヘクトアダーはこのままウィルミーダの腰でも首でも狙うことができるでしょう。ヘビの体を使い、巻き付いて締め上げて破壊するつもりなのかもしれません。

 ウィルミーダが体をひねったのはそのときでした。

 ぎゅるっと半回転するウィルミーダ。潜りこんできたヘクトアダーに、体の前半分が向きました。正面でヘクトアダーの顔と向き合う形になりました。

 ウィルミーダの攻撃がまたくり出されました。

 両腕をあわせ、一つになったこぶしを頭部まで振り上げた姿勢を作ります。

 ヘクトアダーの眼が、下からウィルミーダをねめあげます。横に逃れようと動き始めます。しかし、逃れる前にとらえられてしまいました。

 ウィルミーダは合わせた拳をふり下ろします。ヘクトアダーの頭にたたきつけました。機械ゆえの無慈悲むじひ鉄面皮てつめんぴです。

 パイロットのミッケンは知らないことでしたが、ヘクトアダーにとって、非常に厳しい痛打となりました。というのも、頭部は先にトキトによって口の中に金属棒が突き刺さっています。さらにそこにドンキー・タンディリーの殴りでしたたかに打たれたのです。

 そこに今、ウィルミーダの両拳の攻撃が浴びせられたのです。

 くい打ちのように真下に腕を振り下ろしてゴオンと鈍い音を立てます。

 地響きを立ててヘクトアダーの頭が地面に叩きつけられました。大地を覆う岩が割れて砕けます。ドズウンというその振動でトキトたちの足がまたも地面から浮きました。

「巨大ロボットっていうけどさ、あれ、人間の動きと変わらないぜ……いや、空を飛べるし速度も出るから、人間以上だ」

 トキトがすっかりウィルミーダの運動能力に魅了みりょうされて言いました。

 バノが鼻息荒く答えます。

「そうだろう? 優雅で力強く、しかも最速の機敏さで空中を移動できる。ウィルミーダ、美しい機体だ」

 そこでひと呼吸しました。バノの声が懐かしさのような感慨かんがいを帯びます。

「まさかラダパスホルンを出てすぐにまたこの目にするとは……」

 ウインがその意をんで言います。このときウインたちはドンキー・タンディリーのそばに移動し終えています。

「バノちゃんは討伐隊とうばつたいが来る前にここを出るつもりだったんだもんね」

 続けてパルミも、

「ヘクトアダーも、ウィルミーダも、前倒ししすぎなんよー」

 と言うのでした。さらに続けて、

「ミケっちが早く来たのは、助かったけどね」

 と付け加えました。たしかにどちらも予想外に早く出会うことになりましたが、ウィルミーダのミッケンが到着してくれたことは助けになりました。

 アスミチが知りたがりの性質を全面に出して質問をはさみました。

「ねえ、トキト、バノ。今のウィルミーダの攻撃は最初から殴りを入れるつもりだったのかな?」

 トキトが答えます。戦いへのかんがするどいのはなんといってもトキトです。

「たぶん、そうだぜ」

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