第26話 カヒの夢、ウインの夢、地球の夢

 旅人は、ヒカリムシたちの光景をながめていました。

 遠目にはヒカリムシのうねりはひとつにまとまって見えます。まるで噴水が高くのぼるような、ひとすじの光に見えるのでした。

 とめどなく続く光の帯に旅人は感想をもらします。

「光でできた水脈すいみゃくのようだ。まるであれをたどっていけば地球に帰れる道だとでもいうような……なにもかもなつかしい、地球に」

 光はしだいに細まってゆきました。ヒカリムシの活動の時間が終わったのです。

 寝床ねどことしていた布にもぐりこみます。

「それにしても雷雨にならなくてよかったよ。ちょっとれすぎちゃったかな。危険よけのまじないも設置したことだし、もう休もう」

 旅人は眠るのでした。異郷いきょうで一人きりの最後の夜でした。

 旅人の連れていたハヤガケドリが、長いりっぱな脚を折りたたみ、羽根にくちばしをうずめています。

 やわらかくなった雨は止み、荒野に夜の静けさがやってきます。

 雲のけ目から白銀の円盤が顔をのぞかせます。月、ここではルヴという呼び名を与えられた美しい銀盤が、地球からの客人たちと、この世界に生まれたすべての生命を見つめていました。


 カヒは、夜のあいだ、大きな影のような怪物の夢を見ました。

 とても恐ろしい夢でした。

 おそらくドンキー・タンディリーの外装板から出てきた小さなヘビの記憶のせいだと、カヒ自身は考えました。

 夢の中の影の怪物はヘビの姿をしていました。大きな頭を持ち、胴は森の向こうの丘まで伸びています。

 大きなヘビはカヒを探しています。ホテルのカーペットのような真っ赤な長い舌をひろひろと出し入れしています。

 ――こっちに来ないで。わたしを食べないで。

 大きなヘビ、うわばみは、なかなかあきらめません。ついにカヒは声に出してさけびました。

 ――ヘビに食べられちゃう。助けて、ドンキー・タンディリー!

 そこで目が覚めました。

 野営地に光がさしこんで明るくなりかけています。

 ダッハ荒野の三日目の朝がやってきていました。

 野営地には、トキトがいました。ウインがいました。パルミとアスミチがいて、ハートタマが器用に空中に浮きながら眠っていました。

 カヒの仲間たちは、平和な朝を眠っています。

「よかった。夢だったんだ……大きなヘビにねらわれるなんて、怖すぎるよ」

 カヒはまだ気づいていません。いくつかのオアシスを餌場えさばにしている亜竜ありゅう、ヘクトアダーの存在を。

 ヘクトアダーの気配が、昨日の小さなヘビの記憶と混じりあって、カヒの心に夢として現れていたのです。

 ふと、カヒはウインの異変に気がつきます。

 ――え、ウインが泣いてる?

 五人の中で年長のウインが寝言をつぶやいているのです。

「やだこわい、ヘビからニョロニョロが……」

 ――わたしと同じ、怖いヘビの夢かな?

 ウインも女の子ですから、十一歳だといっても、昨日のできごとが怖かったのかもしれません。

「なんで……残るって……いっしょに帰るんでしょ……やだよ……」

 ――違う夢になった? 夢ってすぐに違う場面になるよね……不思議だな。

 ウインは、もしかして、地球にいたころの夢を見ているのでしょうか。

隕石いんせきのニュース……シュガー・ロリータ……きばのこ・はのこも、あるよ……食べるよね……えへへ」

 今度は笑っています。

 お菓子かしの話をしているところをみると、やっぱり地球の夢に違いありません。地球ではどちらもロングセラーの、誰でも知っている有名なお菓子です。

 「シュガー・ロリータ」はウェハースにホワイトチョコをコーティングしたお菓子です。きっと甘いので砂糖さとうの名前がついているのでしょう。

 「きばのこ・はのこ」は、クッキー生地きじにチョコレートをコーティングしたお菓子です。五人の子どもたちは異世界にも「きばのこ・はのこ」を持ちこんでいました。

 夢の中で、ウインは誰かにお菓子をすすめていたようです。仲よく笑っているようでした。

 ――泣いてるって思ったのは、気のせいだったのかな? それとも夢だから怖いことや楽しいことがいろいろ出てきたのかな?

 泣いているように見えたウインが心配なので、カヒはそばに座っていました。

 カヒはウインを見守ります。そうしたはずなのですが、いつのまにかそこでいっしょに眠ってしまいました。


 ダッハ荒野にウインたち地球の子どもたちがやってきて三日目。

 が加わる日の始まりです。


 月は白く燃えつきて西の地平線に消え、まぶしい太陽が東に顔をのぞかせました。

 夜をすみかとする小さめのけものや虫たちはねぐらへと姿をかくし、かわりに植物たちが栄養をつくりだすいとなみを始めます。

 雨の夜を美しくいろどった生き物ヒカリムシも、あの昨夜の光景がまぼろしであったとでもいうようになんの痕跡こんせきも残していませんでした。

 風のない荒野に陽光がやわらかくおだやかに降りそそいでいます。

 カヒは野営地から出てきたばかりのウインに声をかけます。

「ウイン、足の具合はどう?」

 彼女の声にはいたわりがあらわれています。

 ウインは、少し表情をくもらせます。

「うん、痛くない。でも昨日の労働で……腰が痛い。これは原因わかってるから、心配しないでいいからね、カヒ」

 こぶしで背中の下のほうをトントンとたたくウインでした。

 彼女は昨日の作業で、腰がだいぶつかれたのです。みんなが運んで持ち寄った材料を、持ち上げてドンの外装がいそう板の内側に入れてやる仕事を担当しました。

 ひざは痛みがないのですが、力が入りにくい感じは残っています。

「うーん、足は、痛くないけどね……慣れない竹馬に乗るみたいに危なっかしいかな。長い時間は歩くのが無理かもしれない」

 アスミチも野営地から出てきました。ハートタマを腕にかかえています。森の上の空を見ながら、

「ねえ、ハートタマ。ドンの自己じこ修復しゅうふくは進んでいるかな」

 そう聞かれてハートタマは思念でドンに話しかけます。

「はかばかしいとは言えねえみたいだ。ま、あんなでっかい機械が一晩ですっかり治っちまったら魔法はいらねえよ。気長に待とうぜフレンド」

 アスミチは「それもそっか」とつぶやいてカヒにハートタマをあずけました。

「トキトが見回りからもどったら、トキトとぼくの二人で水場で水くみをするよ。ウインとカヒはパルミと火とたきぎを運んでくれたら助かる」

 カヒよりも早起きしたトキトは、アスミチに「見回りに行ってくる」と告げて出ていたのです。

 アスミチはここ数日で、仲間への気づかいということを学習しました。

 彼は記憶力がいいという長所がある反面、自分の興味のあることに集中してしまいまわりが見えないことが多かったのです。

 そんなアスミチが、水くみという重労働を自分とトキトで負担して、調子のもどっていないウインとあとの二人にはあまり重くないものを頼んだのでした。

 ダッハ荒野のサバイバルの三日目は、どのように過ごすべきでしょう。

 食料と水の確保ができました。そのため、子どもたちは前向きな気分になってきました。

 ハートタマという現地を知る存在と知り合えたことも、心強いことでした。

 不思議な巨大ロボット、ドンキー・タンディリーはハートタマの感知能力のおかげで会話できるようになりました。

 まだドンはほとんど動くことはできません。ドンを動かすために、子どもたちが引き続いて石や枯れ草や木の枝を食べ物としてたくさん与える必要がありそうです。

 ただし、大きな不安も感じています。その原因は、獣人がいることでした。

 また、子どもたちはまだ知りませんが、この地には巨大なヘビの怪物、ヘクトアダーが住みついています。

 食料の採取さいしゅとともに、ドンキー・タンディリーにさらに食べさせていく、というのが大筋おおすじで、みんなの意見がひとつになりました。

 ただ、この朝は予期しないおおきなできごとが彼らを待っています。


 一人の旅人が、子どもたちと出会うことになるのです。

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